第18話「師弟が征く」

 時男ときおのスポーツセダンが深夜の国道を走る。


 目指す先は郊外の公営住宅。市政の大転換という言葉と共に、急速に広がりを見せる住宅扶助事業の一環で新築された中層耐火構造の物件だ。


 ハンドルを握る時男は、表情に苦いものを走らせている。


「討ち漏らしておったんじゃなぁ」


 苦みの正体は口惜しさだ。魔王だったのだから、大混戦だったのだから、というのは、言い訳にもならない。


 プロにとって仕事とは絶対である。どれ程、頑張っても結果、被害を防げなかったのならば、被害者に納得してもらう術はないのだから。


 時男の自己に対する厳しさを、助手席の孝代たかよも感じていた。深夜の行動であるから、あきらとでんが不在というのも、車内の空気を寒々しく感じさせている。


 だから孝代は思ってしまう。


 ――でも、仕方ないじゃない?


 言い訳にならない言い訳だ。


 その決戦に、皆生かいきホテルが全人員を投入した。冥府までも動いた戦いの最前線を駆け巡る時男は、比喩的な表現ではなく実際に、三桁に上る霊と悪魔を斬り捨てている。その中に魔王リトルウッドがいた事が分かったのは、全て終わった後の事だ。


 人数を数える余裕がないのだから、戦う相手を確かめる余裕など、尚のことない。


 言い訳ではなく、事実だと孝代は思う。


「100を超える敵と戦ったのなら、仕方がないですよ」


 しかし同情ではなく本心から出た孝代の言葉にも、時男は小さく首を横に振った。


「いいや、仕留め損なっていた事に変わりはないじゃろ。ミスじゃ」


 他人に対しては兎も角、時男が自分に対する態度は一貫している。


 結果が伴っていないのならば言い訳などなく、リトルウッドを仕留め損なっていた事実こそが重要。


 ――わしの給料は安くはないんじゃ。


 命懸けの仕事が多く、時間も不規則であるが、時男の感覚では皆生ホテルの仕事はブラックではない。年収800万に届こうかという給料と福利厚生で、恵まれていないという者も多くはないはずだ。


 今でこそ予備人員であるが、時男は皆生ホテルの愛用の刀と共に切り札と呼ばれた存在なのだから。


「こんな刀を持っているというのに、情けない話じゃよ」


「特別なんですか?」


 増設されたラックに収められている時男の刀を見遣る孝代だが、素人同然の新人では凄さなど分かりようがないが。


「うむ。1907年、ハレー彗星が来た夜に打たれたもので、御神体にするために二振り作られたものの一つじゃ。刀身はタングステンカーバイドとコバルトの合金だといわれておる」


 それが本当であれば、技術的オーパーツという事になる。


黒金くろがねよりも更に黒い、玄鉄げんてつという名前で呼ばれていたそうじゃ」


「真打ち登場ですか」


 思わずそんな事をいった孝代であったが、時男はかっかっと笑い、


「これは陰打ち・・・じゃ。しかし真打ちと陰打ちの違いというのはな、出来の善し悪しではない。御神体にするならハレとケに分けなければならぬため、二振り作る。この二振りは、刀としては全く同じモノじゃ。同じだからハレとケに分けられるのじゃからな。そうしてハレを集めた方を真打ち、ケを集めたものを陰打ちと呼ぶのじゃよ」


「へェ……。でも御神体にするなら、少しでも出来が良い方にハレを集めるのでは?」


 孝代の疑問ももっともであろうが、時男は首を横に振る。


「いやいや違うんじゃ。本当のプロは、コンスタントに自分の限界を発揮できる者の事をいう。本当に同じ最高傑作が二振りできたからこそ、御神体に出来るのじゃよ」


 故に死蔵されるはずの陰打ちを受領したのだ。


 そして霊退治において、これ程の威力を秘めた剣はない。



 ケ――即ちを引き受けた刀なのだから。



 悪意や敵意を排除して純粋な殺意を操る時男が剣と共にあるからこそ、皆生ホテルでも切り札になった。


 少し車内の空気が変わった所で、雑談はここまでだ、と時男は話を打ち切る。


「そんな事よりも、山脇やまわきさん。相手の事は頭に入っておるかな?」


 これから向かう場所は、敵の本拠地ともいえるのだ。


「あ、はい」


 孝代は目をしばたたかせ、頭に叩き込んだ続木つづき律子のりこのパーソナルを思い出す。皆生ホテルのホテル探偵から受け取ったファイルは持ち歩かない。外部流出してはまずいものばかりなのだから当然だ。


 ――市立小学校、中学校を卒業の後、県立の商業高校へ進学。今は高校を卒業して、大学生。


 そのパーソナルは不必要かも知れないが、孝代が憶えていたのは、小学校が自分と同じだったからだ。


 ――丁度、ふたつ上の学年だった。


 これらは律子を特定する上で重要な情報になった。依頼人と同級生だったからだ。


「山脇さん?」


 考え込み、無言になった孝代を時男の声が打つ。


「すみません。確か、この数週間の間にいくつか、不審死が相次いでます。野良犬や野良猫の類なのですが、周囲で飼われているペットなども含まれているため、異常な数字になっています」


 動物には監察医などいないため、死因の究明は行われていないのだが、外傷のない動物の死というのが度重たびかさなれば不審だ。


「そんな中、人間の死亡者が出た。ブラッディー・メアリーの事件が起きる数日前ですね」


「被害者は、憶えているかな?」


「はい。彼女の父親です。死因は心不全。ですが、それに至った原因はハッキリしていません。健康そのものだったのに、ある日、突然、亡くなっています」


 こちらは医師の診断書が出ているが、心不全とは正確にいえば病名ではない。心筋梗塞や心臓弁膜症、心筋炎など、心臓の様々な病気が原因となって引き起こされる、いわば「心臓が正常に動作しなくなった」と言う意味であり、実のところ正確さには欠ける。


 そして動物たちも外傷がないのだから、同じ死因ではないかとホテル探偵は予想していた。


 そうなれば一気に疑惑が深まる。


「また事件が起こる前、もう幼少期から、彼女は孤立していました」


 その疑惑が繋がっていく単語が並ぶのだが、口にしている孝代は並ぶから結びつけていく事には懐疑的だった。


 ――結論から逆算していこうとしているみたい。


 孝代は、調査報告がアカデミックな態度ではないと感じる。事実と、それに対する推論を重ねて結論を出すのが調査であり捜査、あるいは学問だ。続木律子に向けられる疑惑から、それを補強する材料を後から付けていくのは、どうにも孝代にはわりが悪い印象になってしまう。


 その点に関しては、時男も同感だった。


「逆から追うと、気持ちが悪くなるものじゃな」


 しかしホテル探偵は結論ありきで調査した訳ではない。辻褄は合わせたのではなく、合ったのだ。


「少し離れた場所に停めるぞ」


 時男が停車されたセダンのフロントガラスを、雨が濡らし始めていた。

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