第12話「コーラフロート一杯分の気力」
「そう、ノイズがいいんだヨ」
しかし彩子が欲した、カセットテープを再生した時に流れるノイズも、孝代には困惑をもたらすばかり。
「ノイズが、どういう手掛かりになるんですか?」
よく分かっていない
彩子は、「説明しヨウ」と、カセットテープを機材にセットしながら振り返った。
「霊の痕跡に電磁波があるというのはいったネ。憶えているかナ?」
時男が鉱石ラジオを霊の探知機として使用できる理由は、霊が放つ電磁波によってノイズが走るから。
それと同じ理屈で、彩子は今から霊の追跡を始める。
「カセットテープは磁気で情報を記録してるから、電磁波に
彩子が示したディスプレイには、再生すれば激しい砂嵐が聞こえてくるであろう事を示す乱れた波形が表示されていた。
「これを再生したら、頭が痛くなるだろうネ」
「実際、死ぬかと思いました」
頭が痛くなった、と孝代は溜息を吐かされる。ついでに舌まで出す孝代に、彩子はクックッと笑って見せ、
「
げんなりする孝代は肩を落とす。
「そんなもの、何で持ってきたんですか?」
彩子は大真面目に、そして慎重にキーボードとマウスを操作し、
「これだヨ」
もう一度、示した画面には、今までと違った波形に整流された曲線が。
「音楽のデータを消去すると、霊が残した電磁波の波形になる。だから曲名の分かるカセットテープが必要だったんだヨ」
ほんの数分で、彩子は辿り着いた。
「こんなお手軽に?」
孝代は目を丸くするが、彩子は当然といわんばかりに鼻を鳴らす。
「二重露光で写真を撮ったようなものだから、ちょっとした機材と、それを操作する腕があれば出るヨ」
ただ手軽にできると思われるのは、彩子には
ただ自慢話もなしだ。
彩子は皆生ホテル専用のファブレットを指さし、
「兎に角、霊はこういう波形の磁場を形成している。EMF探知機能は、これを探知している訳だネ」
「ふむ……。ふむ?」
孝代が二度、唸ったのは、この波形については分かったが、この波形が追跡とどう繋がるのかは分からないからだ。
彩子は、そんな孝代へ、人差し指と中指を立てた左手を突き出す。
「今、私が考えているのは二つ」
その一つは――、
「一つは、
孝代が「ハト?」
「伝書鳩が長距離を往復できる理由は、
彩子は口の端を吊り上げ、挑発的な笑みを作る。
「ハトは、ブラッディー・メアリーを目指して飛んで行くはずだヨ」
追跡するための重要な手掛かりだ。
孝代が身を乗り出す。
「本当ですか!?」
彩子は「もちろん」と頷いた。
「理屈の上ではネ。一羽や二羽では見失ってしまうだろうから、1ダースは欲しいネ。転化は難しい作業じゃないし、機材も手配できるヨ」
それが立てられた指の一本目。
では、もう一方も凄い手段なのだろう、と孝代は期待を込めた眼差しを送る。
「なるほどです。で、もう一つは?」
さぞや……と身構える孝代へ、彩子が出した言葉は想像を絶していた。
「
「は?」
それがどう追跡と関係するのか、孝代でなくとも分からない。
無関係である。
しかし彩子にとっては重要だ。
「コーヒーフロートだヨ。君とおーくんは昨日、杉本サンにアイスを奢ってもらう約束をしていた。しかもダブルだヨ。それに引き換え私は、昨日から一睡もせずに、この追跡方法を考え、仕事をして、これからハトの世話。カフェインと糖分とカロリーを摂取したいと思っても、誰に文句いわれる筋合いもないネ。そうだろう?」
その通りではあると思わされつつも、こうも
「……作りましょうか?」
せめて一言、そういった。
***
孝代が戻ってきたのは、彩子が手配した機材がセッティングを始めたくらいのタイミングだった。
巨大な機材に目をキラキラさせていた旺は、孝代が持ってきたビニール袋に、一層、目を輝かせて出迎える。
「おかえりー!」
そんな旺の頭をクシャクシャと撫でた孝代は、空いている机にビニール袋を置く。
「ただいま。おーくんにも買ってきたよ」
中身は2リットルのコーラと、ちょっと高級なアイスの大容量パック、それにアイスディッシュだ。飲み口が大きい透明なカットグラスは、ビニール袋に入れず鞄の方に入れている。
これこそ旺にとって、何より気になるセットではないか。
「おーおーおー!」
機械も好きだが、アイスとジュースはもっと好きだ、と旺が寄ってくると、孝代はカットグラスを旺へ向けた。
「みんなで食べれるよ~?」
そこへ旺は背伸びして、大きな2リットルのコーラに手を伸ばす。
「入れていい?」
コーラフロートがコーラを並々と注いだカットグラスにアイスを浮かべるのは、旺も知っている。
早速作ろうというのだが、しかし孝代は旺を止める。
「待て待て、順番が違うのだよ」
「う?」
コーラを抱えたまま不思議そうな顔をする旺ヘ、孝代が示したのはアイスディッシュとアイスクリームだ。
「まず、アイスをコップに入れる方がいい。コーラフロートは、アイスクリームが溶けて混じるから美味しい。コーラを入れたグラスに浮かべるより、アイスを入れたコップにコーラを注いだ方が溶けやすいのだよ」
「そうなのか! だからアイス屋さんみたいなの持ってるんだ!」
「その通り。……すくってみるかい?」
「やるぜぃ」
旺は
孝代がアイスディッシュを手渡し、
「じゃあ、まずはお祖父ちゃんの分を作ってあげよう」
そういって孝代はアイスを旺の眼前へ持ってくるのだが、機材のセッティングをしている彩子は眉間に皺を寄せて視線を向ける。
「私は、コーヒーフロートといったんだけどネ、コーラしかないじゃないか」
不満をぶつけてくる彩子だが、孝代は馬耳東風と受け流す。
「はい、ありません」
あっさりという孝代は、旺を指差し、
「考えてみると、おーくんはコーヒーなんて飲めない訳で、だったら飲めるものを考えたらクリームソーダとかコーラフロートとかで、でも一人だけ違うものを食べるとか変だなぁって」
「回りくどいヨ。何だって?」
「要するにカフェインが入ってて、みんなで食べれるものならコーラフロートが大正解だと思った訳です。文句があれば、いつでも聞きますよ」
コーヒーもコーラもカフェインを含むという点では同じで、幼児が飲むにはコーラの方が向いている――孝代が出した結論はそれだ。
そして旺が最初に作ったのは、時男の分ではなかった。
「はい、どうぞ!」
旺が、シュワシュワと音を立てているグラスを最初に差し出したのは、彩子。
その時の旺の笑顔が、彩子にとってもこれを正解にする。
「ありがとう」
カットグラスを受け取った彩子は、孝代と同じように旺の頭を撫でた。
「美味しいぜぃ」
次に時男の分、孝代の分を作り、旺は最後に自分の分を作る。そういう小さな気遣いが、時男には祖父として誇らしい。
「おーくん、美味しい食べ方を教えてやろうな」
時男は旺に手招きして、
「ストローは、アイスクリームに対して、真っ直ぐ突き刺した方がいいぞ。クリーム混じりの泡を吸うには、その方が向くじゃろ」
「おーおーおー」
いわれた通りにする旺は、彩子に「眠気がマシになったヨ」といわせた。
仕事を続ける。
「この装置は共振変圧器といって、人工的に電磁場を発生させるものだヨ」
カットグラスを片手に、運び込まれた機材をポンポンと叩く彩子。
「その電磁場の波形をブラッディー・メアリーが残した波形と一致させて、ハトに刻み込む。なら理屈の上では、ハトを放てばブラッディー・メアリーの方へ飛んで行くヨ」
ハトの嘴に含まれるマグネタイトは方位磁針や羅針盤の役目をするものであるから、理屈の上では、だ。
「追跡にはGPSを使うヨ。確実だし、簡単だ」
コーラフロート一杯分のカフェインが、彩子にもう一晩、頑張る気力を与えてくれた。
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