第4話「最初の事件」

 時男ときおは教育係を命じられるくらいのベテランだが、人に説明するのが得意ではないらしい。


怪力乱神かいりょくらんしんを取り除く……」


 孝代たかよと組んで行う皆生かいきホテルの仕事に、そんな小難しい字を並べてしまう。


 後から本質を出すのは、印象づけにはいいかもしれないが。


「要するに幽霊退治・・・・じゃな」



 幽霊退治――笑ってしまうような単語だ。



 しかし時男は「なかなかどうして、あるんじゃよ」と告げる。


 孝代も皆生ホテルの仕事を知って特別な奨学金を受け取っているが、それでも面と向かっていわれると戸惑いが顔に出てしまう。日常生活では、冗談にしか出てこない単語だ。


 時男も孝代の気分が分かるが故に、笑ったり冗談めかしたりはない。


「大抵は、亡くなった人間の元には死神が来て冥府へ連れて行ってくれるんじゃが、時折、死神が間に合わない時があっての」


 例外があり、しかもそれが意外に多い。


「自殺、事故、また殺人事件の被害者の元には、死神が間に合わない事が多々ある」


「そういう人が、霊になるって事ですか?」


 時男は「左様」と頷いた。


「霊が殺人者や、事故を起こした本人に復讐に来るという話は聞いた事があるじゃろう? またそういった者を連れて行ってしまう悪魔や、利用しようとする怪しい呪術師なんかもいてな……」


 一度、時男が溜息を吐いて言葉を切る。自分が駆り出された事件を思い出すと、気楽な言葉に出来ないのだ。


「それらが起こす事件の数自体は、少ないともいえないが、多いともいえぬ。だが処罰ができない事だけに、恨みの連鎖が激しくてな」


 故に除霊だ退治だという話にもなるし、それを実行する者が必要になってくる。


 だが孝代には疑問がひとつ。


「死神とか冥府があるなら、そっちがどうにかしてくれたりしないものなんですか?」


 それはもっともなのだが、時男は「ハッ」と一回、嘲笑ちょうしょうするように吐き出し、


「人手不足なんじゃろうな。非正規・・・の死神でも増やさん事には、対処できる人数がおらんのかも知れん」


「そんな……死神に正規、非正規って……」


 思わず孝代も笑ってしまうが、時男がいいたい事は、そんな冗談ではない。


「まぁ、そういった悪魔だ霊だを狩る仕事をしている連中の経歴を見れば真っ黒な訳じゃよ。仕事として成り立たん。どこに出るか分からない上に、パイが小さいんじゃから。一所ひとところに腰を落ち着けてやる仕事でもないし、必然的に方々ほうぼうを回る事になる」


 宙に視線を彷徨さまよわせる時男は、何人か知っていた。


「カード詐欺、公文書偽造、身分詐称……そんな犯罪歴のある者が多いのじゃよ」


 それに対し、皆生ホテルがした事は、仕事として成り立たせる事・・・・・・・、だ。


「ホテル従業員という肩書きを与えられ、事業化させたのが皆生ホテルじゃ。食えない仕事を食える仕事にし、社会的な信用もくれて、自社採用、自社教育……そうする理由は、ホテルの経営はあらゆる治安に左右されるからじゃな」


 原因不明の事件、事故があるような場所では、ホテルや外食産業は成り立ちにくい。


 孝代は「成る程……」と、納得できたような、できていないような、そんな曖昧な顔をする。


 ただ切り替えは早い。


「そういう仕事をお手伝いしていけば、私は返済不要の奨学金で大学に通えて、場合によったら、そのままホテルに就職することもできる、と」


「そうなるの」


 時男は頷いた。ついでにいうならば、奨学生には寮が完備され、しかも仕事は奨学金とだけバーターされるのではなく、月8万円程度であるが給料も出る。


「追々、慣れていきます」


 孝代にとって、仔細など問題にならない。


 ならば時男のレクチャーは次の段階だ。


「さて、儂に任されている仕事が一つあっての。山脇さんに手伝ってもらいたいのは、その仕事じゃ。他にも見習いがおるが……仲良くしてやってくれ」


 時男はそういって、孝代の履歴書などが綴じられたファイルを彩子へ返却する。これも個人情報だ。おいそれと持ち出していいものではない。


 その代わりに自分の鞄の中から紙ファイルを一冊、取り出した。


「今回の仕事じゃよ」


「拝見します」


 受け取る孝代の言葉に彩子あやこが笑ってしまった。


「拝見は、何か違う気がするヨ」


「そこ、重要じゃない気がしますけれど、……あァ」


 ファイルから顔を上げた孝代は、彩子の胸にある名札を見て……、


「彩子ってサイ子とも読めますよね。今度から、そう呼びますね」


 せめてもの仕返しなのだろうが、今度は彩子の方が「あぁ」と頷く。


「いいヨ。よく呼ばれてるから」


 嫌味や皮肉を受け流せるのも、大事な能力かも知れない。時男も苦笑いより笑いが出る。


「漫才はそれくらいにして、書類の中身を見てくれんかの?」


 孝代が開いたファイルに書かれた仕事は……、


「ブラッディー・メアリーですか?」


 ざっと一瞥しただけでは分からない、という顔をする孝代に対し、時男はいう。



「アメリカ版のトイレの花子さんじゃ」



 欧米でよくある怪談である。


「被害も、脅かされる、引っ掻かれるというような、ないも同然のものから、殺されるものまで様々。肝試しの定番ネタじゃな」


 ただし皆生ホテルへの依頼が来たのだ。


 今回の被害は脅かされたとか引っ掻かれたとかではなく、大怪我を負わされるか、あるいは殺されるようなものだったのだろう。


 しかし孝代には疑問が生まれる。


「よくあるって事は、何人もいるって事ですか?」


 ブラッディ・メアリーと個人を表している様な名称だが、時男の口ぶりやファイルの内容からは、そうではないと感じさせられた。


「被害は様々といっても、霊の中では名前の売れたスーパースターですよね? 一人じゃないんですか?」


 その一人が、いつまでも野放しにされているとは思えない。特に人間に被害を加える霊を排除する事を生業なりわいにしている者は存在し、また皆生ホテルもそうなのだから。


 それを読み取った孝代に、時男は非凡なものを感じる。


「ブラッディー・メアリーといっても、そういう名前の霊がいるというよりも、ブラッディー・メアリーのパターン・・・・だと思ってくれた方が良いじゃろう」


 一種であって一人ではない。


「霊は抽象的なものじゃから、見る者のイメージで変わるらしい。だから女の霊だと、黒のロングヘアで白い服を着ている、みたいな姿で見える事が多い。最近は特に」


 映画の影響だろう、と時男は考えている。


 彩子も同様で、外見がパターン化された霊はマイナーとはいい難い存在だと、一言、口を挟む。


「ただ、白い服といっても、ワンピースだったりツーピースだったり、ノースリーブだったりロングスリーブだったり、人それぞれ違うヨ。恐らくは、杉本サンと山脇サンが同じ現場で同じ霊を見ても、違う場合すらあるだろうネ」


 彩子の口調からも、孝代が非凡であると感じている地事が分かる。


 時男は余裕のある表情で、愛車のキーを示した。


「とりあえず、依頼人の元へ向かおう。その道々、説明もしよう」

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