第3話 8月15日16時00分 久方久治郎と座右の銘
「人類が外界へ進むには、暑すぎたのだ。くそう……。」
さて、自転車のペダルをカラカラと回して20分。目的地である駅前の洋菓子店トトリアンに到着する。湖春は、この暑さで明日以降の分のケーキを買いに行くことを諦めたのだろう。最後の際に聞こえた言葉の後に、ぐっと拳を僕の方に突き出して応援していた。それくらい、たったの20分を耐えきれないくらいの酷暑であった。この1週間を自室で過ごしていた僕にはそれを知る由もなかった。(というか気にもしなかった。)
やっとの思いで到着したトトリアンの店内は、冷房がしっかり効いていた。冷風を浴びて生き返る。買ってすぐに家に戻るということはできそうもない。少しばかり休憩してもバチは当たらないだろう。それに何より、一刻も早くショートケーキが食べたい。
若い層に人気のこの洋菓子店は、もちろん学生にも人気である。時刻は午後4時、お盆真っ只中の本日15日は、僕ら学生は夏休みである。
夏休みはなぜ生まれたか。それは旧時代より、暑さに耐えきれずに学問を学ぶに集中力が削がれることが起因して生まれたものだと僕は認識している。実際、北海道は本州とは気候帯が違い涼しいことからも夏休みは比較的短いらしい。クーラーが各教室に配備されている今日では、夏休みの意義がよくわからなくなってるけれど。実際、夏休みは少しずつ短くなっている。こんなに暑いのに。
とにもかくにも、夏休みの期間の日本は非常に暑い。それも外に出るには適さない程に酷暑と言える。そんな中、夏休みの学生が少しでも涼しい安寧の地を求めて、カフェスペースも併設しているおしゃれな洋菓子店に赴くのは、至極当然である。
つまり、店内は大変混雑していた。さっとカフェスペースを見渡してみても、空いているスペースはない。これは困った。どうしたものか。
「や。しかりくん。」
声にならない声が出た。真後ろからいきなり話しかけてきたのは、身長は僕より少し高めの、天然パーマのひょろっとしたという表現が適切な男子学生。 色素が人より薄く、糸目のそいつは、アロハシャツにハーフパンツ、足元はサンダルという、ラフだけれど自分に似合う格好をしている。学生ということがわかったのは、単に僕と目の前のそいつが同じ学校の同級生だからである。
「久治郎か、驚いたよ。今度からはできればもう少し存在感を出して声をかけてくれると助かる。」
久方 久治郎(ひさかた きゅうじろう)は僕と同じ高校の同級生である。高校の入学式で出会い、そこからは時々連絡を取るくらいの仲になった。夏休みに入ってからは連絡も取ってなかったけれど、こんなところで会うとは思わなかった。
「いやー、然を見つけたのが嬉しくて、気づいたらこうしちゃってたよ。こんなところにどうしたの。」
いやそれは、僕も同じセリフをぶつけたい。アロハシャツで男一人で洋菓子店って!僕も似たようなものかもしれないけど。
「もしかしてカフェスペース使おうと思ってた感じ?よかったらおいでよ。どうせ一人だったから、助かる。」
そしてなんとカフェスペースに居たのか。だがしかしその申し出はありがたい。ここは素直に受け入れる。
「よかった。こっちも助かるよ。注文してから席に向かうね。」
洋菓子店トトリアンのカフェスペースは、先にレジで注文してから利用する形態になっていた。僕はアイスカフェオレとショートケーキを注文して、トレイに乗せられたそれらを持って久治郎の元へ向かう。
「お待たせ。助かったよ。何せ自転車で20分もかけてここまできたからね。休憩しないことにはもう一度自転車を漕ぐ気にはならなかった。」
久治郎はメロンソーダを注文したらしい。アイスがまだ半分ほど残った状態で残っている。久治郎も茹だるような暑さにやられて休憩をしていたのだろうか。
「そりゃそうだろう。俺は電車で来たけど、駅まで5分って距離でももう一度外に出る気にはならないよ。自転車で20分なんて、まさに勇者だね。」
首を横に振りながらそう言う久治郎は、僕と同じでじんわりと汗ばんでいた。ところでどうして久治郎はこんな場所に一人なんだろう。ジェンダー平等が尊ばれるこのご時世では大変失礼だが、この小洒落た洋菓子店のカフェスペースにアロハシャツの男子学生が一人きりというのも似つかわしくない。
「アリスがね、どうしてもトトリアンのチーズケーキが食べたいって。」
訝しんで見ていたのがバレていたらしい。でもそうか、久治郎も頼まれた立場だったか。なんとなく親近感を覚えて顔が綻ぶ。
「ちなみに、今日はアリスさんはどうしたの。」
有限な人生を僕は青春プランに沿って生きたい。 唯野古川 @friendF
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