悪役令嬢定例会。~7人の悪役令嬢~

来栖もよもよ

第27回定例会。

「おつおつー」

 

「久しぶりねー元気してた?」

 

「あらヘアスタイル変えた? 似合ってるわよ細い縦ロールも」

 

 

 

 

 ここはフォーリンラー国の王都ラブシジョーの町外れのレストラン。

 

 少し繁華街から離れたそこは、夜には賑わう人気の店だが、オーナーが余り商売っけがなく、

 

「ランチまでやると疲れるから夜だけでいい」


 と夕方まで閉じている為、昼間は人通りも少なく静かな環境である。

 

 

 その時間のレストランを月に1度貸し切って、見目麗しい若い令嬢たちが集まり、定期的に『お茶会』という名目の会合を行っていた。

 

 

 


 この7人の令嬢たちは、もれなく日本からの転生者であり、各々が『悪役令嬢』と呼ばれる立場である。

 

 

 

 

【フォーリンラーの七色の花】という名の乙女ゲームアプリがかつて彼女たちが生きていた頃の日本に存在した。

 

 

 乙女ゲーム業界では掟破りの『ヒロイン7人、ヒーロー56人』という謎の恋愛バトル・ロワイアルという形式のアプリは、各ヒロインが自分の8人の攻略対象の中から恋愛エンドを選ぶか、ラストプリンスと呼ばれるクールビューティーの本丸を落とすかというシンプルな恋愛ゲームである。

 

 だが、ラストプリンスは誰もが理想とする美形の王子なので、知性に教養、人間性、剣の腕、ともかく全てにおいてパーフェクト、そんじょそこらのヒロインでは全く太刀打ち出来ないのである。

 

 そこでゲームではラストプリンス狙いのゲーマー……もといヒロインたちも、勉強や体力、魅力、教養などというパラメータを上げて、年末の舞踏会イベントでラストプリンスの目に止まるようになって初めて恋愛になる【可能性】が生まれる、というかなりハードルの高い仕上がりだ。

 

 ただ鍛えただけでは駄目で、各ヒロインの持つ「歌の才能」「絵の才能」「文才」など、何かしらの独自の売りが目に止まらなければそのまま見事に出会いイベントも起きない。

 

「RPGでラスボス倒す方がなんぼか楽」

「もう何周したか分からないけどラストプリンスにかすりもしない」

 

 という嘆きがネット上に溢れ返ったが、提供会社はラストプリンス攻略のヒントを一切出さなかった。

 

 たまたまラストプリンスと恋愛エンドを迎えたという人が、攻略法をネットに上げたりしたが、その通りにやっても上手く行ったという話が上がる事はなく、ガセじゃないかと炎上しかけたが、その人がエンドスチルとしてアップした、白いシャツのボタンを3つも外してベッドで微笑んでいる色気ダダモレのラストプリンスの姿に炎上は即消えた。

 

 ヒロインキャラクターによるタイミング・発言の選択肢、その度に変わるのではないかと思われたが、結局はっきりした情報はないまま。

 

 殆どの人は宝くじエンドなプリンスを諦める中、とことんその中のヒロインの一人を推しとし、諦めずその宝くじエンドを迎えた猛者たちがいた。

 

 この悪役令嬢と呼ばれる女性たちである。

 

 

 

 

「いやぁもう無理ぽ。マリンちゃん、伯爵の次男坊といい仲なんだもん。私の出る幕なしだわ」

 

 紅茶に角砂糖を入れかき混ぜていた悪役令嬢その1:アレクシアが溜め息をついた。

 

「アレクシアはまだ良いじゃないの。ウチのシリアなんて、何をとち狂ったのか神に人生を捧げたいとかいって修道院に入りたがってるの必死に止めてるのよ。

 聖女かってのよ。なんていい子なのかしら。マジほんと尊い……」

 

 その2:マーガレットが赤毛の縦ロールをくるくるいじりながらうっとりと呟いた。

 

「……私の推しは、戦線離脱よ」

 

「どうしたのよカタリナ、貴女のフローラちゃんは?」

 

「従姉のイザベルと恋仲になったわ。

 『男の人なんてみんな乱暴でガサツで大嫌い』って」

 

 ぶほっ、とその3:カタリナに飲んでいたハーブティーを吹き出したその4:ルシリアが咳き込みながら、

 

「ゲホッ、ゲホッ、いやないわーそれはないわ。何が悲しくてあのスペックで百合なのよ。なんて勿体ない。

 国の、いえ人類の損失じゃないの!」

 

 と叫んだ。

 

「そういうルシリアの所はどうなのよ」

 

 大人しく話を聞いていたその5:リーゼが自分の青の縦ロールを鬱陶しそうに払いのけて声をかけた。

 

「私のミラベルは、まだ14だからねえ。色気より食い気なのよね。チョコレートの食べ過ぎでちょっと肌が荒れぎみだから、そっちのメンテが先だわ。でも天使なのよ、笑うとこうエクボが出来てね」

 

「そうなんだ。まあ14じゃねえ。……私のルシールは、王子推しなのは良いんだけれど……」

 

「あら最高じゃないの!」

 

 その6:カーラが目を輝かせた。

 

「でも難しいのよ……最近まで知らなかったけどあの子、ドMなんだもの」

 

「ドMか……そりゃあ厳しいわね」

 

 年長者のその7:トリステンが眉を寄せた。

 

「「「──プリンス、ドMだもんねえ……」」」

 

 

 

 彼女たちは知っている。

 

 

 ゲームをしていた人たちがなかなかクリア出来なかったのは、完璧王子がまさかドMとは思っていなかったからなのだと。

 

 舞踏会で王子の足を踏んでしまった時のヒロインの台詞だけ手動で入れるようになっていたのだが、その台詞のトリガーは決まっていた。

 

【邪魔よこの駄犬が】

 

 これだけだったのだ。

 

 前世で何回も繰り返す物語に苛立ちを募らせたこの令嬢たちは、イラついてたまたま打った文字が、制作会社が決めたプリンスの性癖にドンピシャリだったのである。

 ろくでもない制作会社だ。

 

 

 だがクリア後のエンディングロールの後、

 

「他のスチルなどの公開は構いませんが、プリンスを落とした際の【台詞】だけは、くれぐれも他言しないようお願いいたします。

 もしもオープンにされた場合は、問答無用でかなり高額の損害賠償請求の訴訟が待っておりますのでご了承下さい」

 

 とデカい文字が入っていれば、そりゃ言えない。

 

 プリンス専用課金ガチャや回復アイテムなどでもかなり稼いでただろうし、ガチャアイテムがカギなのかも、とレアが出るまでつぎ込んだ人も多かった。

 

 

 しかしこの世界は現実なのである。

 

 ゲームの中でドMキモ、と思ってもまあ耐えられるが、リアルでドMは性癖がマッチしないとかなりキツいものがある。

 ドMとドMでは上手く行く訳がない。

 

 

 そして、その6:カーラの推し、リンダは屋敷の庭師の男に片想い中で、その7:トリステンの推し、ルビーはオジ専で、ヤモメの家具屋のオーナーに毎週のように手作りのお菓子を持ってはアタックしに行っている。

 

 

 公爵、侯爵、名門伯爵の家で悪役令嬢の立場で生まれ、物心ついた頃には前世の記憶も甦った彼女たちは、推しを幸せに出来るなら悪役令嬢も必要悪であると思い、せっせと学問や一般教養、美貌など磨きに磨いて、ラストプリンスの婚約者として文句なしのクオリティまで叩き上げたのである。

 

 だが、その自分の最推しがラストプリンスに見向きもしていないこの状況では、プリンスの婚約者などただ面倒なだけであり、王宮からの打診も「まだまだ学ぶこともありますので」と保留状態のまま月日だけが流れていた。

 

 彼女たちはラストプリンスと結婚したい訳ではなく、ゲームのようにラストプリンスと結婚して幸せになる推しが見たいだけなのである。

 


  

 その1からその7までが、口々に愚痴をこぼしたり相談事を持ちかけたりするのが定例会の主旨である。

 

 

 

「……可能性ありそうなのが食い気のミラベルかドMのルシールしかいないってのは、キッツいわねえ……いっそのことどうなの?ドSルートへの転向とか」

 

「無理よ。叱られたくてわざと転んでドレスを泥だらけにして帰ったり、姫様気取りの女たちにいじめられるように、オドオドした要領の悪い子の振りしてしくじったりしてんのよ?

 なまじ頭の出来が違うから、絶妙なバランス感覚で罵倒されたり馬鹿にされたりして、目を潤ませてるのよ? 勿論悲しくてじゃないわよ。

 『貴女は親友だから本当の事を言うわね』って推しから性癖カミングアウトされた私の身にもなってよ。

 あのキラキラした女神のような美貌とスタイルで

 『朝になって、いつまで寝てるんだこのメスブタが』

 とかベッドから蹴りだしてくれるような素敵な旦那様見つからないかしらねえ……』

 とか頬を赤らめて語られたら、応援するしかないじゃない」

 

「応援するんかい」

 

「するわよ推しだもの。

 今、アンダーグラウンドの情報網使って、言葉攻めプレイが得意なドS男を捜索中よ。あのシミ1つない肌に怪我をさせるような男は要らないわ」

 

「わかりみ。推しを傷つける者は許すまじ」

 

「ねえねえ、百合もいいけど薔薇もね、みたいな感じで少しずつ男性への拒否反応を緩和するって手は?」

 

「何が悲しくて推しをBL沼に突き落とさなくちゃいけないのよ。アレなかなか底なしなんだから」

 

「でもさあ、一応経済力、顔、体、周りからの期待値もろもろ考えても、将来安泰じゃない?

 それに、推しの誰かが結婚してくれた方が王妃コスも見られるのよ」

 

「「「(うちの子の)王妃コス……萌えしかないわね……」」」

 

「スマホもないからこの網膜に焼き付けるしかないけどねえ」


「でも……ドMなのよねえ……」

 

「「「そうなのよねえ……」」」

 

「ゲームで『一生キミの足に踏まれたい』のプロポーズはドン引きしたわよね流石に。リアルでも言うのかしらね。おーこわこわ」

 

「年末の舞踏会までに何とか一人でもラスプリに興味持ってくれないかしらねえ」

 

「いい加減私たちも『教える事が無くなった』って先生方に言われてるしさ。両親もせめて婚約だけでも、とかうるさくなって来たのよねえ」

 

「でも王子と婚約するなら推しの方向性を見極めないとね。やっぱ自分の推しをいじめるのは自分でないと。アフターケアもある訳だし」

 

「かゆいところに手が届く、ってのは愛がないと出来ないものねえ」

 

「多分私たちの誰がラスプリの婚約者になっても、愛はなくても性癖熟知してるから即落ちさせちゃうしねえ」

 

「誰が悪役令嬢の王妃コス見たいってのよ。ヨゴレにはヨゴレの役割ってもんが……あらいけない。そろそろ帰らないとダンスの先生が」

 

「あ、私も母様と舞台の約束が……」

 

「それじゃまた来月ね。おつおつー」

 

 

 みんなだらけた体勢からいつものキッチリしたハイスペック淑女に戻ると、歩く姿に気品を漂わせながら店を出ていった。

 

 悪役令嬢も楽ではないのである。

 

  

 

 

 

 


 

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悪役令嬢定例会。~7人の悪役令嬢~ 来栖もよもよ @moyozou777

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