後編

 放課後も多くの女子生徒が訪れた。机の上には可愛らしいラッピングが山になっていた。それをすべて受け取った白木は、椅子の背もたれに体重を預け目を閉じている。

 生徒に好意を向けてもらえるのは嬉しい限りだ。しかし、連続していたため、疲労があった。

 瞼には、嬉々としてプレゼントを渡しに来てくれた生徒たちがよぎり、そして“頑張れ”と応援の声。明確に白木が誰かに渡す渡さない、とは言っていなかったのだが、“女子の勘”というやつでなんとなく察している生徒が多く、思い出してついつい笑みをこぼしていた。


「よし、行くか。」

 息を吐き、ゆっくりと瞳を開く。カバンの中から机の上の品々と同じようにラッピングされた小さな箱を取り出す。赤く染まる頬を落ち着けようと深呼吸を数度繰り返し、意を決して椅子から立ち上がる。しかし、またしても扉が開いた。その勢いの良さについつい声を大きくして白木は振り返る。

「今度は誰!?」

「す、すみません!か、門脇です!」

 

 立っていたのは、息を切らせた男性教師の門脇恭介(かどわき きょうすけ)だった。白木の声に驚いたのか、視線をおろおろとさまよわせている。

 一方、白木は固まっていた。


 そう。白木は門脇に会いに行こうとしていたのだ。それが決意した瞬間に向こうからやってきたため、頭の中が真っ白になっていた。


「お、お忙しかったですか、ね…?」

「!い、いえ、そんなことはありません。」

 門脇の窺うような声に、白木は現実に戻ってきた。走る心臓を鎮めようと深呼吸をして、冷静を装った。

「と、ところで、どうかされましたか?」

 手に持っていたものを背に隠しつつ、ぎこちなく笑いかける。すると再び門脇の視線が泳ぎだす。


「し、白木先生!これをもらってください!」

 意を決した門脇が、腰を45度に曲げて、白木に何かを差し出した。

 真っ白な箱に淡いピンクのリボンが掛かっているもの。


「…は?」

 状況が呑み込めない白木の口から洩れたのは、そんな気の抜けた声だった。


「い、いや、今週の日曜日って、バレンタインデーじゃないですか!でも日曜日で学校が休みですし…。だ、だったらフライングの方がいいかなと思いまして!」


 確かに、日曜日は、2月14日のバレンタインデーだ。


「せ、先生が甘いものがお好きだということを以前お聞きしましたし…。」


 日曜日は祝日で、学校は休みだ。だからって…。


「ななななので、生チョコを作ってみたので、食べていただきたくて…。」


 もじもじとしながら話す門脇に、プツン、と白木の中で、何かが切れる音がした。 


「…でしょうが…」

「へ?」

 うつむいていた白木が肩を震わせていた。声を掛けようとした門脇より早く、勢いよく顔を上げた白木が真っ赤な顔をして鋭い視線で彼をにらみつける。


「バレンタインは女性が男性に送るものでしょうが!確かに友チョコだなんだと性別関係なく送ったりもしますけど!?現に私も山のように女子からもらってますし!海外だったら男性から女性に送ったりもするらしいですけど!!そもそもここは日本ですし!」

「え、えっと?」


「今から行こうかと意気込んだら門脇先生の方からくるし!?かと思えばおどおどしだして、しまいには先生から渡してきて!!ドキドキしていつ渡そうかなとか考えてたわたしがバカみたいじゃないですか!なんでそんなにかっこいいのに、そーゆーとこは女々しいんですか!!だから残念イケメンだって言われるんですよ!まぁそんなギャップもいいなとか思ってますけど!!」

「へ…??あ、あの…?」


 感情が爆発した白木は、話すたびに一歩、また一歩と門脇との距離を詰めていく。言われている事を理解しきれない門脇は混乱している様子だった。


「とりあえず、全然たいしたものじゃないですがよかったらもらってくださいよ!食べたくないなら、捨てるなりほかの人にあげるなりしてください!こちらはありがたくいただきますね!それではお先に失礼します!!!」


 白木自身、もう何を言っているのか分からず、色々とぶちまけてしまったため、勢いに任せて話してしまおうと思考を変えた。ゆでだこのように真っ赤になった顔はとても熱い。

 門脇の眼前にずっと渡そうと準備してきたものを突き出し、彼の手に持っていたものと交換する。白木は手早く荷物をまとめて保健室を後にした。


「白木先生が、俺に…?」

 袋を見つめること約5秒。門脇の瞳に光が宿っていく。


「し、白木先生!!待ってくださーい!」

 

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恋の蕾が花開く 紅音 @akane5s

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