画面上のあなたにさよならを

若子

画面上のあなたにさよならを

 二人、死んだ。

 僕のSNSの相互が、二人。

 一人はあまり話したことはなかった人だった。互いにいいねを送り合う程度の薄い関係。ただ、僕はその人の投稿が好きだった。達観したような、人生観。その人が呟く言葉はとても魅力的で、毎度僕の心を揺さぶった。その人が僕のなんてことはない投稿をいいねする度に、ぶわわっと僕は舞い上がった。そんな、憧れの人。

 もう一人は、僕が自意識過剰でなければそれなりに仲の良い人だった。僕は直リプやDMが苦手だったから、空リプが良いですと公言していたんだけど、それを分かりましたと許してくれて、たまに僕との空リプに付き合ってくれた、優しい人だった。

 ……なにも僕は二人が死んだことを悲しいと言いたいわけじゃない。僕の周りではその二人以外にも何人も死んでいる。一緒に居てくれた猫も、いっぱい死んだ。昔はそりゃあ、泣いたさ。体質的に目が腫れることは無かったけれど。泣いて泣いて、そのまま疲れて眠ってしまったことがよくあった。……ああいや、人間が死んだときに泣いたことはないかもしれない。でも、それでも昔は、悲しいと思えたんだ。人の心が、あったんだよ。

 動かなくなってしまった、きっとこれからも動くことのないアカウントをブロックして、解除した。スマホを切って、冷たい月の光がぼんやりと映し出す部屋の家具をぼうっと見た。

 ……何も、感じなかった。ああ、死んだんだな。それだけだった。僕は二人が死んだことについて衝撃を受けているわけじゃない。何も感じなかった自分自身に、衝撃を受けたのだ。僕は、人間として欠落しているんじゃないか?死、人の死だぞ。何故こんなにも……何も感じないんだ。憧れの人だっただろう。優しくしてくれた人だっただろう。

 ……画面上での出来事だ。対面とは、情の感じ方が違うのだろうか。それでも……それでも、僕は僕が何も感じなかったことに、強い嫌悪感を抱いた。

「……そうか、僕はまだ生に、執着していたいんだ」

 真に生に執着していない人間であるならば、嫌悪感など抱かなかっただろう。元々、死にたがりの二人だ。その死を祝わないにしても、穏やかな気持ちでお疲れさまでしたと言えるんじゃないか。……僕には、言えない。お疲れさまでしただなんて、言ってやるものか。

 ……ああ、僕は、二人に生きていて欲しかったんだ。僕のタイムラインに、居て欲しかったんだ。彼らが死を望んでいる以上、これは僕の我が儘でしかないと僕は知っている。僕は自分の我が儘を我慢したんだ。だから、言ってやるものか。お疲れさまでしただなんて、言ってやるものか。彼らの人生を大変だったねなんて、労ってやるものか。

 ぎゅうっと目に力を入れて、ぱっとスマホをつける。二人のアカウントを探して、初めからその投稿を読んでいった。

 ……彼らの人生が凄まじいものだったなんて、知ってるさ。彼らが抱えている闇も、知っている。苦しいことも悲しいことも、悩みも辛いことも彼らは全部このアカウントにぶちまけていたんだから。

 もう既に見たことのある投稿を追っていって、最後の投稿になる。

「……私なんかを否定しないでいてくれる人が、このアカウントにはたくさんいて、最後にとても幸せな日々を過ごせました。今までありがとうございました」

「今日が最終日だね。皆、ありがとう。最後だけは少し楽しかったよ」

 ……僕は、人に影響を与える人間でありたいと思いながら生きてきた。そうすることで、自分の存在を確かめたいのだ。……もしかすると、僕はこの二人と、自分の欲求を満たすためだけに関わってきたのかもしれない。彼らを自分を満たすためだけの道具として見ていたのかもしれない。ああ、分からない分からない。自分が分からない。自分の中に魔獣が住んでいるようだ。何故自分自身のことなのにこんなにも分からないのだろう。

 もういっそ、死んでしまいたかった。何度も何度もそう思っては、実行できずにいる。当たり前だ。僕は生に執着していたいんだから。生に、執着してしまっているんだから。知っている。僕はこれからも自殺なんてしないんだろうよ。出来ないんだから。

「……せめて安らかに、眠ってください。あの世というものが、あなた方にとって居心地の良い場所でありますように」

 死というものは、冒険だと思う。未知の世界へ行くのだ。とんでもない恐怖である。何も分からないのだから、一番最後の、逃げ道としての最終手段としては、かなり危うい橋だ。分かっているけれど、それでも………穏やかな場所でありますように。居心地の良い場所でありますように。そう願わずにはいられない。

 頬を何かがつたって、それを拭う。それが目から流れ出たものだと気がついて、僕は笑った。

「……お疲れさまでした。お元気で」

 その投稿にそう反応して、僕はスマホを閉じた。

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