第8話

「……その後何が起きたのかは、私のほうがよく知っているな」

 ロンデはほのかに光る灯を見つめながら言った。長い昔語りをしているうちに日が暮れてきたので、ザカが自ら作った竜燭ムーリを灯したのだ。

「お前に悪気がなかったってことくらい、みんな分かってたよ」

 ザカの優しさも四十年前と変わらないのが、ロンデにはかえって心苦しく感じられた。

「私にも、少し話させてくれ」


* * *


 若き日のロンデは、五十余日をザカの家で過ごした後に山を下りた。メセオに帰る途上の隊商とも、麓の村で首尾良く合流できた。隊商の長だったロンデの父ボリノは、息子はどこかで行き倒れたに違いないと諦めていたらしい。無事に戻ってきた息子の姿をみてたいそう驚き、涙を流して喜んでくれた。

 いままでどうしていたのかと聞かれ、ロンデは「ナティウ族に助けてもらった」とつい口を滑らせてしまった。再び仲間に会えた喜びで舞い上がってしまっていたし、ザカやリュオンがどれほど自分に良くしてくれたかを、仲間たちに知ってもらいたかったのだ。

「ナティウ族の人々にお礼をしたい。彼らはどこに住んでいる?」

 ボリノに尋ねられたとき、ロンデは初め「山を下りるとき目隠しをしていたから分からない」と言葉を濁した。だが父に「受けた恩はきちんと返すべきだ、何か手がかりはないか」と詰め寄られると、ロンデも父の言う通りかもしれないと考えを変えてしまった。

「きれいな川のそばだった」

 それだけ伝えれば、もう十分だった。ボリノは早朝にロンデと百人以上もいる仲間たちをぞろぞろと連れて村を発ち、ニタンガ橋をメセオ方面には渡らず、川を遡って山を登った。

「こんな山奥に人が住んでいるとはな」

 深い森を越えて、木造の家々が見え始めると、ボリノが驚きの声を上げた。ロンデも同意見だった。

 隊商たちが初めに出会ったナティウ族は、若くて身体の大きな槍人ゴークだった。

「お前、山を下りたんじゃ……」

 ザカにお礼をしに来たんだ、と伝えようとしたとき、ロンデは突然槍人ゴークの胸に穴が開くのを見た。ひどい耳鳴りがする。槍人ゴークは血を噴き上げて、いやにゆっくりと地面に倒れた。

「いつ聴いても、いい音だな」

 ボリノの燧石銃すいせきじゅうから細い煙が出ていた。いつも腰に帯びていた高価な舶来物だ。ただの飾りだ、実際には撃たないと言っていたのに。

「父さん、どうして……」

「決まってるだろ? 屍竜樹ネグドラディは金のなる木だ。そろそろお前もいい年なんだから、おれたちの稼ぎ方をよく見て覚えろ」

 銃声を聞きつけて、槍人ゴークたちが家々から飛び出した。また銃声が三発。同じ数だけ槍人ゴークが倒れて、何倍もの悲鳴が上がる。父の手下にも、銃を持っている男がいる。これではいかにナティウの戦士が屈強でも、槍が届く前に撃たれてしまう。

「時代後れの蛮族どもめ。大人しくひれ伏せよ」

 ボリノの声は寒気がするほどに恐ろしかった。ロンデはとんでもない過ちを犯してしまったことに気づいた。

 これまで父親たちの商売を知らなかった。自分が宿で留守番をさせられている間に何をして稼いでいたのかを、ロンデは初めて目の当たりにした。

 彼らは隊商などではなかった。行く先々で略奪を働いて盗品を金に換える、悪逆非道なる野盗の一団だったのだ。

「やめて! ナティウ族の人たちを殺さないでよ!」

「甘っちょろいことを言うな!」

 ボリノは銃床でロンデの額を殴り倒した。痛みよりも、父に殴られた衝撃の方が強かった。血がぽたぽた落ちて雑草が濡れるのを、まるで他人事のように感じる。

「お前ら、何やってんだ!」

 大音声だいおんじょうが響き渡った。ザカの声だ。彼は摘み人ジックから屍竜果ネグドルトゥを受け取るため、工房から山へ向かっている途中だった。小柄でひ弱でも、魂だけは槍人ゴークに劣らず勇敢だった。銃口を恐れず、まっすぐボリノのほうへ向かってくる。

「父さん、あれがザカだよ! ザカの家族は殺さないで!」

 ロンデは必死で父の足元にすがりついた。

「殺さんよ」ボリノは再び銃弾を込め、ザカの額に押し当てた。「ナティウ族一の彫り人ナンクザカ。お前が、一生おれたちのために竜燭ムーリを作るならな」

 ザカはなおも怯まず、ボリノの目を睨み上げる。

「……おれの家族だけじゃない。里のみんなもだ。そうじゃなきゃ、おれはいまここで舌を噛み切って死んでやる」

 ボリノが鼻で笑った。

「チビのくせに、度胸があるじゃねえか。……いいだろう。おれたちを屍竜樹ネグドラディへ案内しろよ。ありったけの屍竜果ネグドルトゥをもらおう」

 ザカは黙って頷いた。ロンデはずっとザカを見つめていたが、ザカの視線は少しもロンデへは向かなかった。


* * *


 そこまで話した後、ロンデは深く長いため息をついた。この四十年、ピアトの人間には打ち明けることができなかった罪だった。

「まあ、確かにおれたちは、お前のせいでひどい目に遭ったよ」

 ザカに率直な言葉に、竜燭ムーリの灯がゆらゆら揺れた。

「でも、ひとつだけ良かったことがある。ティコとオセルの絆はぐっと深まった。あの夫婦が初めてまぐわったのも、あの夜だ」

 思わず目を見張るロンデを見て、ザカは目を細めて笑った。

「何でそんなことまで知ってるのかって? ティコは何でも話してくれたさ。……リュオンと、オセルが死んだ後にな」

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