第5話
ナティウ族の弔いは、炎によって行われる。
薪と藁の上に遺体を乗せ、
カヤは高い枝先の
――カヤ姉さんが、そんな失敗をするはずがない。
竜の炎は高温で激しく燃え、美しかった姉は灰へと変わる。ティコには死に顔すら見せてもらえなかった。頭が割れて、とても悲惨な有様だったらしい。それでも、ひと目最後のお別れをしたかった。
炎を囲む人々の中に、ティコはオセルを見つけた。その顔は蒼白で、視線はうつろに炎の上を漂っている。あまりにも痛ましくて、とても直視できなかった。
カヤの遺灰は
「ついてこい」と言われた後は、ティコも無言で歩いた。いまは顔も見たくないほどハガティが憎らしい。父も話しかけてこなかった。
家に帰るのかと思ったが、辿り着いた先はオセルの家だった。出迎えてくれたオセルの母スウラが優しく家族の不幸を悼んでくれたが、ティコはなぜ自分がここへ呼ばれたのか分からないままだ。
やや遅れてオセルが、父親のダオとともに戻ってきた。まだ顔色は悪いものの、火葬のときよりはいくらか落ち着いた様子のオセルは、自分の家にティコがいることに驚いたようだった。
「ハガティよ、わざわざ来てもらってすまんな」
ダオが
しかし、とダオは続けた。
「このままオセルを、独り身のままにさせるわけにはいかないのだ。……ティコよ。わしの言いたいことが、分かってくれるか」
ティコは首を振った。分からないのではなかった。分かるのが怖かったのだ。
「ならばはっきりと言おう。ティコよ、カヤの代わりに、オセルの妻になってくれ」
オセルが息を呑む音が聞こえた。彼もいま初めて聞いたのだ。ティコは恐る恐る、義兄になるはずだった男の顔を見た。
オセルもティコに顔を向けていた。あからさまに困惑の色が浮かんでいる。彼は無言のままで、「嫌だ」と言い出したわけではなかったが、その表情は十分にティコの心に鋭い槍を突き刺した。オセルに対して怒りさえ感じた。カヤを亡くして間もないのに、突然代わりの婚約者を宛がわれたのだから無理もないが、ティコもまた姉を失ったばかりで、オセルを思いやるほどの余裕がなかった。
「……私は、ザカの妻になるはずじゃなかったの」
どうにか答えると、ハガティが横から口を出した。
「ザカの家には、私が後で話をつけておく。あちらが了承してくれたら、お前はオセルの婚約者になる」
なぜダオではなく、父がザカの家に行くのか。芽生えた疑問は、すぐにティコの怒りに火をつけた。
「これは父様が決めたことなんだな!?」思わずティコは目を剥いた。「カヤ姉さんが死んだから、代わりに妹を差し出しますって、そういうことなんだな!? ふざけるな! 誰のせいで姉さんが死んだと思ってるんだ!」
「ティコ、父上を責めるな。あれは事故だ」
「事故なもんか!」なだめようとするダオにも歯向かった。「カヤ姉さんは里の誰よりも身軽で機敏だったのに! 姉さんは自分で落ちたんだ!
ティコは感情に任せて叫んだ。言葉と一緒に涙も溢れ出す。
何もかもが憤ろしく、悲しかった。カヤが死んだのも、父がその死を悲しむ時間さえ与えてくれないのも、カヤの代わりにされるのも、それをオセルが喜ばないのも、そして、何より――。
「分かってくれ、ティコ。オセルが持つ
ハガティは言い訳を連ねた後に、さらにティコの心を踏みにじった。
「お前も、オセルを憎からず思っているだろう」
目の前が真っ白になって、気づけばティコは父親の顔に拳を叩きつけていた。ダオもオセルも、ティコを止められなかった。
「父様は、最低の人間だ」
――最低なのは、私のほうだ。
ティコはオセルの家を飛び出した。ティコが一番怒っている相手は、ほかの誰でもなく自分自身だった。オセルの妻にと言われたとき、ほんの一瞬だけ心が躍ったのだ。
ティコはザカを頼りたくなっている自分に気づき、また腹が立った。
ザカはきっと婚約の破棄に同意するだろう。ティコがオセルを好いていることを知っているから。そしてザカには別の許婚が宛がわれる。もう気安く一緒にいるべきではない。
走って、走って、山を駆け上った。その先には
ティコは恨みを込めて
その一方で、やはりどうしても
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます