第2話
太陽が、少年たちの成長を
槍と槍がぶつかり合って高い音を鳴らした。相対するは白い鬼面の戦士ふたり。彼らの足さばきに合わせて砂塵が舞い立ち、戦装束の裾が右へ左へと絶えず踊っている。試合は一進一退を繰り返して長引いているが、両者とも疲れを知らず軽やかだ。
「そこだ、いけ!」「頑張れ、オセル!」「女に負けるな!」
取り囲む少年たちがさかんに声援を送っているのは、背の高い短髪の戦士のほうだ。贅肉のない引き締まった腕が、巧みに訓練用の槍をさばいている。
もうひとりは長い黒髪をひとつに束ねており、むき出しの足や腕はいくぶん柔らかい曲線を描いていた。
ティコだけは、長い髪の戦士を応援していた。
「がんばって、カヤ姉さん!」
槍試合を見物する子どもたちの中で、女子なのもティコひとりだけだった。
ナティウ族では十五歳になると大人と見なされ、《
かつて女が
カヤは生まれながらにして槍術の天才だった。背丈も男たちと負けず劣らず高く、敏捷で柔軟な身体から自由自在に突きを繰り出すのだ。同い年の少年たちを次々と破り、ついにあとひとり、オセルに勝てば同年代で最強の槍使いだ。
――カヤ姉さんが
十三歳のティコにとって、カヤは闇夜に光るしるべの星だった。カヤほどの才能はないが、ティコも槍術が大好きだ。料理や縫い物のような女の仕事はどれも嫌いだが、槍を振るっているときは男も女もなく、ただの自分になれる気がした。姉仕込みの槍術は、同年代の男たちに引けを取らない自負がある。
カヤは女でも槍を巧みに扱えることを証明してくれた。ティコにも希望があることを教えてくれたのだ。十五歳になったら、カヤ姉さんと一緒に
姉の勝利を願うティコの思いが、竜神に届いたらしい。激しい突きと薙ぎ払いの応酬の中で、オセルがわずかに体勢を乱した。カヤはすかさず足払いをかけてオセルを転ばせた。見物の少年たちが一斉にどよめく。次の瞬間、尻餅をついたオセルの鼻先には、綿布で丸く包まれた穂先が迫っていた。
「参った。おれの負けだ」オセルは潔く槍を手放して両手を挙げた。「今日こそは勝てるかもと思ったのに、悔しいな」
鬼の仮面を取ると、精悍な顔に白い歯が覗く。言葉ほどには悔しそうではなかった。オセルの笑顔が示しているのは、全力を出し切った満足感だ。
「私も、危ないところだった」
カヤも素顔をあらわにした。彼女は槍の才能のみならず、美貌にも恵まれていた。知性を湛えていきいきと輝く漆黒の瞳と、ふっくらして形の良い唇が魅力的だ。姉妹なのに、ティコとはあまり似ていなかった。
「立って、オセル。いい試合ができて、嬉しかった」
カヤが伸ばした手を、オセルは躊躇なく握って腰を上げた。
「まさかオセルが、未来のお嫁さんに負けるとはなあ」
「こりゃあ、カヤの尻に敷かれるのは目に見えてるな!」
ほかの少年たちにからかわれて、カヤとオセルは顔を見合わせて照れくさそうに笑った。まあ、カヤに負けた男はオセルだけではない。全員が負けたのだ。
カヤとオセルは、両家の親同士が決めた許婚だった。ナティウ族の結婚とはそういうものだ。けれどもふたりが交わす視線の内に、ティコはときどき言い知れぬ熱がこもっているのを感じていた。彼らは互いに、お互いを生涯の伴侶とする日を心待ちにしている。傍目にもそれが分かった。
里の掟で、結婚は男が十七になるまで待たなければならない。十五で成人して職業を得た男は、まず仕事に慣れることに集中して一人前になるのが肝要とされているからだ。
ティコは思う。オセルなら、間違いなく立派な
「ティコ! 勝ったよ!」
カヤが駆け寄ってきた。彼女が笑うと、太陽がぱっと輝くかのようだ。誰もがこの笑顔を愛している。オセルに愛されるのも当然だ。
「全勝おめでとう、カヤ姉さん!」
ティコも笑顔で祝福の言葉を返した。カヤの勝利が嬉しいのは、紛れもない本心なのだ。ただ、姉がオセルと結婚することを考えるときだけは、ティコの心中には湿った風がつむじを巻く。
「ティコも見に来てたのか。君の姉さんは本当に強いよなあ」
「う、うん」
オセルが声をかけてくれた。ティコの胸が密かに高鳴る。彼の汗の匂いがかすかに漂うだけでくらくらしてしまいそうだ。
「おれは川で行水してくる。……カヤ、また後でな」
最後は囁き声だった。カヤは頷きながら、さりげなくオセルの肘に触れた。ティコとはたった二歳しか違わないのに、ふたりはずいぶん大人に見える。
オセルは代々
――でも、あと二年経ったら、オセルはカヤ姉さんだけのものになってしまうのだな。
「どうしたの、ティコ? 具合でも悪い?」
カヤが気遣わしげに眉根を寄せる。ティコは思い切り頭を振って、浮かびかけたやましい感情を追い出した。
「ふたりの試合がすごすぎて、目が回っちゃったのかも」
「大丈夫? 早く家に帰って、よく休んだほうがいいよ。一緒に帰ろう」
「うん!」
ティコは笑顔で頷いた。
カヤは自慢の姉さんだ。妬むなんて、みっともなかった。
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