第13話 逮捕の後に

俺は稲葉光輝、32歳。株式会社アークテックに勤務していた。鳥羽市のアパートに住んでいた。


・・・・・・・・・え、その情報も無いって?勤務していたことも、アパートに住んでいたことも?


そっか・・・・・・・・・・わかった。一先ず俺はそんな感じだった。


俺はいつも通り会社から帰ってきて、「レジェンドソードファンタジー」を立ち上げたんだ。いつも通りログインして、その後のことが・・・・・・・・・よくわからない。


気付いたら俺は、「レジェンドソードファンタジー」の世界に居たんだ。しかも作ってからずっと放置していたハズのサブキャラ「ゼーレ」になってたんだ。


「ステータス」を見てびっくりしたよ。何せレベルがカンストしてたし、殆どの「スキル」も覚えていたんだからな。あの充実具合は、多分本垢の方の内容を引き継いだんだろうって思った。


最初は戸惑ったけど、生活していく内に慣れていったんだ。攻撃を食らっても全然痛くないし、逆にこっちが攻撃すればワンパンだから、とっても爽快感があった。


それで、そのまま世界を冒険していたんだけど、記憶に無いダンジョンがあって、そこで色々見たことのない「スキル」を手に入れたんだ。「局所破壊」とかまさにそうだな。


罪悪感を感じたか?まあ、最初は感じてたかもしれないけど、バトルロイヤルとかではお世話になりまくっていたから、そのうち薄れていったんだろうな・・・・・・・










「成る程、これが稲葉の供述ですね」


「ええ。そうです」


 ゼロと設楽は警察庁に居た。あの後目を覚ました稲葉に事情聴取を行い、事の顛末を聞くことにしたのだが・・・・・・・・結局「どうやって入ったのか」という大事な部分は覚えていないという。本人もよくわかっていないらしく、これまで過ごしていた世界がゲームの中なのか、それとも現実なのかすら曖昧だ。


 そんな稲葉の供述を録音したのが、この言葉だ。


「困りました・・・・・・・裁判をしようにも、犯人の戸籍が無い事から処罰が非常に困難となっています。これでは賠償金請求も難しいのでは・・・・・・・・」


「ふむ、そうですか。それは大変ですね」


 しかし、ゼロはこの段階で既に興味を失っていた。彼にとって大事なのは、どうやってこの異世界から自分たちの世界に異世界人が流れ込むのを食い止めるかということだ。正直言ってこちらの世界の法律など知ったことではないし、その判断基準を委ねられても困るとしか思えない。


 ただ、その辺りの事は設楽も十分理解していた。もとよりゼロは別の世界からやってきている存在だ。そもそもがこちらの世界の常識に当てはまらないし、これまで協力してもらっていたことが奇跡だ。


「ゼロ殿。ご協力有り難う御座いました。これからあなた様は————————」


「ええ」


 ゼロは毅然とした態度で答えた。









「元の世界に帰らせていただきます。私にもやるべき事があるので」









「確か魔王・・・・・でしたか、治められている国があるのでしたね」


 何よりも、ゼロはこれ以上こちらの世界にとどまることは出来なかった。ゼロは「アストライア王国」の国王として君臨している。今はライラに実務などを依頼しているが、彼女では「転生者」に対抗できない。この約2ヶ月ほどの滞在期間の間にも攻め入られている可能性すらある。だから一刻も早く戻らなければならないのだ。


「結局、今回は空振りに終わりましたが・・・・・・・いずれこの世界に私はやってきます。願わくは、もう来る必要が無ければ良いのですが・・・・・・」


「仕方がありませんな。こればかりはゼロ殿のご都合、私どもではどうにもなりません」


 そう言って、部屋から出て行くゼロを案内した。ドアを開けて外に出て、廊下を歩き、エレベータを降り、そして自動ドアをくぐり・・・・・・・太陽がさんさんと照る表へでた。


「それでは、ご武運を」


 設楽は敬礼をして、ゼロの帰りを見送った。


「それでは、失礼します」


 ゼロはそう言って設楽に背を向けると、左の手の甲に紋章を浮かび上がらせた。紫色に輝く、不気味な紋章だ。


「元の世界へ俺を導け、“深淵の龍紋”!!」


 叫びながらゼロは腕翼の鉤爪で目の前の空間を引き裂く。するとパリィン!!という音とともに裂け目が広がり、ガラスが割れたように鋭角な断面を見せた。その先には、宇宙のような空間が広がっている。


 そしてゼロはその中に身を乗り出すと、その巨大な腕翼を広げて飛び立ち、亜空間の彼方へと消えていった。空間の裂け目はパキパキパキ・・・・・・と乾いた音を立てて修復され、やがて元に戻った。


「(“異世界”、か・・・・・・・・俺は憧れたことも無かったな)」


 ふう、と設楽はため息を吐いた。設楽は警察となって様々な犯罪に関わっていく間に、その犯人の声をたくさん聞いていた。


 金が欲しかった、殺したいほど憎かった、魔が差した、ムシャクシャしてやった、壮絶な人生経験から破滅的な思考に陥った者から、それこそ遊び感覚で犯罪に手を染めた者まで、様々だった。だけど設楽は彼らの声を聞いても同情もしなかった。誰かを傷つけたり、迷惑を掛けたりしたことに変わりは無いからだ。


 そんな自分自身、言い思いをして暮らしたいとは思ったことが無かった。必要最低限の暮らしが出来て、疲れたときは寝て、起きたら事件を解決しに向かう。そんな毎日に満足しているのだ。警察なら、嫌でも刺激的な日常を送ることになる。現行犯の強盗などで殺されそうになった事も少なくないし、逆に拳銃で相手を殺しそうになった事もある。


「(少し疲れたな・・・・・・本当ならさっさと仕事に戻るべきだろうが、ちょっくらヤニ休憩とさせていただこうか)」


 そう言って表にある喫煙所に行き、コートのポケットからライターとタバコのケースを取り出した。銘柄はメビウス。日本という国では最もポピュラーな銘柄だった。








「(俺も少し、ラノベでも読んで勉強しておくか)」


 ゼロと今後もなにか一悶着ありそうな設楽は、そんな事を考えながら煙を肺の中に取り込んでいた。

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ヴィジターキラー Another Dimension 戯言ユウ @Kopegi

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