エピローグ

 魔人ディザストを討伐し、一週間が過ぎた。


 奴の手による被害は街の広範囲に渡り、完全に傷跡が癒えるまでまだ時間はかかるだろう。しかしそれでも街の人たちの顔は明るかったように思う。死人まで出た街の被害や、その被害をもたらした魔人が告げた魔王の復活――そんな暗いニュースに対抗出来る明るい話があったからだ。


 アトラの使徒にしてアトラの騎士こと俺、神騎ナルミ(笑)の存在である。


 魔人に対抗する力を得るため、街の女の人のリスペクトを集めようという意図のあの演説の効果は俺が魔人に勝ったことから明らかだ。しかし俺はこの世界の人たちの信心を少々侮っていた。戦いが終われば熱も冷めるだろうと思っていたのだが、街を歩けばナルミ様ナルミ様と声をかけられ、祈りを捧げられる日々。


 決戦の翌日、イーヴァに強く請われて断り切れず、王城に呼ばれて名誉騎士とやらを拝命し、大聖堂ではエルマー神父とセシリア主導で教会の認める聖人として認定され、しまいには被害を受けた街の住人へのお見舞いという形でセシリアとイーヴァに挟まれて街中を練り歩く実質パレードが相当効いたらしい。お陰で俺は一躍時の人である。


 英雄なんて柄じゃないし、街の人たちをお見舞いできるほど立派な身分じゃない。なにしろ自分が寝起きする家すらないのだから――全力で固辞したのだが「あなたの悪人面で民が喜んでくださるのですから、有り難がって顔を見せに馳せ参じるべきではありませんこと?」とイーヴァに言われては逆らう術はなかった。


 ともかく――壊れた街は万全とは言い難いが、それでも雰囲気は悪くなかった。


 そんなわけで街中練り歩いたり、聖堂で崇められたり(教皇だけはなんとか回避した)、騎士や兵士、参戦した冒険者を集めた慰労会的なパーティで顔見知りが増えたり――そんな日々を過ごしている内にあっという間に一週間が過ぎて――




 そして。





「寂しくなるぜ、兄弟」


「本当に旅立つのか?」


「ああ――俺がレミリアに留まっていたら、また魔人が俺を狙って攻めてくるかも知れないだろ? そんないつ攻めてくるかわからない脅威に怯えて過ごすより、まだ復活しきっていない魔王に止めを刺しに行く方がいいだろう?」


 魔王討伐を目指し、半壊したレミリアを発つ俺を、幾人もの人が門の外まで見送りに来ていてくれていた。


「でもよ兄弟、魔王がどこで昼寝してんのかなんてわからないんだろ?」


「もうちょっと様子見てからでも遅くねえんじゃねえか?」


 旅立つ俺を名残惜しんでゴールドコンビが口々に言う。


「魔族領のどっかだろ。探せばその内見つかるさ。それに街に留まって、復興前にまた襲撃されたら今度こそ深刻な被害が出る――それは避けなきゃならない」


「兄弟がここを離れたなんて向こうはわかんねえだろ」


 そう言うクリフトンに、鞘に収まった《運命を切り拓く剣レミナスデリカ》を叩いて答える。


「俺がどっかその辺でこいつを解放すれば、魔王も俺がもうレミリアにいないってことがわかるはずだ。魔王は眠ったままでも神の力を感知するらしいからな」


 アトラが力を注いだ神器|運命を切り拓く剣《レミナスデリカ》は、なんとセシリアのロザリオのようにオンオフ可能な便利アイテムだと判明した。俺が抜剣し、その気になった時だけ神剣として機能し、平時や俺以外の人間が手にすれば、特殊な力を持たない業物。


 正直、これは非常に助かる。森狼フォレストウルフ食人鬼オーガ相手にいちいち神の力を垂れ流して魔王に補足されては切りが無い。しかし逆手にとれば、任意の場所で俺の位置情報を魔王に送りつけることの出来るって寸法だ。


「二人ともそのくらいにしときな――悪いな、ナルミ。本当はアタシも着いて行ってやりたいんだけどさ、こういうことになっちまって」


 そう言ったのはアシェリーさんだ。彼女の胸元には真新しいアダマンタイトのプレートが下がっている。一晩で火炎竜ファイアドラゴン魔竜デビルドラゴン(これは仮称で、新種の翼竜ワイバーンの上位個体と認定されたらしい)の二匹を撃破したアシェリーさんは、ドラゴンスレイヤーの称号を得ると同時にミスリルからアダマンタイトへの昇格を果たした。


 しかし、彼女の出世はそれに留まらない。魔人との先頭で騎士団に深刻なダメージを受けた王家は、アシェリーさんを国の戦力として確保するため、イーヴァの私兵という形で彼女を雇用したのだ。約束を果たし、アシェリーさんの子分となったゴールドコンビの二人も一緒に。


「いえ――アシェリーさんが街に残ってくれるから、俺は安心して旅立てるんすよ」


「英雄サマにそう言われちゃ悪い気はしねえな。でもナルミ、奢るなよ。油断も駄目だ。昇格したからって、あんたがキャリアほぼゼロの新米ニュービーだってことに変わりねえんだからな」


「はい――覚えておきます」


 答える俺の胸で揺れるプレートは三つ。王家と教会から贈られた神騎であることを証明するプレートに、ギルドから魔人討伐の栄誉で贈られたオリハルコンのプレート――そしてついでのようにゴールドプレート。


 冒険者クラスを示すプレートが二つある理由は、経験が浅すぎる俺は昇格させるにもゴールドクラスが限界と言う声と、魔人を倒した英雄にこそオリハルコンを贈るべきだという意見がギルド内で分かれ、こういうことになったらしい。オリハルコンを名乗っていいのは、ミスリルクラスに到達してからだとか。それまでオリハルコンのプレートはただの名誉の証だ。《英雄体質》と《運命を切り拓く剣レミナスデリカ》におんぶに抱っこな俺がオリハルコンとか申し訳ないので、正直ありがたい措置だ。


「……最悪お金に困ったら、各地の騎士団支所を訪ねなさい。便宜を図るよう通達をだしておきます。もっとも、レミナス王国を出てしまえばそれもできなくなるかと思いますが」


「うん。ありがとう、イーヴァ」


「もっと路銀を持たせたかったのですが、街の復興や騎士団の再建で首が回らず……」


「いや、十分にもらったよ。本当に感謝してる」


 心からそう言う――が、イーヴァはぷいっと顔を背けてしまう。気持ちはわかる。原因は俺の隣に立つセシリアだ。


「イーヴァ様、笑ってください。イーヴァ様がそんな顔をされていては民が不安がります」


「お姉様ぁ……」


 微笑むセシリアの胸に縋りつくイーヴァ。


「どうしても行ってしまわれるのですか?」


「はい。私はナルミ様にお仕えする運命――ナルミ様が発たれるのであれば、どこまでもお供します」


 後半は俺に向けて、セシリア。彼女に真っ先にレミリアを発つ意志を伝えたのだが、彼女は迷わずに連れて行ってくださいと言った。思うことは色々ある。勿論彼女が着いて行くと言ってくれたときは嬉しかった。だが、俺が彼女を連れて行けば、彼女にきっと苦難の道を歩ませることになるだろう。


 セシリアの運命は俺と出会ったことで随分変わってしまったはずだ。しかし彼女の決意は固かった。ならば俺にできることは、彼女が今際の際に自分の選択は間違っていなかったと思えるように振る舞うことだ。


 いつか世界を救ってくださいと俺に言った彼女の言葉を叶えることで、それに応えたい。


「お姉様ぁ……」


「ほら、お姫、セシリアが困ってるだろ? 気持ちよく発たせてやりな」


 アシェリーさんにそう言われ、イーヴァはぐしぐしと涙を拭ってぎこちなく微笑んだ。


「素敵です。イーヴァ様」


 セシリアの言葉に、イーヴァは泣き笑い、そして――


「お姉様を食うに困らせたらただじゃすみませんわよ」


 俺を半眼で睨む。


「――お、おう」


 こくこくと頷く、一応ゴールドクラスになったのだ。立ち寄る街で、村で仕事をすればなんとかなるだろう……なるんじゃないかな……なったらいいな……


 みんなと別れの言葉を交わし、最後の確認をする。


「……本当に一緒にくるのか?」


「なぁに、セシリアはよくてあたしは駄目なの?」


 セシリアと逆隣に立つスカーレットが言う。


「いや、だって――」


「なんのためにナルミがパレードしたりパーティしたりしてるときに必死で魔法の勉強して冒険者登録したと思ってるのさ。これで連れてかないなんて言ったらこっそりついてってあんたの寝込み襲って無理矢理子供産んで、子供にあることないこと吹き込んで復讐させるわよ」


 そう告げる彼女の胸にはブロンズプレートが下がっていた。ちなみに服はさすがにナイトドレスではない。ちょっと露出が多めでエレガントな感じのワンピースに、革のマントを羽織っている。


 俺のどこをどう気に入ったのか、スカーレットは俺を「最後の客」にすることに決めたらしい。最後というのは一日の最後ではなく、花売りとしての最後――つまり、まあ、そういうことだ。ちなみに金は受け取ってくれなかった。


「どうして俺にそんなにこだわるんだ?」


「朴念仁か! あんなにブルってたオトコのコをさ、ああいう風に励まして――それでホントに国を一つ救っちゃったんだよ? 女ならハマっちゃうでしょ、そんなオトコ!」


 あっ、はい。ごめんなさい。


「どうする? 私を連れてく? それとも置いてく?」


 俺が知らないところで自分の命を狙う実子が育ってるとか怖すぎる。


「連れてく……連れてきます……」


「連れてくじゃないでしょ? ちゃんとお願いして」


「着いてきてくださいお願いします」


「――うん! 一緒に行ってあげる!」


 上機嫌で俺の腕に抱きつくスカーレット。


「……スカーレットさん。少しナルミ様にくっつき過ぎでは?」


 逆隣ではセシリアが柔和な笑みを引きつらせている。


「ナルミはこう見えてビビりだからね。こうしてリラックスさせてあげてるのさ」


「ナルミ様が歩きにくそうです!」


「じゃあセシリアがそっち側でバランスとってあげたら?」


「! こんな明るいうちからそんなはしたないこと、できません……!」


「暗くなったらいいんだ?」


「いいとかどうとかそういう問題では……!」


「アシェリー。あの不埒者を刺しなさい」


「お姫……英雄サマにそんなことしたらアタシが国中から睨まれちまうよ……」


「……これが救国の雄の旅立ちだってんだからなぁ」


「さすが兄弟だよな」


 色々勝手なことが聞こえてくるが、俺は耳を閉じた。耳を動かす特技なんか持っちゃいないが閉じたったら閉じた。


 ――と。


(子供は十三人作ってくださいね、ナルミ。そしてアトラ十三使徒として子供の頃からアトラ教の英才教育を――夢が広がります!)


 ――アトラ! てめえあれから一切こっちの呼びかけ応じなかったくせに、こんな時に――


(ああ、ごめんなさい――《運命を切り拓く剣レミナスデリカ》に力を注いで力尽きていました。一週間も寝込みましたよ。お陰でナルミの勝利シーンを見逃してしまいました)


 だから異世界実況者になった憶えはねえんだよ!


(でも大丈夫です。友達からハイライトを聞きました。よくやりました、ナルミ……あなたを見守る運命神として、私はあなたの偉業が誇らしい)


 適当なこと言いやがって――


(あれれ? 私の声が聞けなくて心配しました? 心配しました?)


 するか馬鹿野郎!! つうか最後の助力とか言ってただろうが! なんなんだこの交信は! 次に会うときは俺が死んだ時だと思ってたよ!


(アトラ寝ぼけてるからわかんない><)


 この野郎……!!


 やはり俺の人生のラスボスはこいつに違いない――まだ見ぬ魔王もきっとこいつよりはいくらか御しやすいだろうよ。

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異世界ハーレムキング・偽典 ―異世界転生したけれど、世界を救う為にはモテまくらないといけないらしい― 枢ノレ @nore_kururu

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