第5章 救国の雄 ⑩
――ガギン、と金属がぶつかり合う音。目の前には目を見開いた魔人がいた。
「貴様――その力は!」
戦場に戻った俺に怒鳴る魔人。どの力などと尋ねる必要は無かった。アトラに呼ばれるまではただの鉄製の剣だったそれが、今は刀身が神々しい光を放ってる。セシリアのロザリオの比じゃない。聖なる力とでも言おうか、俺のような素人でも見ているだけで某かのパワーを感じる光だ。
「《
叫び、魔人の剣をはじき返す。イーヴァの後押しでさらに補強された俺の体は、たやすく魔人の体を押し戻した。
「ぬうっ――貴様、まだ力を隠していたかっ!」
「違うね――てめえが虫けらと言った街の人たちに力を分けてもらってんだ!」
退いた魔人を追って駆ける。浴びせる剣撃を受ける度に魔人が怯む。
「ぐぬっ、このっ……人間ごときが、小癪なっ……!」
響く剣戟。考えもしなかっただろう防戦に苦悶の表情を浮かべる魔人。ついに俺の攻勢に抗いきれなくなり――
「我が従僕よ! こやつにその力を示してやれ――」
「――そろそろそんなこと言い出すんじゃないかと思ってたよ。間に合って良かったぜ」
魔人の声に答えたのは、上空から聞こえてくるアシェリーさんの声だった。加えて、背後から聞こえる激しい落下音。振り返ると、地に落ちた巨大な翼竜の背に剣を半ばまで突き立てたアシェリーさんがいた。
「――アシェリーさん!」
「よっ、ナルミ」
剣を抜き、立ち上がってアシェリーさん。剣を振って血を払う姿に魔人が激高する。
「貴様ぁ……よくも我が従僕を……!」
「こいつも健気にあんたの援護しようとしてたんだけどなー。まあアタシら的に考えたら阻止するだろ、当然」
「
「勿論倒してきたぜ。これでアタシも晴れてドラゴンスレイヤーってわけさ――ま、森がだいぶ焼かれちまったけどね。ナルミ……あんたの声、聞こえたぜ。頑張ったな」
「俺たちもいるぜ、兄弟!」
「ちょっと離れてる間に神様の騎士とは随分出世したな、おい!」
アシェリーさんだけではなく、クリフトンとレイモンドも駆けつけてくれたようだ。
「二人とも――」
「危ない、ナルミ様!」
ゴールドクラスの二人に気を取られている間に魔人が魔法を放っていたようだ。セシリアの声に振り返ると目の前に炎の塊があった。誰かが《
「な――んだと!?」
驚愕し――それでも魔法を追う形で俺に迫っていた魔人が肉薄している。
おそらく全力だろう魔人の一撃――それを正面から受け止める。さっきと同じ図だ。ただし、立場は逆――
「――貴様はここで消さねばならん! その剣、万が一にも我が主の身に届くことがあってはならぬ!」
魔人が叫ぶ。その迫力と剣の威力は今まででもっとも恐ろしいものだったが、今の俺には届かない。
構図が同じなら、俺が打つ手も同じ。手本はすでに目の前の魔人が見せてくれた――鍔迫り合いのまま剣を振り抜き、魔人の剣を半ばから斬り落とす。
「っ――」
息を飲む魔人。災禍の権化――かける言葉などない。俺はそのまま剣を返して――
呪いのような断末魔。そして。
「レミリアの民よ、
風の魔法で、イーヴァの声が街中に響き渡った。
街中から聞こえてくる地鳴りのような勝ち鬨の中で――
「ナルミ様――」
セシリアが駆け寄ってくる。俺は《
イーヴァの反応が怖くて彼女を盗み見る。イーヴァはその額に青筋を浮かべて――しかしこちらを睨むだけで、生き残った騎士や兵士になにやら指示を出していた。立場上現場処理のため忙しく、私怨を優先できないといった感じだ。
「ナルミ様、ナルミ様――」
「落ち着けよ、セシリア――終わった。勝った。君のお陰だ」
「ナルミ様は、やはりすごいお方でした……私などがお側にいて本当によいのでしょうか」
「いいに決まってる。当たり前だろ? 君がいてくれたから俺は戦えたんだ。勝てたんだ。ありがとうな、セシリア」
「もったいないお言葉です……」
セシリアはその大きな瞳から涙を溢し――
「これからも私をお側に置いてくれますか?」
「こっちから頼みたい。俺にこの世界のこと、色々教えてくれよ」
「……ナルミ様、お慕い申し上げます」
はしっと体を預けてくるセシリア。ふと、ナターシャの言葉を思い出す。セシリアお姉ちゃんをお姫様にしてあげてね――ここで彼女を抱きかかえてれ勝利の宣言でもすれば格好がつくだろうか――そう思って彼女の肩に手を置こうとしたとき、
「――ふぅん。そんないい人がいたんだね?」
背後から声がかけられる。振り返ると、そこには腰に手をあてて半眼で俺を見るスカーレットの姿があった。
「スカーレット! どうしてここに――大聖堂に逃げろって」
「そりゃあね――自分の恋人があんな風に演説して、命を賭けて戦おうってんだ。絶対見守らなきゃいけないと思って駆けつけたんだけど――お邪魔だったかな?」
「恋人!」
セシリアが弾かれたように俺から離れる。
「いや、ちがっ――」
「ほら、帰ったら抱きしめてくれるんじゃなかったの?」
スカーレットがハグを要求するように両手を広げて俺に向ける。
「ナルミ様……」
涙目のセシリア。
「ナルミ……アタシ、セシリア泣かしたら許さねえって言ったよな……?」
拳をゴキリと鳴らすアシェリーさん。
「お姉様! お姉様にこの殿方は相応しくありません!」
ここぞとばかりに参戦してくるイーヴァ。
「ちょ、ま――アトラ、助けてくれ!」
天に向かって叫ぶ。だが、返事はない。
「おい、レイ――あのナイトドレスの姉ちゃん、超イカシてるな」
「やめとけよ、クリフ。兄弟のお手つきだろ。まったく――英雄色を好むっつうけど、兄弟はマジで隅に置けねえぜ」
クリフトンとレイモンドが俺を囲む女性たちを眺めつつ、そんなことを言う。
唯一の救いは、未だ響く勝ち鬨で災厄と決着をつけたことを実感できることだった。
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