第5章 救国の雄 ⑨
気がつくと、俺は暗闇の中にいた。いや、暗闇じゃない――何も見えないのではなく、目に映るものが何もないといった感じだ。見覚えがあった。あって当然――アトラと会って、異世界に転生された場所。
「そうか――」
なんとなく察して、呟く。
「俺は負けたのか」
そして殺されたのか。最期の瞬間は覚えていない。しかしそれは前回――というか初回というか、とにかく前にこの場所へ訪れたときと同じだ。アトラによれば俺は車道に倒れた老人を助けて車に轢かれ、現世での生涯を終えたってことらしいが――俺自身にそんな記憶はまったくない。
今回はどうなんだろう。あのまま《
まあ、俺だけで考えても答えの出ないことだ。それに焦る必要は無い。たった今、何もない空間に突如現れたアトラ――彼女の口から聞かされることになるだろう。
「よう、アトラ」
「……ナルミ」
彼女の顔は暗かった。とても人の脳内に馬鹿話やAAを一方的に送りつけてくる駄女神のようには見えない。
「俺は、駄目だったのか? レミリアを守れなかったのか?」
直球で尋ねる。彼女は首を横に振った。
「ナルミ。あなたの体は今、あの魔人ディザストと戦っている最中です」
「――は?」
「神の権能であなたの時間のほんの刹那を借りてあなたの魂に触れているのです」
「意味がわからないが――アレか? 神様パワー的な奴で一瞬の時間を永遠に感じるとかそんな奴か」
尋ねると、アトラはしおらしくこくりと頷く。
「そういう解釈でいいでしょう。私があなたに会いに来たのは、あなたに伝えること、問うべきことがあるからです」
そう言ったアトラは、悲壮な表情で口を開いた。
「ナルミ――私の軽率な判断であなたの運命を歪めてしまいました。いつか魔王を倒せるほどの英傑に育ち、それを叶えてくれればいいとは思っていました。困っているものを見過ごせない――そんなあなただから、いずれ復活する魔王に自分が対抗出来ること知れば、立ち向かってくれるのではないかと期待していました」
アトラの言葉は、まるで懺悔のようで――
「ですが強要するつもりはなく、あなたが一人の女性と結ばれ、そして恙なく日々を過ごすという選択をするのならそれもいいと思っていました。自分で選び、決めて欲しかったのです」
多分その言葉は本心からのものだ。神は嘘を吐かないとかそういう次元の話じゃなく、それが本心からであることがアトラの目から、声から伝わってくる。
「魔王の復活の予兆はありました。けれど私の力を感知できるほど復活が近いとは思ってはいませんでした――完全に私のミスです」
「……お前の力? セシリアのロザリオの件か」
尋ねると、アトラは否と答えた。
「森で私に問いかけたでしょう? あれに応えなかったのは、応じることで新たに私の力を察知されるかも、と考えたからです。魔王が感知したのはあなたの存在です」
「は? じゃああの魔人が神器どうこうって言っている話は」
「あの魔人もナルミに言っていたでしょう。魔王が感じた力は神器ではなくナルミのことだったのかと」
「…………ああ、そう言えば」
なんかバトル前にごちゃごちゃ言ってたな。ハイになってたし聞き流してた。
「ずばりそれこそが真実。セシリアはあなたの力になると思ってあの場を選んだのですが――ナルミをあの時、あの場所へ転生させたことが私の失策です。あなたの運命をずいぶん歪めてしまいました。申し訳ありません」
言ってアトラが頭を垂れる。
謝ってもらう筋合いはない。そうじゃなきゃ、もともと俺は死んだ身――苔に転生するのを待つだけしかできなかったはずなのだ。
だが、それを言うのもまた違う気がした。彼女が謝りたいこと、俺がその筋合いはないと思うことにはズレがあるように感じる。
だから俺は違う言葉を口にした。
「まあ、気にすんな。で、問うべきことってなんだよ。俺ってまだ戦ってる最中なんだろ? さっさと済ませてくれ。あんまり長いことお前のアホ面眺めてたら戦いに戻ったとき気持ちにギャップができて一太刀で斬られちまいそうだ」
「……最初はあなた、私の事をアトラ様と呼んでいましたよね? それがアホ面ですか……」
「ドンマイ」
だいぶ肩の力が抜けたアトラははぁっと嘆息し、そして口元を引き締め直して――
「ナルミ――今一度選んでください。転生をやり直すか、否か」
「転生をやり直す……?」
「私はあなたに選択の余地のない転生を強いてしまいました。ですので、別の時代、別の場所への転生を希望するのなら、それを叶えようと思います」
「……お前、それ本気で言っているのか?」
俺なりに副音声をつけて言ったつもりだが、しかしアトラは気づかずに――あるいは気づかないふりをして、
「勿論です。あなたが望むなら、今回の転生の記憶も消して差し上げましょう。覚えていては、何かとやりにくいこともあるでしょうから。今回のことは私がいたらぬために起こったこと。あなたが気に病むことは何一つありません」
「俺がそれに応じたとして、セシリアはどうなる? スカーレットは? レミリアはどうなるんだ?」
「今のレミリアにあの魔人に抗う力はありません。地上から消えることになるでしょう。あるいは幾人かは生き延びるでしょうが、魔人の近くにいる者が生き残る可能性は絶望的です」
「てめえ、運命の女神だろ? あんな化け物が人の運命をねじ曲げてんの、黙って見てるつもりなのかよ」
「それが人の
即答だった。
「――もうお前と話すことはない。さっさと戦いに戻してくれ。あの魔人を斬ってやらなきゃならないんだ、俺は」
「あの魔人を屠ったとあれば、魔王軍が黙っていないでしょう」
「わかってる」
「レミリアもまた、あなたを神の遣いとして祭り上げることでしょう」
「わかってるよ」
「楽な道ではありませんよ」
「言いたいことはそれだけか? じゃあもういいから早くしてくれ」
「……それでいいのですね?」
「くどい! 初対面の俺にあんなに良くしてくれたセシリアを! 見ず知らずの俺に勇気をくれたスカーレットを! クララやアシェリーさん、兄弟って言ってくれたゴールドコンビもだ――みんなを見捨てて転生をやり直すだって?」
馬鹿げてる。そんな提案をするアトラに怒りさえ覚えた。
「そんなこと、できるわけないだろ!」
「――わかりました。あなたの決意、しかとこの目で見届けました。ならば運命神として、あなたにもう一つ力を授けましょう」
「力……だと?」
「ナルミ――これが私からあなたへの最後の助力です。《
アトラの体が発光し始める。神々しい――初対面のときのような威厳のある声がなければ、もうそこにアトラの存在を確認できないほどの強烈な光。
視界の効かない中、アトラの声だけが聞こえてくる。
「ナルミ――あなたの運命を歪めてしまった愚かな運命神として、あなたをいつまでも見守っていますからね。叶うならいつか、あなたに安寧の日々が訪れるよう祈っています――」
アトラの気配が遠くなる。同時に俺の意識も遠くなり――
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