プラシーボ
「死にたいです。できるだけ楽に。」
精神科医の前でアオキはそう言った。
仕事に悩み、人生に悩み、もういっそ死んだ方が。
そう思い、アオキは上司の机の上で首を吊った。
が、死ねなかった。
天井に引っ掛けた金具は体重を支えるには脆く。
アオキは落下し、頭を打ちつけ、軽症だったが運ばれたのは精神科だった。
結果として、職場には戻れなくなり、死に対する恐怖だけが残った。
だからせめて楽に、早くこの地獄を去りたい。
とは言いつつも、ここは精神科だ。
死にたいですと言っても、止められるに決まっていて。
この後、カウンセリングのような悟った語り口で長い話をされることは想定内で。
アオキは家に帰ってどうすれば楽に死ねるかを考え始めていた。
「わかりました。薬を出しましょう。」
「え?」
驚いたアオキだったが、本当ならばありがたい。
医者は、冷蔵庫から何かをコップに注ぎ、アオキの前に差し出した。
「この薬を飲んでもすぐに死ぬことはできません。ただジワジワと
ゆっくり死へと近づいていきます。最後には眠るように死ぬことができますよ。」
「でもどうやって一年も生きれば、、、。」
「あなたの会社から示談金が出ています。あなたの自殺を隠してくれ、とね。」
「そう、ですか、、、。」
アオキは透明なそれを飲み干した。
水のように味もなく、ただ冷たさだけが喉を通った。
一年後、また来てください。
そう言われ、家に帰る。
死ぬまであと一年。安らかな死が確定された今、一種の開放感があった。
生きる、という枷がなくなったアオキは生きる希望を得た。
アオキはただただ今日を生きた。
今日したいこと、今日やりたいことをし続けた。
そうしてあっという間に「今日」が来た。
「どうでしたこの一年は。」
医者は静かにそう言った。
「、、、。」
アオキは自分の心の変化に静かに驚いた。
死にたいと、この医者の前で自分は言った。
しかし今、自分が生きたいと、生きていたい、と思っていることに。
「アオキさん。プラシーボ効果って知っていますか?」
「え?」
「偽薬効果とも言って、人はただの水でも薬と言われて本当にそう思い込んでしまうと、体に変化が現れるという人の思い込みが起こす不思議な現象です。」
「それって、、、。」
「ええ、一年前、あなたに飲ましたのはただの水です。
あなたは一年前、死以外で救われることはなかったでしょう。
だからその重荷を下ろしてもらうためにも、あなたを騙してしまいました。」
医者は満足げに話て、アオキの方を向いた。
「アオキさん、あなたはどうしたいですか?」
「僕は、、、。」
アオキは自分の体に起きた変化を感じていた。
思いこみが現実になっていることを。
「僕は、、、生きていた、、、い。」
そのままアオキは倒れ、死んでしまった。
研鑽のショートショート。 かとうなおき @naokikatou
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