ゾクゾク

ゾクッとして、少し経つと、じんわりと汗が出てくる。

殺気だ。誰かが自分に殺気を向けている。

アオキはわからなかった。なぜ学校の教室で授業を受けている自分に殺気を向けるのだろうか。

アオキは自分に向けられた敵意を感じ取ることができた。だがその才能を発揮するには少し生まれるのが遅すぎた。

戦国の世に生まれていたのなら、名のある武士になっていたのかもしれない。

この平和な世界では殺気を向けられることは少なく。

アオキ自身気付いたのは、「だるまさんがころんだ」をした時だった。

アオキは優しい性格からか他人から敵意を向けられることはほとんどなかった。

そんな自分がなぜ?何かをした覚えはない。アオキは座席を思い出す。四十人のクラスで横六人、縦七人の配置だ。

アオキはまさにど真ん中、三列目の前から三番目だ。殺気は自分より後ろからくる。思い出す限りでも自分に恨みがあるような人もいないし

そもそも関わりが深い人もいなかった。自分が気づかないところで何か恨みを買ったのだろうか。

後ろを見れば、おそらく自分のことを恐ろしい形相で睨んでいる奴がいることだろう。

簡単なことだが目を合わせるのが恐ろしくアオキは振り向くことができなかった。



次の日、重い瞼と格闘しながら登校していると、ゾクッとして目が覚める。が、これはいつものことだった。

いつも通るコンビニの前でヤンキーたちがたむろしている。その中の一人が自分を睨んでいる。目を合わせないように通り過ぎる。

ことの始まりは3日前、電池を買いにコンビニに行くと例のヤンキーたちが同じクラスの冴島さんの腕を掴んで何やら言っていた。

明らかに嫌がっているので、アオキは状況を理解した。そして冴島さんと目が合う。あっ。と希望に満ちた冴島さんの目。

アオキは自分の状況について考える。このまま素通りしてコンビニに入店などできるわけがないことを悟った。

「おーい、放してやれよー。ヤンキーくん。」

「なんだてめえ、なめてんのか。」

強気に言ってはいけないと思い優しく言ったつもりが、一発でヤンキーたちに火をつけてしまった。

ボスヤンキーが拳をあげる。アオキは目を閉じた。覚悟を決めたわけではない。

視覚がなくなったことにより、より明確に相手の殺気がわかる。避ける。ヤンキーの拳が空を切った。

ヤンキーからしてみれば殴り始めた時からアオキが避ける動作をしていたので、なんだこいつ、というような反応をした。

「ふっ。遅いな。」

「て、てめえ!」

「右手。」

ビクッとヤンキーの手が止まる。今まさに右手を出そうとしていた。

目を閉じた状態でかわされて、攻撃を予測された。ヤンキーは戦意喪失していた。

「おい、、行くぞ。」

ボスヤンキーが子分を連れて帰ろうとする。

「エッ。なんでですか?」

「あいつタツジンだわ。」

「エッ。なんのですか?」

「ブドーだよ。ブドー。」

助かった。アオキは武道の達人ではないので、殺気がわかっても攻撃を避けるのは難しい。さっきはたまたま避けれたが危なかった。

強そうに見せれば帰ってくれるんじゃないか、という読みは当たり、助けることができた。

「大丈夫?」

冴島さんはぽかーんとアオキを見つめていたがすぐに、

「あ、ありがとうアオキくん!」

といってペコペコ頭を下げる。

何かお礼を、と言うので目的でもあった電池を奢ってもらった。電池を奢ってもらう人などいるのだろうか。


その日以来、コンビニのヤンキーから睨まれ、学校ではアオキはブドーのタツジンだという噂が流れ始めた。

ただ、ボスヤンキーはこっちを見て来ず、なぜか子分の一人が睨んでくる。敵討ちでもしようとしているのか。

気にはなるが学校へ向かう。


授業中、ゾクっとする。またか、と思う。

授業にも集中できなくなってきたので、意を決して後ろを見るしかないのか。

自分の肩を見るように少しだけ後ろを向く。すると、スッと殺気が消える。

やはり、殺気を向けている相手は相当に俺のことを見ている。少し後ろを向いただけで即座に殺気が消えた。

俺の行動を見ている証拠だ。そして俺にバレないようにしている。これでは後ろを向いてもわからないだろう。

一体、何が目的なんだ。俺の隙を伺っているのか?

次の時間は席替えだった。アオキの席は前とさほど変わらなかった。が、変わったことがあった。

それ以降、殺気を感じなくなった。たまに廊下などで感じるときはあるが授業中はなくなった。

アオキは気づいた。自分に殺気を向ける人物が自分よりも前の席になったのだ。

記憶を頼りに前の座席を思い出す。以前は俺の後ろにいて、今は俺よりも前にいるやつ。

当てはまる人物は一人だったが、意外な人物だったので何かの間違いではないかと、何度も見直したがやはり一人だけだ。

冴島さんだった。なぜ冴島さんが殺気を向けるのか。アオキは混乱した。

自分はヤンキーから助けた恩人ではなかったのか。なぜ恨まれているんだ?

そこでアオキは気づいた。

冴島さんは俺と戦いたいのだ。

冴島さんは俺のことを武術の達人だと思っているんだ。冴島さんが格闘好きとは気づかなかったが、それ以外思い当たらない。

しかし、一体どうすればいいのか。自分は武術の達人でもないのに。

悩んでいるところに同じクラスの女子がやってきた。

「アオキ、あのね、さえちゃんが放課後に校舎裏に来てだって。」

「さえちゃん?」

「冴島さんよ。」

ついに来てしまった。決闘だ。どうする。またヤンキーの時みたいに切り抜けるか。

いや、冴島さんはやる気だ。ビビらせることはできない。

女子はニヤニヤしながら、頑張れ、と背中を叩く。

「なあ、冴島さんは本気なのか?」

「本気よ、あんたも答えてあげなさい。」

アオキは決心した。授業が終わり、席を立つ。


校舎裏へ向かうと、校舎から野次馬たちが多く見ていた。この決闘はどうやら話題になっているようだ。

そしてここまで注目される冴島さんの実力とは。

奥から冴島さんがやってきた。さっきの女子とその他大勢に背中を押されこちらへやってくる。

アオキは学ランを脱ぎ、シャツを腕まくりした。

冴島さんはスカートのままだ。そんな格好で戦うというのか?

冴島さんがこちらを向く。

冴島さんの目からビリビリと、とてつもない殺気が体に伝わってくる。

「あ、あのね。」

本気だ。ヤンキーの比じゃない。やはり何か武道を習っていたのだろうか。

「すき、、、。」

隙?

「好きなの、私、アオキくんのことが。」

隙?好き?

アオキは混乱した。

「え?好きって俺のことが?なんで?」

「だって、コンビニで助けてくれたでしょ?あの時のアオキくんとってもかっこよかった。」

落ち着いて整理する。まず、冴島さんは俺のことが好きだった。

おそらく授業中に感じたのは殺気ではなく冴島さんの俺に対する視線なのだろう。

それを俺が殺気と勘違いしていただけだったのか。

「なんだ、そういうことだったのか。」

「?どういうこと?」

「ちなみに、授業中とか廊下で俺のこと見てたのは冴島さんなんだよね?」

「えっ!気づいてたの?」

「いや、気持ちには気づかなかったな。」

「それで、、その、返事は、、?」

安心した途端、冴島さんが女神に見えたので付き合った。


だが、まだ問題があった。

通学路で視線を感じた。またヤンキーがこちらを見ている。

授業中の視線は恋心だったのだが、こればっかりはそんなわけがない。

いつか、このヤンキーたちと決闘をしなければならないのか。

その嫌な未来を想像しながら、ボーっとヤンキーを見つめていたことに気づいた。

はっとして、歩き出そうとすると、ヤンキーは照れたように目をそらした。

もっとややこしい未来が待っていることを予感し、アオキはゾクっとした。

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