第7話 主役の登場。
推しに会えると思ったが、話はそう簡単にはいかなかった。
神殿長にあたしが同行することを王子は快く思わなかったらしい。同行は許可されなかった。
面会の時、側に置いてくれなんて頼んだことで警戒されたのかもしれない。
仕方ないと諦めた。相手は王子の妃だ。無理に会える人ではない。
だが半日後、その返事が覆った。突然、同行の許可が出る。
神殿長から話を聞いて、あたしは喜ぶより驚いた。
「王子の気が変ったのは何故でしょう?」
怪しい感じがする。
そんなあたしに神殿長は苦笑した。
「エチエンヌ様が召喚者に会ってみたいと言ってくれたそうだ」
教えてくれる。
どうやら神殿長も返事が変ったことを訝しく思ったらしい。連絡をくれた側近に理由を確認したようだ。
正式に会えることが決まる。
当日、神殿長と共にあたしは王宮に向かった。
馬車に小一時間ほど揺られる。
(お尻が痛い。がたがた揺られ続けて、身体のあちこちがなんとなく痛い)
心の中で文句を言ったが、口には出さない。
推しに会える緊張で、ちょっと胃も痛かった。さすさすとお腹の辺りを擦る。
こっちの世界に来てから、あたしは修道服みたいな服を着せられていた。シスターの格好が神殿では正装で、着替えとしてそれを渡される。
だが今日は一目で召喚者だとわかるよう、制服を着ていた。ずっと丈の長いスカートを穿いていたから、膝上丈のスカートがなんだか心許ない。
「落ち着かないですね」
そんなあたしを神殿長は気遣ってくれた。
数日、神殿で過ごすうちに警戒を少しは解いてくれたらしい。可笑しな行動は取っていないので、疑う理由がないのだろう。
「エチエンヌ様に会うと思うと、緊張してしまって」
隠す必要もないので正直に告げた。
推し(実物)に会えるなんて、オタク冥利に尽きる。平静を装っているが、心の中は大フィーバーだ。ファンファーレが鳴りまくっている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
神殿長は優しく微笑んでくれる。
(基本的にいい人なんだよね)
そう思うと、あたしの顔も自然にほころんだ。
王宮はあの日、あたしが見た建物だった。ヴェルサイユ宮殿というイメージはあながち間違っていなかったらしい。侍従長っぽい人が出てきて、案内された。公的な場所を通り抜け、奥の私的な居住空間に足を踏み入れる。
城の中は内装も凝っていた。きょろきょろと辺りを見回したいのを必死で我慢する。
さすがに、おのぼりさんみたいなのは恥ずかしかった。
大きな扉の前に着くと、彼はノックする。
中から声が応えた。ただし、それは女性のものではない。
「失礼します」
ドアを開け、神殿長とあたしは部屋の中に通された。
ソファにエチエンヌが座っている。
(綺麗……)
ただ、感動した。本物のエチエンヌは小説の挿絵より、5割増しで美人だと思う。銀の髪を緩く結い上げ、穏やかな笑みを浮かべていた。瞳はエメラルド色で、白い肌にとても映える。唇は柔らかなピンク色だ。たぶん、ほとんど化粧をしていないだろう。
(ノーメイクでこれか。お嬢様、尊い)
思わず、手を合わせて拝みたくなる。
お腹はもう結構大きかった。少し大変そうに見える。そんな妻を心配してか、王子がべったりと隣に座ってくっついていた。エチエンヌの身体のどこかしらを手で撫でている。はっきりいって、かなりウザい。
(触りすぎだ、バカ王子。人前でそんなことをされて、エチエンヌ様が困っているだろ)
あたしは心の中で毒づく。人前なのも気にせずべたべたしてくる夫に彼女は眉をしかめていた。
神殿で会った時は思っていたよりちゃんとした人だと王子のことを思ったが、今日はだいぶ脳内がお花畑らしい。
エチエンヌを見て、ずっとにやけていた。
(これが恋愛脳というやつなのだろうか?)
エチエンヌに会えて上がりまくったテンションが、王子を見ているとどんどん下がっていく。並んで座っているから、王子の存在を視界から外すことも出来なかった。
「あなた」
エチエンヌは夫に呼びかける。
声までステキだなんて、反則だ。うっとりしてしまう。
「私は一人で大丈夫ですから、仕事に戻ってください。また書類を貯めると、文官達に叱られますよ」
王子を優しく促した。にこやかに微笑む。
「……わかった」
渋々という感じで、王子は頷いた。部屋を出て行く。仕事を貯めて困るのが自分なのはわかっているのだろう。
部屋の中の視線が、王子の背中を追いかけた。
「大変ですね」
扉が閉まって王子の姿が見えなくなってから、神殿長は呟く。
「無事に子供が生れてくるまで、心配でならないようです」
エチエンヌは夫を庇った。生れてくる子を心配しているのだとフォローする。だが、それが嘘なのは誰でもわかった。あれは妻と一緒にいたいだけだ。出来るなら、一日中、いちゃいちゃしていたいに違いない。
王子はバカだと思うけど、気持ちはわかった。少なくとも、ヒロインに夢中になるよりずっと腑に落ちる。
美人過ぎるエチエンヌが心配なのは理解できたし、共感もした。
今なら、王子とも仲良く出来る気がする。
「愛されていますね」
あたしがそう言うと、エチエンヌはこちらを見た。ちょっと気まずい顔をして、あたしから目を逸らす。
(なんで?!)
その態度に、あたしは動揺した。
嫌われてしまったのかと、焦る。推しに嫌われるなんて、拷問以外の何物でも無い。
「こちらは召喚者の真希です。今日は挨拶に連れてきました」
神殿長はあたしを紹介してくれた。
「よろしくね、真希」
エチエンヌに名前を呼ばれる。それはヒロインの名前であたしの名前ではなかった。それでもあたしは浮かれる。自分の名前で呼ばれたかったと贅沢な事を考えた。
そしてふと、奇妙な考えが頭の中を過ぎる。
この物語の主役はヒロインであるあたしではなく、彼女かもしれない。
自分でもなんでそんなことを考えたのかよくわからなかった。だが、物語はあたしではなく、エチエンヌを中心に回っている気がする。
本当の主役は彼女であることを半ばあたしは確信していた。
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