第6話 悪役にならない令嬢
王子はさっさと面会を終えた。
「帰るぞ」
立ち上がる。
「もうお帰りですか?」
同行していた側近が渋い顔をした。その顔はちゃんと仕事をしろと諫めている。
紹介されていないが、彼が誰なのかあたしは知っていた。小説の中にも出てくる。侯爵家の跡取りでルーベンスだ。王子とは幼馴染で、気心も知れている。落ち着いた茶色の髪とダークブラウンの瞳。将来は宰相になる頭が切れる人だ。真面目でちょっと融通がきかない。知的イケメンなのはお約束だろう。
「用事は済んだ」
王子は言い切る。
確かに、長居する理由は何もなかった。
(結局、あたしは現状維持で、神殿預かりのままってことなのかな?)
聞きたいが、帰ろうとしている人を呼び止めてまで聞くような事でもない気がした。
「では、失礼する」
言い残して、王子はさっさと部屋を出て行く。
ルーベンスは無言であたしに頭を軽く下げ、王子を追いかけていった。
あたしは一人、部屋に残される。
「慌ただしい人だな」
思わず、呟いた。
トントントン。
ノックが響き、部屋のドアが開く。
お茶の用意をしたワゴンを押したメイドを連れて、神殿長が入ってきた。
あたしが一人でいることに、訝しい顔をする。
「おや? 王子は?」
問いかけた。
困惑を顔に浮かべる。
「急いでいるみたいで、帰られました」
あたしは答えた。神殿長には挨拶したと思っていたが、それもなかったらしい。
本当に急いで帰ったようだ。
「またですか」
神殿長は呆れた顔をする。
「せっかく用意したので、ふたりでお茶でも飲みましょう」
そう言うと、向かい側に座った。
メイドがお茶の用意をして、立ち去る。
「いただきます」
カップを手に取り、一口飲んだ。
紅茶には全然詳しくないが、美味しいのはわかる。
王子に出すから高級茶葉なのか、神殿はお金持ちなのか、どっちだろうとどうでもいいことを考えた。
「王子にも困ったものです」
神殿長はぼやく。
見た感じ、神殿長は20代前半だ。王子とは5歳くらいは年の差があるだろう。そのせいか、王子を子供扱いしている感じがある。
「エチエンヌ様が妊娠して以来、片時も側を離れたくないようです。困った人ですね。そもそも、結婚はまだ先の予定だったのに……」
ため息を漏らす。
「何故、結婚が早まったのですか?」
あたしは聞いた。世間話のようにさらりと質問したが、実はとても知りたい。どうやってエチエンヌの話題を持ち出そうか悩んでいたので、神殿長から口にしてくれて助かった。
「我慢ができなくて、王子が手を出したんですよ。婚約者だから、問題ないだろうと」
神殿長は頭を抱える。
「問題ないのですか?」
そんなことないのは神殿長の様子を見れば明らかだが、わからないふりをして聞いた。
「もちろん、問題ありますよ。結婚前に関係を持つなんて、王族でも許されません。だから、直ぐに結婚することになったんです。大慌てで式を挙げ、エチエンヌは王宮で暮らすことになりました。それから程なくエチエンヌの懐妊が発表されましたが、本当は式を挙げる時点で身籠もっていたんでしょうね」
深いため息をこぼす。
「エチエンヌの苦労が忍ばれます」
神殿長は心配そうに顔を歪めた。
そんな顔をしてもイケメンはイケメンなのだと、あたしは変な事に感心する。
「エチエンヌ様ってどんな方なのですか?」
あたしは興味が湧きましたって顔で問いかけた。恋バナが好きな女の子を演じる。17歳の少女に相応しい質問だろう。
「聡明な淑女ですよ。賢くて、気遣いが出来て、魔力も強く美人です」
神殿長はにこやかに微笑む。
どこか自慢げだ。
「おかげで、とてもモテていました。あまりにエチエンヌ様がモテるので、心配した王子は身籠もらせてさっさと自分のものにしてしまったのでしょう。あの人はそういう腹黒いところがある人ですから」
神殿長の口調は怒っている。眉間に皺が寄っていた。
(王子って腹黒だったかな?)
あたしは心の中で首を傾げる。
あたしの中の王子のイメージは、ただのバカだ。脳内がお花畑で、何も考えていない。腹黒く策略ができるくらいなら、もっと上手く立ち回っただろう。内戦なんて、起きないように。
(小説とはイメージが違うけど、さっき会った王子とはイメージが合っているかな)
そう思う。
対面した王子は食えない雰囲気だった。何を考えているのか、全く読めない。あたしにわかったのは、王子が少しもヒロインであるあたしに興味がないことだけだ。
それはあたしにとっても願ったりなので、問題は無い。
「神殿長もエチエンヌ様のことをお好きだったんですね」
あたしはにこっと笑う。
出歯亀根性で聞いてしまった。そうとしか思えない。
「まさか。私は神官です。恋愛や結婚とは無縁の存在です」
神殿長は否定した。
「ただ、エチエンヌ様ご自身は神官になり神殿に入ることを望まれていました。結局は王子に押し切られてしまいましたが、ご本人の望み通り、神殿に入られることができたら良かったとは思います」
説明される。
(それはつまり好きだったということではないだろうか?)
あたしはそう理解した。
だが恋愛に関してはいろいろあって、自信は無い。
そしてここでも違和感を覚えた。
小説の中のエチエンヌは神官になりたいなんて一度も望んでいなかった。神殿に入るということは、俗世を捨てることだ。王妃になるつもりでいた彼女にそんな選択肢があるとは思えない。
(どういうことなのだろう?)
あたしは困惑した。
「すてきな方なのですね。そんなにステキな方なら、一度、お会いしてみたいです」
心からの気持ちを口にする。
話を聞けば聞くほど、わからなくなった。これは本人に会うしかないと思う。
「会いたいのですか?」
神殿長はちょっと考える顔をした。
じろじろとあたしを見る。
「お会いしたいです」
あたしは頷いた。
きょとんとした顔で神殿長を見る。悪意がないことが伝わればいいと願った。
「そうですね……」
神殿長は少し迷う。
「明後日、王宮でお会いする予定になっています」
そう言った。
誰にかは聞かなくてもわかる。この流れではエチエンヌしかいないだろう。
あたしは期待する。
「王子の許可が取れたら、一緒に行きますか?」
神殿長は誘ってくれた。
「ぜひ」
あたしは返事する。
勢い込み過ぎないよう、自分を抑えた。
本当は大声でやったーと叫びたい。だが、そんなことをしたら不審に思われるだろう。
(平常心、平常心)
自分に言い聞かせた。
「では、参りましょう」
神殿長の言葉に、あたしは天にも昇る気持ちになった。
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