第5話 王子
翌日の王子との面会は午後に予定されていた。
朝食後、あたしは神殿長に声を掛ける。
「お願いがあるんです。王子と面会する前に、この世界のことを教えてくれる人を紹介してください」
頼んだ。
面会で、あたしは自分の有効性を示さなければいけない。無能な人間だと思われたら、推しを幸せにする力を得られないだろう。どこの世界でも権力は持っているにこしたことはないはずだ。
「……」
神殿長は目を丸くする。
「何のために必要なのですか?」
問いかけた。
「自分がこれから生きていく世界のことを知らなければ、話し合いにならないと思います」
あたしは答える。知識は力だ。知っていて損になることはない。
「あなたは変っていますね」
神殿長ははっきり言った。
「たいていの召喚者は異世界に来たことに戸惑い、驚き、受け入れるまで時間がかかるものです。帰りたいと泣く人だっている。でもあなたは直ぐに受け入れた。そしてとても前向きに生きようとしている。……何故ですか?」
心を見透かすような眼差しがあたしを見据える。
(小説で読んでいるからです)
心の中でだけ呟いた。
最初から自分の状況を理解しているので、受け入れるのが早いのは当然だ。
推しを幸せにするという生きる目標もあたしにはある。
だが、そんなことは言えないので尤もらしい言い訳を口にした。
「嘆いても状況は変りません。それにあたしは家族とはほとんど縁を切っているんです。どうしても元の世界に戻りたいというわけでもありません」
答えるあたしの胸は少しだけ痛んだ。両親のことは未だに許していない。だが祖父母には申し訳ない気持ちがある。悲しませることをすまないと思っていた。
「それなら、今の状況を好転させるために動く方が効率的でしょう? 午後の面会であたしの進退は決まるんですよね? 嘆いている暇はありません」
時間は限られている。無駄には出来なかった。
あたしは普通の女子高生だが、推しのためになら頑張れるらしい。
(開き直ったオタクって強い)
自分でもそう思った。
不思議なくらい落ち着いている。
「真希はなんというか……。エチエンヌ様に似ていますね」
神殿長の表情が和らいだ。
今までで一番、優しい表情を浮かべる。それはあたしにではなく、エチエンヌへのものだろう。神殿長はエチエンヌの親戚で、仲が良かったはずだ。
「えっ?」
唐突に出てきた推しの名前に、あたしはドキッとする。
胸が高鳴った。似ていると言われて、嬉しい。
「エチエンヌ様とはどなたですか?」
知っているが、素知らぬ顔で聞いた。推しの現状を知りたい。
今、エチエンヌは17歳のはずだ。王子の婚約者で、魔法学校で生徒会長を務めているだろう。
そういう内容が語られるのを期待して、神殿長の言葉を待った。
しかし、全く違う言葉が告げられる。
「午後に会う王子の妻ですよ」
神殿長は微笑んだ。
「……」
あまりに予想外の言葉に、あたしの思考は停止する。
自分が聞いた言葉を、頭の中で反芻した。
「妻……? ご結婚、なさっているのですか??」
動揺を押し隠して確認する。
(ちょっと、待って。なんで結婚しているの? 婚約者じゃないの?? 何が起こっているの???)
心の中では大混乱だ。
だが驚きすぎて、逆にそれが顔には出ない。能面のように、表情は固まっていた。
「そうですよ。王子が溺愛していましてね。片時も側から離さないくらいです」
新電池用は困った顔をする。
「……では、午後も王子様と一緒にいらっしゃるのですか?」
会いたくて、聞いてみた。
本人を直接見て、自分の目で確認したい。あの王子と結婚して本当に幸せなのか、かなり疑っていた。
「いや……。おそらくはいらっしゃらないだろう。エチエンヌ様はご懐妊中だ。王子はとても過保護で、外出はほとんどなさらない」
神殿長は残念そうに首を横に振る。
エチエンヌに会いたいのは神殿長も同じなのかもしれない。
「そ……、そうですか。お会いしたかったのに、残念です」
あたしはなんとか言葉を絞り出した。まさかの妊婦発言にますますわけがわからなくなる。
あたしの知っている小説とはストーリーがだいぶ変っている。でも、世界観は小説のままだ。
(いったい、何がどうしてこうなった?)
エチエンヌを嫌っているはずの王子はエチエンヌを溺愛しているらしい。
(結婚して、妊娠もしているって。偽装結婚とかではなく、普通に幸せになっているってこと?!)
自分が何もしなくても、推しはすでに幸せなようだ。
嬉しいはずなのに、人生の目標を見失った気分になる。とりあえず、王子と会っていろいろ確認しようと思った。
応接室であたしは王子と対面した。
王子は神官長に輪をかけたイケメンで、全体的にキラキラしている。
黒髪で瞳は深い緑だ。
(確か、小さい頃に亡くなった母親が黒髪で、黒髪の女性に弱いという設定があったはず)
そんなこと思い出す。ヒロインに惹かれたのも、黒髪だったのが切っ掛けらしい。この国で黒い髪は珍しい。金や銀の方がメジャーだ。
そんなことで好きになり国を滅ぼしかけたのかと呆れたが、目の前の王子はそんなバカなことをするような感じはなかった。
(やはり少しずつ、いろんなことが変っている)
そんな確信を抱く。
王子は通り一遍の質問をした。どこから来たのか、何故来たのか、あたりさわりのない質問が続く。
答えられることは答えて、わからないことはわからないと伝えた。
「そうですか」
王子はあっさり、会話を打ち切ろうとした。
あたしに興味がないのがよくわかる。興味を持たれても厄介だが、このまま帰られるのも不安だ。
「あたしはどうなるのですか?」
回りくどい言い方をせず、直球で聞く。
「……」
王子は少しだけ考えるように、黙った。
「どうもしませんね」
答える。
「今、我が国に召喚者の力が必要な案件はない。まあ、今はエチエンヌが魔力を使えないので、魔力を持った人間が増えるのはありがたいのだが……」
苦笑する王子の言葉に、あたしはぴくっと反応した。
(魔力が使えないってどういうこと?)
内心、動揺する。
そんなこと、神殿長は一言も言っていなかった。
「エチエンヌ様は王子様の奥様だとお聞きしました。魔力が使えないというのは何かあったのですか?」
王子を問い詰める。
「何故、エチエンヌのことを知っている?」
王子は目に見えて警戒した。異世界人のあたしは基本的に信用がないらしい。
「神殿長からお聞きしました」
嘘ではないので、堂々と答える。
「ああ、そういうことか」
王子は納得した。
「別に何もない。妊娠中は胎児に影響するので魔法は使えないだけだ」
嬉しそうに、少しばかりにやけながら王子は答える。
(なるほど、そういうことか)
あたしは納得した。
読んだ小説の中に妊婦は出てこなかった。だから、そういう設定があることを知らない。
(さて、どうしよう)
あたしは思案した。なんとしても推しに会いたいし、彼女が本当に幸せなのか確認したい。王子の信用度はあたしの中では最低なので、王子の幸せそうな様子を見てもいまいち信じられなかった。
夫が幸せでも、妻も幸せとは限らない。
もし、エチエンヌが不本意な結婚を強いられているなら、なんとしても助け出層と思った。
「あたし、たぶんですけど、回復魔法が使えるんです。奥様が妊娠中なら、何かあった時に回復魔法師が側にいた方がいいと思うのですが、あたしでは役には立たないでしょうか?」
自分を売り込む。
「え? エチエンヌの側に?」
王子は怪訝な顔をした。胡散臭そうにあたしを見る。
(わかる。あたしも今、自分のことをとても胡散臭いって思っている)
信用してもらえないと思いつつ、言わずにはいられなかった。
「申し出はありがたいが、正直、其方のことをどこまで信用していいのか、計りかねている。そんな相手を大切な妻の側に置くのは気が進まない」
はっきり、断られる。
「そうですか。そうですよね」
あたしは引いた。尤もな言い分だと思う。あたしも逆の立場だったら、きっと同じ事を言うだろう。
「変なことをなことを言って、すいません。あたしで役に立つことがあったら、言ってください」
食い下がることなく、諦める。その方が印象がいいと思った。
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