第4話 神殿長
噴水から出るように言われ、あたしは水のなかをざくざく歩いた。神殿長と向き合って立つ。まず、自分が異世界から来たことを信じて貰うことから始めることにした。
召喚者と認められれば、神殿に預けられるはずだ。小説ではそうなっている。
転生云々はややこしいので、気づいたら別の世界にいることにした。必死で説明する。まったくの嘘ではないので、真実味はあるはずだ。
あたしが話し終わるまで、神殿長は口を挟まずに話を聞いていた。
「あなたの話が本当なら、あなたは召喚者になります。しかし召喚は勝手に行えるものではありません。そして今、この国で召喚は行っていません」
神殿長はきっぱりと言う。
(ん?)
引っかかりを覚えた。何か可笑しい。
(召喚していないってどういうこと? 国王様の病気はどうなったの??)
軽くパニックを起こした。
自分が読んだ小説と内容が変っている。
イレギュラーな事態に、心臓がばくばくした。
神殿長はそんなあたしを頭から足の先までまじまじと見る。
「ですがその姿を見る限り、あなたは確かにこちらの世界の人間ではないようだ。何か、異世界から来た証になるようなものを持っていますか?」
問われて、学生証を出す。ポケットに入っているのはそれだけだ。
「この薄さで軽くて固い。これは何なんですか?」
神殿長は指で学生証を弾くように叩く。材質を問われた。そこに書いてある内容は読めないらしい。さらっとスルーする。
「たぶん、プラスチックです」
素材なんて考えたことないからよくわからなかった。曖昧に答える。
「なるほど。これは確かにこちらのものではありませんね」
神殿長は納得した。
静かだが射貫くような鋭さがある目であたしを見る。
「……」
あたしは黙って、神殿長の判断を待った。
「あなたが召喚者なら、神殿が保護します。とりあえず、私と共にいらっしゃい」
そう言う。
(とりあえず、話の大筋はずれていない。これで丈夫かな)
心の中で、あたしはほっと一息吐いた。
だが思ったよりずっと小説のストーリーを変えないのは大変なのだと気づく。
それにそもそも、小説とは微妙にいろいろと異なっている。
(これはどういうことなのだろう?)
内心、不安で堪らない。
だがそれを顔には出さないようにした。
とにもかくにも、あたしは神殿で暮らすことになった。
部屋が用意され、身の回りの世話をする侍女をつけられる。だが、侍女は必要無いと思った。庶民の身としては四六時中、他人が側にいると気が休まらない。はっきりいえばありがた迷惑だ。
「自分のことは自分で出来るので、侍女は必要ありません」
お断りする。
「そういうわけにはいきません」
神殿長は静かに首を横に振った。
小説の挿絵より、本物の方がずっとイケメンだ。些細な仕草が妙に絵になる。
「あなたを一人には出来ないのです」
神殿長はさらっと本音を口にした。隠すより、告げることを選んだらしい。
あたしは侍女をつける本当の目的を察した。
「監視のためですか?」
問いかける。
「そうです」
神殿長は頷いた。感情が読み取れないとても静かな眼差しがあたしを見つめる。
「……わかりました」
あたしは納得した。突然やってきた異世界人を信じろという方が無理がある。監視をつけるのは当然だろう。
「ずいぶん、物わかりがいいんですね」
神殿長は意外な顔をした。
「異世界人なんて、警戒するのがあたりまえだと思います」
あたしの言葉に、神殿長は小さく笑う。
「話が早くて、助かります。ついでに今後の予定も話して起きましょう。明日、王子があなたの話を聞くために会いに来ます」
それは話を聞いて、今後のことを判断するという意味で間違いないだろう。
「はい」
あたしは殊勝に頷いた。
王子が会いに来るのは小説の通りだ。だから最初から知っている。ちなみに、小説の中ではこのタイミングで教えられるわけではない。夕食の席で、食事をしながらまるで世間話のように聞かされた。
その意味に、ヒロインは気づかない。
自分を助けてくれた王子にもう一度会えることを単純に喜んだ。
(なんという脳内お花畑)
ヒロインの気楽さに呆れる。
異世界人なんて、警戒されないわけがない。異端者を排除したがるのは生物の本能だ。
(大筋は小説通りにストーリーが進行しているけど、細かいところはいろいろ違っている)
あたしはそれを確信した。
小説の中で、王子が真希に会いに来る理由は、ヒロインの力が国のために役に立つかどうかを判断するためだ。異世界からの召喚者である真希は大きな魔力を持っている。この世界は剣や魔法の世界だが、魔力が使えるのは貴族や神官の一部だけだ。魔力を持つものは貴重で、大切にされる。エチエンヌが大事にされたのも大公家という家柄より魔力が強大だったことの方が大きかった。
真希はそのエチエンヌと互角の魔力を有している。そのため、王子の婚約者であるエチエンヌにとってかわって結婚することも可能だった。
王子はエチエンヌを嫌っている。
(美人で、頭も良くて仕事も出来て、魔力も強大。そんな出来る女のエチエンヌを嫌う理由が理解できないわ)
王子に対して、苛ついた。
出来る女が男から煙たがられるのは、どこの世界も一緒なのかもしれない。小説を読みながらも、王子には終始イライラさせられた。
天真爛漫で自由奔放と言えば聞こえがいいが、あたしから見ればヒロインはお気楽なバカな女だ。周りから守られ、ただそれに甘えている。自分は何も出来ないと、努力をする前に諦める。そしてことあるごとに、両親に会いたいと泣くのだ。そんな儚い(?)に少女に、王子はころっと騙される。
あたしの王子の印象ははっきり言って、良くない。そんな人に頼るつもりはさらさらなかった。
だが、明日の面会をあたしは楽しみにしている。王子との面会にエチエンヌが乱入することを知っているからだ。エチエンヌは王子が自分の代わりに真希を選ぶことを予感していた。だから二人きりにはしないように努める。
真希の力がどの程度のものなのか、私が試してあげましょう--という言葉と共に颯爽と現われるはずだ。
エチエンヌは悪役だが、努力の人だ。魔力の高さと家柄で、小さな頃に王子の婚約者に決められる。エチエンヌに拒否権はなく、将来、王妃になるべく厳しい教育を強いられた。あたしならそんなのごめんだと逃げ出すところだが、真面目なエチエンヌは頑張る。家のため、家族のため、なにより国民のために。国を発展さえ、国民の母となるのが王妃だと教え込まれたから。だが、そんなエチエンヌを王子は嫌う。父王が自分よりエチエンヌを可愛がることに嫉妬したようだ。そんな些細な事で?と思うが、何がその人にとって重いのかは本人による。王子にとって、父王の寵愛は何よりも重いものだったのだろう。
王子はエチエンヌに冷たかった。どんなに努力しても、認めない。素っ気ない態度を取り、優しい言葉の一つかけることはなかった。
それでも、エチエンヌはいつか自分を顧みてくれるだろうと諦めない。
そんなエチエンヌの味方が国王だ。しかしその国王が病に伏す。その病を治すべく、異世界から召還されたのが真希だ。真希は国王の病を治し、エチエンヌの味方であった国王も真希の味方をするしかなくなる。
そして王子は婚約を解消し、それは内戦に繋がった。
(エチエンヌがいなかったら絶対に読まないわ、あんな小説)
思い出しても、腹が立つ。
王子はとても身勝手だ。とても一国を治める人間になれるとは思えない。
「どうかしましたか?」
ムカついていたら、神殿長に声を掛けられた。
「いいえ。何も」
あたしは返事をする。引きつった愛想笑いを浮かべた。あたしは天真爛漫でも自由奔放でもない。ただの小心者の女子高生だ。
「明日、自分は何をされるのだろうと気になっただけです」
ぼんやりしていたことを言い訳する。
「そうですか。心配しなくても大丈夫です。あなたがどんな力を持っているのか、確認するだけですから」
神官長は安心させるよう、優しく告げた。
(神殿長の方が王子より100倍マシ)
心の中で、あたしはそう呟いた。
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