第3話 あたしのストーリー。
15歳の時、両親が離婚した。
思春期のあたしにとって、それは世界の崩壊に等しかった。
漫画家でいつも家にいる母と多忙でいつも家にいない父。
それでも両親の仲は良く、ケンカしているところなんて見たことがない。生活もそこそこ豊かだった。
何より、二人はとても娘のあたしを愛してくれている。
自分は幸せなのだと、信じて疑わなかった。
それが唐突に崩壊する。
それでも、ただ離婚するだけならあたしもそこまでショックではなかったかもしれない。
最悪だったのは、あたしに見せていた両親の姿が全て偽りだったことだ。
離婚にあたり、両親は全ての真実をあたしに伝えた。
それは彼らなりの誠意だったのかもしれない。
だが真実は時に優しくない。
15歳のあたしにはそれは受け止めきれないものであった。
最初に伝えられたのは、両親の間に恋愛感情がないことだった。
二人は恋人でもなく、付き合った事もないらしい。
あえて二人の関係を言葉にするなら、それは”同志”だと言われて、訳がわからなかった。
母は恋愛をしたくないそうだ。自分の時間を夫や彼氏に拘束されるのが我慢できないらしい。だが、子供だけは欲しかった。
精子だけ提供してくれる人がいればいいのにと思っていたらしい。
そして、仕事で父と出会った。父は取材対象だったらしい。
父には学生時代からの恋人がいて、一緒に暮らしていた。だが相手は同性で、日本の法律では結婚は出来ない。そんな同性との事実婚を取材したそうだ。
そして父とその彼氏と、恋愛感情ではないが仲良くなる。友情が芽生えたそうだ。
いろいろ話をしていて、父と利害関係が一致することに気づく。
父はその時、仕事的にも実家の事情的にも結婚を迫られていた。そんな父に偽装結婚と引き替えに精子の提供を母は求める。父は了承し、人工授精であたしは誕生した。
当初の約束では、5年くらいで離婚するつもりだったらしい。
未婚とバツイチでは周りの印象がだいぶ違う。一度結婚したという実績があれば父は良かったようだ。
しかし想定外のことが起こる。
精子を提供しただけのはずの娘を父は愛しくなってしまった。
無邪気にパパと懐く娘に情が湧く。
そして母も娘から父親を取り上げるのを忍びなく思った。
二人は話し合い、婚姻期間を娘が大学を卒業し、社会人になる23歳まで伸ばした。
互いにそれで納得していたが、婚姻期間延長に納得出来ない人もいた。父の彼氏だ。
父はほとんど家に居ない人だった。彼氏と一緒に暮らす別の家があったのだから、それは当然だろう。それでも年に何回は帰ってきてくれる。今考えれば、それは全てあたしの為だ。誕生日とか父の日とかクリスマスとか。そういう行事ごとに娘の為に時間を作る父に少しずつ彼氏は不満を募らせた。それが些細な切っ掛けで爆発する。父に別れを切り出した。
父には別れるつもりはまったくなく、母との関係を終わらせることで彼氏を納得させた。
父はすまないとあたしに頭を下げる。
娘は愛しいし大切だが、あたしは母のものであって父のものにはならない。最初からそういう約束なので、仕方ないと苦く笑った。
娘の気持ちより恋人を取った自分を父は責めているようだ。
だがあたしは責める気持ちにはならなかった。仕方ないことなのだと、理解する。ただ、恋愛不信に陥った。
父と母には恋愛感情がなく、友情しかなかったから上手くいっていた。
ケンカすることなく、相手を気遣える。
だったら、恋愛ってなんなんだろう? そんなもの必要なのだろうか?
何を信じていいのかわからなくなった。
そして、あたしは拗ねる。
グレたわけではない、拗ねただけだ。
グレて道を踏みはずほど、愚かではなかったらしい。だが母と暮らしたくはなかった。
話し合いの結果、母の実家がある地方の政令指定都市で祖父母と一緒に暮らすことになる。祖父母は離婚で傷ついたあたしを気遣って、優しくしてくれた。そんな祖父母に反発することもなく、あたしは上手くやっていたと思う。
高校進学と共に引っ越し、高校は地方都市の私立の学校を受験した。
合格して通い始めたが、周りは全員知らない子だ。積極的に友達を作る気にはなれない。引っ越してきた理由とか、祖父母と暮らしていることについて聞かれたり言われたりするのが嫌だった。
クラスメイトとはあまり関わることはせず、必要な時だけ話をする。普段は出来るだけ存在を消し、大人しくしていた。
暇なので、本を読むようになる。今までは活字になんて興味がなかったが、読み始めたら面白かった。ネットや図書館を活用する。
そんな読書少女になったあたしの話を母は祖母から聞いたらしい。
ある日、単行本が届いた。
それが『転生者で召喚者』というタイトルのティーン向けの本だ。自分が挿絵を描いたので、読んで欲しいと手紙がついていた。そこそこ人気なのか、母が作画でコミカライズも決まっているらしい。
正直、腹が立った。
こんなの欲しくないと投げ捨てたくなる。
だが、すでに読書少女になっていたあたしに本を粗末に扱うなんて出来なかった。一回読んで、直ぐに売ってしまおうと決める。
でも読んだら意外と面白かった。正直、ヒロインにはたいして感情移入出来ない。17歳の高校生で、挿絵はあたしに似ている。自分が勝手にモデルにされたことは聞かなくてもわかった。そのせいもあって共感できない。
だが、悪役ポジションの貴族の令嬢は素敵だ。
王子の婚約者である彼女は大公の娘だ。魔力も強く、時期王妃に相応しいと、国王に選ばれて王子の婚約者になる。
彼女は幼い頃から王妃となるべく教育を受けていた。とても優秀で、国王にも可愛がられる。
だが、王子は彼女を嫌っていた。
彼女の優秀さが王子には可愛げが無いと見え、完璧な彼女に近寄りがたさを覚える。
いつも凛としている彼女は王子に縋ったり頼ったりすることがなかった。それ
を王子は冷たくつんけんしていると取る。
しかし彼女は国王のお気に入りで、魔力も強く、地位も高い。彼女より婚約者に相応しい令嬢はいないのは明らかで、婚約を解消する理由が見つからなかった。
そこにヒロインが現われる。
召還者のヒロインは何もわからず、湖で自分を助けてくれた王子に頼るしかなかった。王子に、婚約者が居ることも知らず。
大公令嬢はそんなヒロインの行動に危機感を覚え、再三、注意した。王子は自分と婚約しているから、近づかないようにと警告する。
ヒロインは最初、それをただの意地悪だと思っていた。だが嫌がらせではなく、警告であったことを知って、ヒロインも一度は納得する。王子と距離を置こうとした。だが王子はどんどんヒロインに近づいていく。結局、王子に流されてヒロインは恋に落ちてしまった。
王子はヒロインと会って、頼られ必要とされていると初めて感じた。王子は無能ではない。だが、大公令嬢はもっと優秀だった。国内では自分より彼女の方が評価が高く、認められている。それが王子は悔しかった。大公令嬢よりヒロインに惹かれていく。ヒロインは国王の病を治す為に呼ばれた召還者だ。病を治し、国王に感謝されている。異世界から呼ばれた人間なので魔力も強い。
気が合わない大公令嬢より、ヒロインの方が自分の妻に相応しいと王子は考えた。
召喚者の保護のため、ヒロインを自分の妻にしたいと王子は国王に直談判する。
国王はとても迷った。ヒロインには命を救われた恩がある。召喚者の立場はひどく不安定で、誰かが保護する必要があった。だがその誰かを自分の息子とは考えていない。そんな父親を王子は説得した。自分とヒロインが恋仲であることを打ち明ける。それを聞いて、国王は決心した。
なんだかんだいって、一人息子に国王は甘い。
大公令嬢は婚約を解消され、ヒロインは王子と婚約した。
そのことに大公家は怒る。娘を蔑ろにされたのだから、当然だろう。
大公家は王族に反感を持つ不穏分子と手を組んで、国王に反旗を翻した。
内紛で国は二つに割れ、国内は戦火に包まれる。だが、最終的に反乱軍は敗れた。
紛争の切っ掛けになった令嬢は自分が囮になることで時間を稼ぎ、家族だけは国外に逃がす。
彼女は捕まり、投獄された。
そこで一巻は終わっている。
悪役令嬢はどこが悪役?ってくらいいい人だ。
ヒロインではなく、悪役令嬢にあたしは惹かれる。彼女の強さに憧れた。推しは悪役令嬢の方になる。
王子と自分の婚約が解消されたら、どうなるか彼女にはわかっていた。だから、必死で止めようとする。しかし頭がお花畑のヒロインと王子がそれをぶちこわす。
反乱軍が勝てば良かったのにと思った。だがヒロインが負けるのは不味いのだろう。最終的に、ヒロインの魔力無双で内紛は終結した。
なんともすっきりしない話だが、実は続きがあるらしい。二巻は大公令嬢が救われる話のようだ。
それを楽しみにしていたのに、自分が死んでしまう。
特に長生きしたいとは思っていなかったが、推しが幸せになるのを見届けられなかったのは心残りだ。
あと、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんは悲しませてしまったかもしれないことは後悔している。
しかし、死んでしまったものは仕方ない。あたしは前向きに今を生きようと決めた。
大公令嬢を幸せにするという推し事があたしにはある。
ヒロインが自分なら、きっと彼女を救い、内紛を起こさない方法があるはずだ。
誰にも不幸になんてなって欲しくないし、大公令嬢・エチエンヌを幸せにしたい。
(でも、彼女の相手はあの脳内お花畑王子なんだよな……)
それだけは気にくわない。
自分の身勝手な行動で内戦を引き起こすなんて、あまりに愚かだ。
それとも、恋というのはそこまで人を愚かにするものなのだろうか。恋愛不信に陥っているあたしには理解できない。
だがとりあえず、推しを幸せにするため全力を尽くすとあたしは自分に誓った。
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