第2話 転生者で召喚者。<side:M>

 死んだと思ったあたしは目を覚ました。

 目を開けると、水の上に浮いている。

「ひゃっ?!」

 声にならない声を上げた。その瞬間、今まで感じていた浮力がすっと消える。

 ばしゃん。

 水の中に落ちた。そこは噴水みたいで、幸い、深くはない。だが派手な水音としぶきが上がった。

(ここはどこ?)

 見覚えがない景色に戸惑う。目の前にあるのはどう考えても宮殿だ。やたら立派で大きな石造りの建物が見える。

 おそらく、宮殿の庭の噴水にあたしはいるのだろう。

「何者だ?!」

 水音と声を聞きつけた衛兵らしい人たちが数人、駆けてきた。

「ここはどこ?」

 逆にあたしは尋ねる。彼らはどう見ても日本人ではない。

(ここはフランス? ヴェルサイユ宮殿とかにいるのかな?)

 そういう風にしか思えないが、あたしはフランスに行ったことはない。もちろん、ヴェルサイユ宮殿もこの目で見たことはなかった。たまたま、あたしの持っている知識の中にある宮殿の名前がそれしかなかっただけだ。

(というか、この人達日本語しゃべっている……)

 どう見ても外人なのに、言葉が通じるのがなんとも不思議だ。

 きょとんとしてるあたしに衛兵達は困惑している。警戒して、遠巻きに見るだけで近づこうとはしなかった。

 あたしはふと、着ている制服が自分のものではないことに気付く。スカートがタータンチェックでプリーツが多かった。

(こんな制服、知らない)

 そう思いながら、ポケットを探る。四角く固い物が入っていた。取り出すと学生証だ。写真がついている。

 その顔は似ているけどあたしではなかった。

 新藤 真希

 名前はそうなっている。

(この名前……)

 心当たりがあった。

 それはバス事故の時にあたしと彼女が持っていた小説の主人公の名前だ。写真の顔が、似ているけどあたしではないことも納得する。

(ああ、そうだ。バスの事故にあって……。たぶん、死んだのだろうな)

 少し前のことを思い出した。

(そうなると、ここはどこ? 小説の中?? 転生したってこと??? でも、どうせならヒロインではなく推しの悪役令嬢になりたかった)

 あたしは混乱しながらも自分の欲求に正直な感想を抱く。

(落ち着け、あたし。深呼吸して、よく考えろ)

 今、あたしはきっと人生の分岐点にいる。ここで選択を間違えてはいけない気がした。

 まずは、自分が読んでいた小説の内容を思い出す。


 舞台は剣と魔法の国、ユーザリア。

 その国は賢王と呼ばれる国王がよく国を治め、栄えていた。

 しかしある日、国王が原因不明の病に倒れる。

 医師も治癒魔法士も役に立たなかった。万策尽き、国王は日に日に衰弱していく。そんなある日、ある召喚士が国王の一人息子である王子に提案した。国王の病を治せる人間を、異世界から召喚しましょうと。

 そこまで読んだ時、正直、あたしは腹が立った。

 そんなことを言う召喚士もその案を採用する王子も頭が湧いていると思う。

 そんな身勝手な理由で、他人の人生をぶちこわす神経が理解できなかった。異世界から呼ばれる方はいい迷惑だ。こっちの身にもなれと思う。

 しかしそんなことを言っていると話は進まないので、物語は誰も突っ込みを入れずに進む。

 そして儀式の末に呼ばれたのが、高校2年生の少女、新藤真希だ。

 彼女は召喚士たちによって、聖なる泉の上に呼び出される。

 湖の上に現われた彼女は意識を失っていた。目を覚まし、自分が水の上にいることに気付いて驚く。悲鳴を上げて湖の中に落ちた。それを儀式を見守っていた王子が湖に飛び込んで、助ける。真希は自分を助けてくれた王子に恋をした。


 出だしはこんな感じだ。あたしの推しはこのヒロインではなく、その後に出てくる王子の婚約者の悪役令嬢方なので、このプロローグ的な部分はいつも飛ばしていた。一回しか読んでいないのでうろ覚えだが間違ってはいないだろう。

 ここが小説の世界だと仮定しよう。さらに自分がヒロインの真希だとして、現状はあたしが読んだ内容とは異なっている。

 あたしを呼んだはずの召喚士の姿はどこにもないし、儀式をしていた様子もない。

 聖なる湖ではなく城の噴水に落ちて、水音と悲鳴をききつけた衛兵達が不審者であるあたしを取り囲んでいた。

(なんか、違くない?)

 あたしは困惑する。

 小説の世界だという突飛な想像が間違っているのかもしれない。だが、死んだはずのあたしがここにいることがそもそも突飛だ。正直、何でもアリな気がしてきている。

「見慣れない格好ですね。貴方は誰です?」

 問いかける声が掛り、取り囲んでいた衛兵達が露骨にほっとした表情を見せた。彼のために道をあける。

「神殿長様。この者はどこからともなく現われたのです。対応をお願いします」

 不気味な女と対峙しているのが嫌だったのだろう。自分より上の人間にあたしのことを丸投げしようとした。





 神殿長と呼ばれた人物は『長』が付くにはだいぶ若かった。

(この人、知っている。小説の中にいた)

 心の中で、あたしは呟く。

 ヒロインを取り囲む、イケメンの一人だ。彼は悪役令嬢エチエンヌの遠縁で、彼女とはわりと親しい。だが物語が進むにつれ、立場が怪しくなる公爵家と距離を置くしかなくなった。エチエンヌの方から、自分たちには関わらない方がいいと言われる。

(はい、そうですかと引き下がる方もどうなのよと思ったけど、現実にそうなったらそうするしかないんだろうな)

 自分の立場や命がかかっていたら、そちらを優先するのは仕方ないことかもしれない。

 目の前の優しそうな人を見て、そう思った。

 彼はさらさらの長いストレートの銀髪が特徴的で、瞳の色は淡い緑だ。全体的に色素が薄い印象がある。

 儚く、幸薄い感じがした。

(神殿長なんて肩書き、務まるのだろうか?)

 17歳の女子高生でも心配になってしまう。だかある意味、とても神に仕える人っぽくはある。

「あたしは……」

 小説の設定に沿って、自分のことを話した。一瞬、本当の自分の話をしようと思ったが、この世界に合わせた方が無難な気がする。

 無理に話の流れを変えるのは、怖かった。知っているストーリーをたどる方が安心できる。

 その上で、あたしにはやりたいことがあった。

 ここがあたしの好きだった小説の中なら、あたしの大好きな悪役令嬢エチエンヌもいるはずだ。彼女に会えることに気づき、あたしのテンションは上がる。そして、ある野望を抱いた。

 今のあたしはヒロインだ。あたしになら、不幸になるはずの彼女を救えるかもしれない。

 物語はまだ冒頭。彼女の運命の歯車が狂い出すのはこの後だ。

 あたしの行動一つで、彼女の人生は変る。幸い、彼女が不幸のどん底に落とされる前までは暗唱できそうなくらい繰り返し読んでいた。これから起こるイベントの内容はほぼ頭の中に入っている。

(自分の推しを不幸から救うことが出来るなんて、ファン冥利に尽きるんじゃない?!)

 あたしのテンションは爆上げ中だ。

 その為にはまず、自分の身元を証明しなければいけない。

 あたしは一生懸命、ヒロインのことを説明した。

 転生者で召喚者。

 そんなややこしいものになってしまう。

 もっとも、それは小説の中のヒロインだけではない。あたしも同様だ。あたしが読んでいた小説は女子高生・真希がバス事故に巻き込まれて死亡。だが異世界に召還されて生き返るというものだ。

(まんまあたしだな)

 自分でそう思う。

 ヒロインのふりをするのはさほど難しくないことに気づいた。

 物語は事故で死んで償還されるところから始まるので、ヒロインの過去はそれほど明らかになっていない。わからないところは自分の過去で補完するしかないなと思った。

 小説通りなら、真希は召喚者として神殿に預けられるはずだ。神殿長は何故か若くてイケメンで、銀の髪に緑の瞳が冷たそうに見えるが本当は優しい。いろいろあって真希のことを好きになる。

 普通ならウキウキの展開だが、あたしは気が重い。なんせ、あたしは2年前から絶賛恋愛不信中だ。恋をする人の気持ちがまったく理解できない。

 両親の離婚で、あたしは恋愛に関して何も信じられなくなっていた。




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