あたしとわたし。~推し(悪役令嬢)を幸せにする方法~
みらい さつき
第1話 プロローグ。
地方の政令指定都市のはずれの方にあたしは住んでいた。
始発のバス停が近くにあり、そこから街中まで路線が走っている。
そのバス停を利用している顔ぶれはいつも同じだ。
ちょうどいい時間帯より早い時間なので、6人と少ない。
その内、女性はわたしを含めて3人。
一人は20代後半くらいのOLだ。そこそこ可愛い人だが、明らかに化粧の手を抜いている。ちゃんとやればけっこう綺麗なのに、勿体ないなといつも思っていた。
もう一人は40代くらいのおばさん。おばさんはいつも駅までバスを利用し、駅から電車で仕事場へ向かうようだ。
そして17歳。高校2年生のあたし。市内の学校に通っているのだが、一旦街中まで出て、さらに別のバスに乗り換えて学校に通う。家から学校まで、直通で行ける手段がなかった。なので、同じ市内なのに通学時間がやたらかかる。人より早い時間のバスに乗るのはそんな理由だった。
後の3人はサラリーマンのおじさん。若い人は居なくて、50~60代くらいの人ばかりだ。
あたしが高校に通うようになって2年。朝の面子はずっと不動で代わり映えしない。だが名前さえ知らない。言葉を交わしたこともなかった。
そのことを、その日の朝まであたしは気にしていなかった。しかし、予想もしなかった出来事が起こる。
OLのお姉さんが、あたしのお気に入りの本を手にしているのを見つけてしまった。バスで通路を挟んで隣に座ったお姉さんは、本を読もうとバックから単行本を取り出す。
その本には見覚えがあった。ほとんど縁を切っている母親から送りつけられた本だ。自分が挿絵を描いて、コミカライズされることも決まったらしい。本当は読まずに捨ててやろうと思った。2年前から、あたしと母親の関係は最悪だ。だが、本に罪はない。とりあえず読んでから売るなりなんなりしようと思ったら、嵌まってしまう。主役のヒロインにはいらっとするところもあるが(しかもそのヒロインの姿はあたしに似ている)、悪役として出てくる貴族の令嬢が魅力的でとても気に入る。正直、なんでこの子が悪役なんだ?と疑問に思った。
悪役の令嬢は最後には投獄される。その結末には腹立たしいことこの上ないが、その前に出てくる彼女の姿は魅力的なので途中までは何度も読み返してしまった。
(こんなところで同じ本を読んでいる同士に巡り会うなんて)
あたしは感動にうち震える。
話し掛けたいと思った。だが、彼女の名前なんてもちろん知らない。
そして、顔だけしか知らない相手に話し掛けられるほど、あたしのコミュニケーション能力は高くなかった。そんな能力があったら、とっくに彼女と親しくなっているだろう。バスの中で唯一、話が合うとしたら彼女だけだ。
あたしはそわそわする。
話し掛けたいけど話し掛けられないというジレンマに陥った。
そんな時--。
ガシャンッ!!
そんな大きな音共に衝撃が来た。横に身体が振られる。バスが揺れたと思った次の瞬間、横転した。
あたしも彼女もバスの座席から投げ出される。
痛みと衝撃と何故か熱さを感じた。血が流れているのが見える。
その血が自分の血なのか少し離れたところに投げ出された彼女の血なのか、わからない。
誰かのうめき声が聞こえた。
(ああ、死ぬんだ)
そんな実感があたしを襲う。血が流れ過ぎているのを感じた。
そしてたぶん、彼女も助からないだろう。
(死ぬのがわかっているなら、話し掛ければ良かった)
恥ずかしいなんて、思っている場合ではなかった。せっかく、同じ本が好きな人に巡り会えたのに。小説の事を語り合い、仲良くなれたかもしれないのに。
(後悔ってこういうことをいうのか)
変な事に納得していると、意識が途切れた。
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