[第9話] 閃きは当たればドヤ顔ができる。
食堂では、ニックさん達がお酒を楽しそうに飲んでます。
今ここにいる人たちは、お客ではなく、近所の知り合いだそうです。お祭りに参加より、この宿に集まって、騒ぐのが良いらしく、毎年この宿にお酒やおつまみを持ち合ってるそうです。
彼らは、私が昼食を食べ終わるのを確認して、テーブルを端に寄せていきます。出来上がった空間に5人分の椅子を並べ、楽器を取り出しては、演奏の準備をはじめます。持ち出した楽器は、ギター、弓で引く弦楽器、縦笛、太鼓、それにスプーン。準備が整え終わり、演奏が始まりました。
最初に『トクト、トクト。トクト、トクト。』と太鼓が早いテンポのリズムを刻みます。
そのリズムに合わせて、ギターがコード伴奏、縦笛や弓で引く弦楽器が旋律を奏でます。
「すごい。カッコいい!」
思わず口に出してしまいます。軽快な音楽で迫力があります。それに太鼓とスプーンのソロに魅入ってしまいました。
太鼓は独特で50センチ位の大きさで片面に皮を張ってあり、裏側は張ってません。木枠は浅く、タンバリンの木枠部分にあるシンバルがないといえば、想像しやすいでしょうか。そんな形です。膝の上にたてて、左手を空洞の中に入れ、右手にはペンを持つように短めの
スプーン。普通にある金属のスプーン二つを右手の親指と人差し指の間に一つ、人差し指と中指の間に一つ挟み、丸みの方を向かい合わせます。指だけでスプーン同士をぶつけたり、
カスタネットの変わりに思えますが、あんな連続で鳴らすことができないので全く別物です。この楽器は私でもできそうです。あとで挑戦させてもらいましょう。
ギターは4弦に見えたのですが、その倍の8本も張られてます。形状も胴体が雫を半分に切った形にコードを抑えるネックがくっついてます。アコースティックギターよりも金属質で煌びやかな音色がします。
縦笛は吹き口は木を使って、胴体部分は金属製の15〜20センチほどと小さく、6つの穴が空けられ、胴体の吹き口側が広く、先がすぼまって、狭くなっている特徴があります。高音で味わい深い軽やかなかわいい音色がします。
弓で引く弦楽器は私の知ってる形では無いのですが、4弦のバイオリンですね。音色はそのまま聞いたことがある音。構え方が顎で挟まずに肩と胸の間あたりに押し当てて固定しています。そして、独特な装飾音が入ってます。旋律の音の中に複雑に何音も入ってるんです。私には旋律の間に息継ぎをしてるように聞こえますし、音の深みや勢いをだしてるようにも感じます。説明が難しいです。
曲は、同じ旋律を繰り返すのですんなり頭の中に入り、いつの間にか口ずみんでしまいます。それに軽快なリズムで体が勝手に曲に合わせて、動きます。
私が演奏に魅入ってしまっている間に先ほど空けた空間で数人が踊りはじめました。
上半身を気を付けの姿勢から動かさずに足のみで踊ります。足をまっすぐ前に蹴り上げたり、ひざ下だけ後ろや内側に曲げたり、足をクロスさせながら横にスライドしたり、複雑なステップを踏んだりします。軽快な演奏に合わせて、踊るのが楽しげで私もイシュカも真似てみましたが、複雑で全くできません。
「足だけで踊るなんて、面白いでしょ。」
「うん。音楽も踊りもすごい。」
「こんな踊り方になったのも歴史があってね。私達の先祖は何百年も昔に近くにある国にいたらしいんだけど、政争に負けて、迫害されたみたいなの。監視された状態で少しでも歌ったり、踊ったりしたら、鞭打ちとかされたそうよ。それで監視してる人たちから目を盗み、みんなで楽しむにはどうしたらって考えたあげく、座りながら、足だけで踊ることを思いついたらしいわ。踏む音がどうしても出てしまうので音の出ない踊り専用の靴まで作ってしまったのよ。」
ミレットさんがこの踊りの起源を教えてくれました。迫害されなければ、生まれなかった踊りとは、なんとも複雑ですね。
私達は彼女にきちんとした踊りの足運びを教わります。結構難しい。「次の足はどうだっけ?」「あ、また違う。」「ぐぬぬ。」と、唸りはじめます。頭の中は大混乱です。
見かねて、曲調を変え、皆で踊る違う踊りにしてもらいました。こちらは比較的簡単で足踏み鳴らして、手で数回叩いて、足踏み鳴らして、二人組になって、ぐるぐる回転、ペアを変えての繰り返しです。フォークダンスみたいです。
他にも四人二組で
イシュカはいつのまにか、演奏者達の横で前脚でタップを踏んでリズムビートを刻んでました。なかなかの評判です。これも小さい時からやってるリズムゲームのおかげ。つまり私のおかげ!
私たちはとても楽しいひと時を過ごします。
「どう?楽しんでる?」
「うん!楽しい。」
「来た時はすんごい顔してたから。ほんとによかったよ。」
この宿に来た時は顔が真っ青で警戒心が丸出しで心配していたそうです。ミレットさん達は、気をつかってくれて嬉しい気持ちでいっぱいです。
「明日まで、最初に踊った足だけの踊りがこの街の至る所で観れるんだ。小さい子から大人まで。特にタクトライフさんやケミルさんの足捌き。憧れちゃう。それに集団で列を作って踊るのもあるの。一糸乱れない踊り。圧倒される迫力。もう絶対見なきゃ損するわ。それを見たさに来る旅人が多いんだよ。」
「へー、見てみたい。」
「皆で踊ったのは、求婚式の日以降で踊るからキルケちゃんも一緒に参加できるよ。」
今見てるのでも感動するのにそれ以上のが見られる、それに教えてもらった踊りでお祭りに参加できるという彼女の話に惹かれます。お祭りを行きたいけど、まだ心の折り合いがつけられません。
こっそり見に行けたらいいのに。
この格好です。すぐにばれます。目立ちまくりです。
体を透明にできたらいいのですけど、そんな魔法みたいなことはできません。
私ができるのは、、、。
そうです。まじないです。
なんとかできるかも知れません。そうと決まれば、部屋に戻って調べてみましょう。
「ミレットさん。部屋に戻るね。」
「うん。わかったわ。疲れちゃった?」
「違う。いいこと思いついたの。イシュカ行こう!」
「ヒヒーン」
私は、イシュカに跨がり、部屋に戻ります。今度は怒られないようになるべく静かに階段を上ります。
部屋に戻った私は、早速ラウルを取り出し、まじない大全を調べます。
「ブルル?」
「うんとね。今外に行くの怖いでしょ。だから、まじない薬で気配を消すことにするの。そうすれば、ミレットさんのおすすめの踊りとか見にいけるでしょ!!」
「ヒン!!」
「でしょ。確か前に気配を消す効果のある薬があったと思うんだよ。えーと、クロール・オービジュ」
以前、私が作れるまじない薬にどんな物があるかを調べた時に見かけたことがあったのです。名前は、確か『気配消し薬』です。思うんですけど、この世界にはかっこいいネーミングセンスを持つ方はいないのでしょうか。わかりやすさ重視なのかな?
先ほど紡いだ『クロール・オービジュ』とは、目次の意味するまじない言葉です。
ラウルは、知りたい事を思い浮かべ、先ほどのまじない言葉を紡ぐと関連項目の一覧が浮かび、目次以降に各々のまじない内容が浮かび上がります。探す手間が減るとても便利な本です。
目次には私が調合できる気配消し薬は一つだけでした。詳しく調べてみます。
気配消し薬の効果は、大声や音をたてたり、相手を叩いたりしなければ、自分の存在意識が薄れると記載されてました。狩りをするのに重宝されている薬だそうです。
「えーと、必要なものは、乾燥したマキネスハルの若葉と咲きかけの花びら。それと月光水と小麦粉とユダントの花の蜂蜜。」
これから、薬を調合します。
今回のお祭りに持ってく必要性が感じられなかった『まじない薬調合道具』が役立ちます。母曰く、魔女の外出に現状で作成可能な薬や道具の材料と調合道具を持つことは当たり前だそうで昨日の準備でポーチに 全て入れてくれました。
こうなる事を見越してたんでしょうか。うん。それはないですね。
それでは、調合開始です。
まずはポーチから材料を出します。
・・・。
取り出したものを並べます。乾燥された葉が10種。花が21種。蜂蜜3種に月光水と小麦粉。
種類が多いのは、私が材料の詳細を認識してないからです。
ポーチは、いろんな物を無造作に入れることができます。入れた物を取り出すには、その物を認識しないといけません。今回、初めて扱う材料の葉と花と蜂蜜を見たことがない私は、大雑把に乾燥した葉と花と蜂蜜いう認識でしか取り出せません。そのため、こんな多い種類のものが出てきてしまいました。入れてくれたのも母ですし。材料の説明なんて聞いてません。
異世界の話で良くある種類、名前別に表示されるウィンドウが欲しい。この世界では、そんなものはありません。チート!プリーズ!
「ブヒヒン?」
「だ、、大丈夫だよ。ラウルで、、ほら、特徴と絵があるし!えーと、これ?でも違う。たぶんこれ!蜂蜜はわかんない。きっと苦味を抑えるためだろうから、どれでもいいよね?」
イシュカが不安そうに見つめてきます。私も不安です。
でも、こういう時は、インスピレーションとかいうのが大事。きっと、転生特典の補正が効くはずです。自分を信じろ!!
「材料も揃ったし。材料をはっかりましょ♪そんでもって、粉砕、粉砕♪細かくしたら、お月さんの光を浴びたお水でパシャパシャ浸しましょ♪それでは、また後で会いましょお♪」
これは、まじないを紡いでるわけではありません。ただの私の癖です。
歌いながら、調合すると覚えやすいんです。こんな感じで歌うように口ずさんでたら、調合するときには必ず歌うと言う癖が身についてしまいました。
水に浸す時間を待つ間に材料を調合道具の鍋を準備します。持ち運び用の小さい鍋です。
まじないの掛かった紙の上に鍋を置きます。この紙は、魔力を流すと電気プレートのようにできる魔女鍋専用の温め紙です。準備も整い、そろそろ、浸す時間が終わる頃です。
「お鍋に火を焚べ、材料、入れましょう♪精霊さんにお願い♪レドハール・スピラド!残りは小麦粉を少しずつ♪少しずつ♪混ぜまぜ、ねり練り♪混ぜまぜ、ねり練り♪あま〜いの加えて、またまた、混ぜまぜ、ねり練り♪最後におまじない♪リグ・ド・ライ・レシュ・アン・ティンプロット!」
まじない言葉を紡ぐと鍋からポンと言う音とともに黒い光が出ます。黒いのに光ったように見える不思議現象。
気配消し薬の完成です。
「できたよイシュカ!これで外行けるね!」
「・・・。」
「さあ、飲んで行こう。」
「ヒヒン、ヒヒヒン。」
「なんで?留守番なんてしなくていいよ。」
「ブル、ヒヒン。ブヒヒン。」
「飲みたくないって、大丈夫だよ。絶対うまくいってるよ。私を信じにゃさい!!」
「ブヒーーン!」
使い魔なのに主を信用しないなんて。ひどすぎる。
屋台の食べ物でイシュカが欲しいものを優先的にいくつか買うことでなんとか買収、いえ、説得しました。お小遣いの取り分が減った!!
「それじゃ。飲んでみよう。」
『信じなさい!』なんて、言いましたが本当は私もドキドキです。
不安に感じながらも薬を呑み込みました。これで大丈夫のはずです。
今更ながらですけど、それぞれ呑むとお互い意識が薄れて、気づかなくなるんじゃないかという考えに至りましたが、同じ薬のためか使い魔だからなのかはわかりませんが、イシュカの存在は確認できました。
『失敗だったのかな??』と思いつつ、部屋を出て、階段を降ります。そろーり、そろーり。
食堂では、まだまだ騒がしくお酒に演奏に踊りに盛り上がってます。
まずは、試しにこっそりと近づいていきます。だんだんとミレットさん達の視界に入る距離になります。
「気づいてないみたい。」
「ブル」
私達は、小声で話します。どうやら、薬の調合は成功しました。調子に乗って、目の前に立ったり、歩き回ったりしてみましたが、全く気づかれません。
「ほら、どうだ!ちゃんと出来てたでしょ!」
「ヒン。」
きっと、私の顔は今まで見たことのないドヤ顔だったと思います。これで気兼ねなくお祭りを見物することができるでしょう。
いざ、魅惑の踊りを!!本来の目的、お祭りを楽しむのです!
意気揚々と宿から外へ飛び出します。
魔女メイドは語る。 しゅり @shury
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