[第8話] 感謝は時として怖くなるものだった。

 門を抜けるとそこにはたくさんの人がいます。

 人族を中心に獣人やドワーフや角が生えてるとか色々な種族の方がいます。生まれてこの方、同族と使い魔しか見たことがない私は、とても珍しく、キョロキョロと人間観察してしまいます。こっちのケモ耳にじっくり、あっちのずんぐりむっくりのお髭さんにじっくり、あっちの人にキョロキョロと。


「イシュカ、人がいっぱいいるね。」

「ヒーン。」


 街を見つけるきっかけになった軽快な音楽が遠くの方で流れてます。

 門から、中心部に続くこの道の両脇には屋台が並び、食欲のそそる美味しそうな香りがします。中央には、高さのある簡易なテーブルがあって、屋台の食べ物や飲み物を置いて、立食しています。私のような子供用のテーブルとしての小箱がおかれる配慮まであります。

 だけど、祭りにしては活気がありません。何か、じっとこちらを伺ってるような。遠くで聞こえていた音楽も徐々に消えていき、私に向く視線が増えていきます。何かを探るような視線。

 門で歓迎されてたのはなんだったのでしょう。居心地が悪くなり、その場に立ち竦んでしまいます。


「ほ、ほんとに魔女様が御降臨されたぞー。」

「マジで、魔女様ー!!!嘘かと思ったのに。」

「魔女さまー。かわいい。」

「ようこそ、魔女さまー。10年前はありがとう!!」

「魔女様。これ食べてください。美味しいですよ。」

「このジュースの方が美味しいですよ。どうぞ。」

「魔女様!」「魔女様!」「魔女様!」「魔女様!」


 静寂を突き破った最初の言葉を皮切りに、街の人達が私に話しかけてきます。

 なだれ込むように私の周りに囲みながら迫ってきます。


 突然のことで怖い。


 分かってます。街の人は、ロホの魔女に感謝の気持ちが溢れているのだと思います。

 わかってはいるのです。

 でも、今の私は子供であり、周りは大概が大人。巨大なものが大声で迫り来る。逃げ場もなく、どんどんと囲まれて話をしてくるのです。

 こうなるとどうなるか。


「うえーーん。ママーー!ネーネー!!えーーん。怖いよー。」


 ガン泣きです。

 私は6歳ではありますが、前世を含めるともっと長く生きてきたでしょう。推測ではありますが、それこそ何十年と。

 今の年齢以上の精神年齢で感情をコントロールすることはできると思ってますし、今回も冷静に対応できると思ってました。ですが、感情が精神年齢を上回ることがあるようです。自分では、もうどうすることができず、怖くて、怖くて、泣き喚いてしまいました。どうしても感情を抑えることができません。


「ヒヒーン。ブルル。」


 イシュカは、身体の大きさを元に戻し、私を庇うように街の人を威嚇します。私はイシュカに身体に引っ付き、泣きやむことができませんでした。


「おい、通してくれ。おい、通せ。キルケさま。」


 困った顔で遠巻きから見ている街の人をかき割って、私の名前を呼ぶ夫婦がやってきました。

 威嚇するイシュカに阻まれ、近くまで来れませんが、それでも私の目線の高さになるために屈んで私達に話しかけてきます。


「キルケさま、イシュカさま。ようこそ、バル・フォイルへ。私たちは宿屋をしているサラとダミアンよ。今回キルケ様が泊まる宿として、カーマさまから手紙をもらったの。」

「ママに?ほんと。」

「ああ。迎えに来るのが遅くなってすまない。街の奴らは悪気はないんだ。ただ浮かれちまってるみたいだ。本当にすまん。まずは宿まで行こうか。ほら、散った散った。」


 ダミアンさんはそう言うと街の人達は、申し訳なさそうにこちらを伺いながら、散らばっていきます。私は気持ちを落ち着かせながら、昨日習った悪意を判別するネックレスを作動させてみます。悪い人達ではないようです。


「ありがとうございます。よろしくでしゅ。ヒク。」

「こちらこそ。それじゃ。」


 ぐずぐずに泣きながら、言うと、ダミアンさんはいきなり、私を抱き上げました。

 抱っこです。抱っこ。この歳になって。今は6歳ですから、問題無いですね。混乱してるみたいです。でも恥ずかしい。


 だけど、今はすぐにでもここから離れたいです。何も言わずに抱っこされたまま宿に向かうことにします。

 イシュカは警戒を解いて、小さくなり私の頭に乗ります。サラさんは私が落とした帽子を拾い上げ持ち、話かけてきました。


「イシュカ様はこんなに小さくなれるのかい?以前見た使い魔様たちはここまで小さくなかったよ。」

「みんな小さくなれるんだけど、頭とか肩に乗ることしないから、みんな小さくなんないの。」

「そうなのかい。身体が縮んだり大きくなったり不思議だね。」


 私もそう思います。ファンタジーです。

 私の肩に乗る時なんか10センチもないんですよ。生まれた時の大きさより小さくなるなんて、どうなってんだか。摩訶不思議です。


 宿に着くまで、サラさんは他愛のない話をしてくれます。そして、今日から泊まる『魔女が泊まる宿』に到着します。

 なんと言うか、ひねりもないそのまんまの名前、変更を要求したい。

 こんな名前になったのは、大災害の時にロホの魔女がこの宿に泊まって対応したのがきっかけとのことで感謝を込めて、改名したらしい。その前はご先祖の名前だったそうです。


 母や姉、魔女に感謝してるのがヒシヒシ伝わるんですけど、どうなんでしょう?

 私としては、何故変えた!!ご先祖さん大事にして!!と言いたい。

 ただ、この名前にしたおかげでランチの売り上げは良いとのこと。ネーミングライツ!!いえ、なんでもありません。


 宿に入るとすぐに受付があり、そこには、女の子が座っています。お二人の娘さんでしょう。

 左側に2階に通じる階段。右側に広い食堂になってます。少し賑やかです。ちょうど昼時なのでお客さんが食べてるみたいです。お腹が空いてきました。


 私はダミアンさんに下ろしてもらい、きちんと挨拶をします。


「ありがとうございます。ロホに住んでる魔女アルブレ、ターフニス、トームフリュ、クヘトカの娘、キルケです。」

「ようこそ、キルケさま。魔女の泊まる宿へ。改めて、俺がダミアン。妻のサラ。そこにいるのがミレット。それと。おーい!ニック。ちょっとこっち来い」


 ダミアンさんは食堂の奥に向けて、大声で呼びました。


「手が離せん。戻ったなら、早く手伝いやがれ!クソ親父。」

「今のが息子だ。」


 ニックさんは、厨房で調理していて、一人では大変みたいです。食堂の方では、私とのやりとりに気づいて、少し騒がしくなってきました。『悪夢再び?』と思い、強張りましたが、サラさんの一言。


「騒ぐなら叩きだすよ。」


 一瞬で静まります。この宿で逆らってはならない方のようです。


「ミレット!部屋まで案内を頼む」

「分かったわ。えと、キルケ様。こっち。」

「様とか、いらないです。キルケでいい。」

「そう?じゃあ、キルケちゃんって、呼んでいい?」

「はい。」

「じゃあ、行こっか。キルケちゃん。」


  彼女に連れられて、階段を上がり、今日から泊まる部屋に案内されました。この宿屋は3階建て、2階、3階ともに6室あります。私たちが案内されたのは3階を上がったすぐ近くの部屋。


「この部屋を使ってね。この祭りの期間は、魔女様がいつ来ても良いように3階全ての部屋は貸し出されてないの。だから、安心して、過ごしてね。それから、お昼まだでしょ?落ち着いたら、下に降りてきてね。うち自慢のご飯を用意してるから。」

「うん。ありがとう。でもいいの?10年間来てないのに?貸し出さなくて?泊まるお金は?」

「私も兄さんもあの時カーマ様がいなかったら、死んでたのよ。この期間だけ空けといてもうちの宿は潰れたりしないわ。それに今回はカーマ様から、手紙で泊まる手配と一緒に十分なほどの宿泊代が入ってたし。タダでいいのに。」


 どうやら母が手紙を通じて、手配してくれていたようです。

 そういえば、泊まるところを手配すると言ってましたね。ありがたいことです。と、騙されてはいけません。ここに来る準備で頭がいっぱいいっぱいだったので聞くのを忘れた私も悪いのですけど、何も母から聞いてません。言い忘れたのか、早くもボケたのか。文句を言いたくなってきました。


 ロホのみんなが10年の間に誰か来てれば、さっきみたいにあんなことにならかったかも知れない。

 それにうちの氏族って、いつも、いつも、、、、、、、、、。


 と、色々と怒りが込み上がってきます。

 おかしな顔になってるのか、ミレットさんが心配そうに声をかけてくれました。


「大丈夫??さっき、門兵の人が『魔女さまが御降臨された!!』って叫んでるのを聞いて、父さんたちが慌てて、出て行ったけど。顔色も悪いし、何かあったんでしょ?」


 ダミアンさんたちは、そのことを聞いて、すぐに来てくれたのですね。本当にもっと感謝をしたほうが良さそうです。来てくれなかったら、あのまま、、、考えるだけでもぞっとします。


「あ、はい。大丈夫です。少ししたら、降ります。顔洗いたいけど。」

「それなら、一階の階段脇の奥に洗浄室があるから、そこで洗ってね。お湯が必要なら用意するよ。」

「ありがとう。お湯はいらない。」

「そう?じゃあまた後でね。」

「はい。」


 この部屋は左右に2つずつのベッドが置かれている4人用の部屋です。いつもイシュカと一緒に寝てるので私達には広すぎる。それにこの階は貸切。他の部屋も同じ間取りなんでしょうか。あとで探検してみようかな?

 でもまずは、少しゆっくりしよう。


「うー、疲れたよ、イシュカ。」

「ヒヒン?」

「うん。大丈夫。でも、もう帰りたい。」


 イシュカは本来の大きさに戻り、ベッドの上に座ってます。すでにホームシックになっている私は、イシュカの側に行き、寄りかかりながら、愚痴ります。イシュカは相槌を打ったり、共に愚痴りあいをしました。

 おかげで少し発散できたがよかったのか、スッキリして、お腹が空いてたことを思い出します。


「さっきも思ったんだけど、3階までの階段って、きついね。」

「ブル?」

「うん。乗る。一階まで乗せて。」


 イシュカに跨り、駆け降りてもらいました。楽ちん!楽ちん!

 一気に駆け降りたので大きく音が鳴り響き、サラさんもミレットさんも食堂にいた人たちも何事かと集まっていました。これはまずいです。


「そ、そうよね。まだ小さいから3階から降りるのは大変よね。でもね、キルケ様。イシュカ様に乗って降りてもいいけど、あんなに大きな音立てて降りてきたら、驚くのはわかるよね!もっと静かに降りなさい。イシュカ様も分かりましたか!!」

「は、はい!ごめんなさい。」

「ブル!!」


 サラさん怖い。角が、角が生えてきたんです。さっきまでなかった角が。どす黒いオーラと共に。幻覚ではありません。怒らしてはいけない人です。

 でも、きちんと叱ってくれると、特別扱いせずに普通に接してくれてる気がして、なんだか嬉しいです。


「怒られちゃったね。怖いでしょ。うちの母さん、鬼人族の血が濃いから、怒ると角が生えるのよね。あれは怖い。」

「反省した。」

「ふふ。洗浄室はこっちよ。」


 ミレットさんに洗浄室へ連れて行ってもらい、ここの使い方を説明してくれます。


「あっちの奥がお手洗い。こっちが洗浄室。そこのかめに汲み置きの水があるからそれを使って。身体を洗う時は鍵をかけてね。」

「うん。わかった。」


 残念なことにこの宿には、お風呂はありませんでした。ロホの家には、お風呂があったので普及してるのかと思ってたのですが、そうではないようです。

 あとで聞いた話によると公衆浴場が数カ所あって、タダで入れるため、ほとんどの家や宿には設置しないそうです。


 私は甕から水を汲み、顔を洗い、イシュカを軽く拭ってあげます。身支度を済ませ、食堂に向かいます。

 昼時も少し外れた時間のため、ミレットさん達も一緒に昼食を食べることになりました。


「さっきは出られないで悪いな。ニックだ。よろしくな。俺の自慢のシチューをよーく味わってくれよ。」

「うん。」


 しきたりの挨拶もせず、目の前のご飯に夢中です。

 何せ、魔女以外のご飯なんて初めてですから。興味津々です。食いしん坊ですみません。

 昼食は、丸形で十字型の切れ目が入ったパン、サラダ、腸詰めと付け合わせに温められた大根おろしっぽいものと潰されたじゃがいも、そして、自慢のシチューが並んでます。


 それでは早速、手を合わせて!


「いただきます。」

「そういえば、魔女様はそう言ってから、ご飯を食べてたわね。懐かしいわ。」


 この街にはない作法だそうです。私達はいつも食事前には、やっていたので不思議に思うことはありませんでした。母も姉も昔からやってるので違和感がなかったです。そう考えるとこの世界でこの作法は不思議かも。

 

 それよりも、今は目の前のご飯です。暖かいうちに食べないとご飯に失礼です。


 この世界は、すでにイースト菌があるみたいでふわふわなパンを食べていました。この宿で出されたパンは、ざっくりとした食感で重め、ポロポロこぼれてしまいます。ちょっと食べにくいんですけど、ほんのり甘みのあるパンです。

 サラダは、生野菜にカリカリに焼いた細切れの塩漬け肉がふんだんに振りかけられています。この野菜は宿屋の庭で自家栽培してるそうで新鮮、シャキシャキです。


 次は腸詰め。これは苦手です。

 レバーっぽい味がするので内臓をつかってるのでしょう。聞いて見ると羊の肉と数種類の内臓を細かくしたものに玉ねぎのみじん切り、大麦、ハーブ、香辛料を腸詰めして、茹でたものだそうです。大麦が入ってるのでプチプチとした食感があります。味はハーブや香辛料が強め、匂いも少しきついです。レバーが苦手な私は無理です。これは好き嫌いが分かれそうな料理です。


 ニックさんは「やっぱり苦手かあ、これは酒に合うんだけどな。」といいながら、いつの間にかいるお客さんと一緒にお酒を片手に腸詰めを食べてます。


 、、、お酒いいなー。


 付け合わせの大根おろしっぽいものはカブの味がしました。茹でたカブをミンチにして塩胡椒で味を整えたみたいです。これは、なんと言えばよいか?

 ベビーフード?

 美味しいんですけどね。そんな感じがしますね。


 そして、メインのシチューです。これが絶品。大好きです。

 汁は少なめで大きなじゃがいも、大きなにんじん、飴色玉ねぎ、香草、羊肉が入っています。

 長時間煮込まれているようで大きなじゃがいもは、煮崩れていてます。これが、シチューのとろみになってるようです。大きなにんじんは軽くスプーンで押しつぶせるほどの柔らかさ。羊肉は、味が染み込んでいて、口の中でほろほろ溶けるほどにやわらかい。もう、ホクホク、トロトロ。素朴な味わい。これは自慢するだけのことはあります。

 残った汁に浸して食べるパンもおいしかったです。


 イシュカは腸詰めが気に入ったようです。欲しそうにしてるので、私の分もあげました。嫌いな物を処分してもらったわけではないですよ。とっても欲しそうにしてたのであげたのです。


 私達は幸せいっぱいになる美味しいお昼ご飯を堪能させていただきました。


「ご馳走さまでした!」

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