第2話 道端の華 後編
今日は僕が日直。だから日誌を持って職員室に向かっていた。その日はたまたま、保健室の方を通って向かうルートだったから、通ったのだが話し声が聞こえた。
それは立花先生の声、と言うには少し高く、高碕さんの声、と言うには少し低かった。
「最近はどうなんです?調子の方は」
「随分いいよ。体育も見学することが出来ているし、私の正体は誰にもバレていないみたいだから」
思わず目を見開いた。同時に、今日犀川くんが言っていたことを思い出した。
『高碕結衣はDeVillstとの血縁』
それを立花先生が知った上でこの学校に置いているとすれば、立花先生も多分、DeVillst。途端に怖くなって足が震え出した。どうしよう。大人に、誰か大人に知らせないと。僕の足は音を立てて、廊下を走った。
「良かったんですか?聞かれてましたけど」
廊下から聞こえる足音に耳をすましながら立花は尋ねた。結衣は何食わぬ顔で出されたお茶を啜る。
「仕方がない事さ。私の任務も、もうじき終わる。それまで、何も起こらないことを祈るよ。」
「そうですね。あ、お代わりいります?」
「うん、頂こうかな」
旧校舎との渡り廊下まで来て、僕は息を上げた。足が絡まって、その場に倒れるように転んでしまう。
「いってて」
転んでしまった足を擦りながら立ち上がる。ここは数年前まで使われていた旧校舎と新校舎の間に作られた渡り廊下。何でも、変な噂が立って新入生が来なくなったからその代わりに今の新校舎が設立されたらしい。旧校舎はガスも通ってなければ電気も通っていないので夕暮れの今は薄暗くて不気味だ。
「あれ、田代氏ではないですか」
そんな校舎から聞き覚えのある声に顔を上げる。出てきたのは友人の犀川くんだった。彼が昼休みに言っていた噂がキッカケで僕はここまで逃げてきた。
「犀川くんの、言ってた通りだ」
震える声で僕は犀川くんが昼に言っていたことを話す。
「高碕結衣は、DeVillstだ。きっと、橘先生も」
「やはり噂は本当でありましたか。」
中学時代からの仲だ。僕は彼がこういう時、興奮してはしゃぐ姿を何度も見てきたのに、何故か今は落ち着いていて、顎に手を当てて何か考えている。
「さ、犀川くん?」
「田代氏は」
その時の犀川くんは眼鏡をしてないからか、鋭く光っていて少し怖い。
「この校舎がなぜ使われなくなったのか、知ってる?」
急に話題が変わって驚きながら旧校舎を指でさしている犀川くんを見上げながら使われなくなった理由を話した。
「変な噂が立って、新入生が来なくなったから?」
「半分合ってて、半分間違い。」
後ろを、旧校舎の方を犀川くんはうっとりと眺めながら口を開いた。
「確かに化け物は出るよ。でも、それだけ。他は何も変わらないんだ。君ら人間と、僕らは。田代氏もそう思うだろう?」
いきなり身体を曲げて、僕の方をじっと虚ろな瞳で犀川くんは見る。怖いのに、腰が抜けて立てない。おかしいと思ったんだ。高碕さんがDeVillstなら、みんな避けるはずなのに噂を知らないみたいにみんな絡んでる。犀川くんが知ってるなら、みんなも知ってるはずなのに。
あぁ、僕が騙されてただけなんだ。そう思うと不思議と身体の力が抜けていった。彼の策略に、僕はまんまと騙された。
彼はDeVillstで、僕を喰べようとしているのか、こちらに近付いて僕と同じ目線にしゃがんだ。けれど不思議と怖くはなくて、喰われてもいいと思___
「それがお前の手口か」
後ろで凛とした声が聞こえて振り返る。そこには高碕さんがいて、何食わぬ顔で立っていた。
「おかしいと思ったんだ。調査依頼が多数出ているのに来てみればただの学校で、DeVillstが住んでる 形跡はない。けれどこの場所で神隠しは起こっている。」
彼女は僕なんか眼中に無いのか、ただ静かに歩いて鞘から刀を抜いた。
「能力名は《香》。名の通り香りで敵をおびき寄せ、じわじわと精神を破壊する。それで今まで喰ってきたんだろう?今の彼のように。だが残念なことに」
高碕さんはそのまま消えた。いや、いつの間にか後ろに立っていたというのが正しい。音もなく、高碕さんは犀川くんを斬った。
「私に香は効かないんだ。」
その目は蔑んでいると言うのに、倒されて光の粒子になり掛けてる犀川くんは
「…ありがとう。」
笑顔で消えてしまった。不気味だった旧校舎は霧が晴れたように辺りは穏やかになり、見えなかった夕焼けが窓から見える。まだ腰が抜けてる僕に、高碕さんは手を差し伸べた。僕はその手を取って立ち上がる。
「君のお陰だよ。さっきの彼が、現れてくれたのは」
けれどそれは高碕さんと言うにはあまりにも美しく、あまりにも綺麗すぎる。
「この校舎に宿ったDeVillst。退魔師の気配を察知するのが上手くて、何度訪れても彼は現れてはくれなかった。君がたまたま此処に逃げ込んでくれたから、見つけることが出来たんだ。」
刀を鞘に戻しているけれど、その刀に血は付いておらず、やはり彼はDeVillstだったんだなと思った。
「けど、君にはまだ早い。」
下を向いていた僕は、その言葉で彼女の瞳を見た。途端に眠気に襲われて、僕はその場に立っていられ無くなった。
「大丈夫。起きたら全て忘れてる。だから、おやすみ。」
彼女が僕の前の前で手を静かに下ろす。すると僕の目は逆らえずに、そのまま閉じてしまった。最後に見たのは高碕さんの、穏やかな笑みだった。
次の日、高碕さんは居なかった。立花さんもそれと同時に消え、何でも親の転勤が理由らしい。でも、僕は分かる。きっと彼女は、何か違う目的で消えていったのだと。
「犀川くん、どこに行ったんだろ」
昨日まで居たはずの犀川くんも居なくなっていた。そう言えば旧校舎がまた使われるようになるらしい。何でも、建て替えてそこを中等部にしてここは中高一貫校にするんだとか。元はそういう学校だったんだし、僕には関係のない事だ。
「…あ、たんぽぽ」
いつも座ってる中庭のベンチの下。そこには何処から種が飛んできたのかたんぽぽが咲いていた。そう言えば彼女も、そんな人だった。
例えるなら良くてガーベラ、悪くてたんぽぽ。薔薇みたいに美しいわけでもマーガレットみたいに可愛い訳でもない。でも彼女はこの花のように、とても美しい人だった。
灰色の鳩 天宮 ロンリ @Lonle2011
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