第48話 Vive Davout!
そして、俺は呼ばれた。
ドゼ将軍に。
至急、パリへ来るように、と。
*
「ちっ。行きやがるんだな。後悔するなよ」
見送りに来た、オージュロー司令官が舌打ちした。
「逃げ帰って来たって、もう
「逃げたりなんか、するもんですか!」
きっぱりと俺は言った。
「俺は、ドゼ将軍と一緒に戦う、って、決めたんです!」
「一番上にいるのは、ボナパルトなんだぞ? 兵士を、交換可能な部品としか考えていない、人非人だぞ?」
「オージュロー司令官。ひとつだけ、聞きたいことがあります」
厩には、俺とオージュローの他、誰もいなかった。
「最後の願いってやつか? なんだ? なんでもいいぞ。答えてやろう」
「サン=シル将軍のことです。彼をローマにやったのは、あなたの差し金ですね?」
オージュローの目に、面白そうな光が瞬いた。
「なぜそう思う?」
「オッシュは死んだ。マルソーはとうの昔に……」
声が詰まり、俺は咳払いをした。
「ジュールダンは辞任した。クレベールも、勝手にパリへ引き籠ってしまった。ピシュグリュとモローは、裏切り者だ。実力のある軍人は、そして、麾下の兵士達や国民から人気のある将校は、ライン方面では、ドゼ将軍と、サン=シル将軍くらいしかいなかった」
謙虚な俺は、自分の名は出さなかった。だってライン方面軍には、途中、捕虜になったり実家に引き籠ったりしていたから、正味で2年くらいしか在籍してないし。兵士・国民に限らず、人気が皆無なのは、言うまでもないし。
オージュローが首を傾げた。
「俺は?」
「あなたは、イタリア軍の出身だ」
「うーむ。まあいいや。ライン方面軍で、人気のある将軍は、ドゼとサン=シルだけ。だから?」
「ドゼ将軍は、ボナパルト将軍の下へ入りました。残ったのは、サン=シル将軍だけだ。だからあなたは、彼を、ライン河畔から遠ざけた。ローマへやった」
「なんでまた、そんなことを?」
オージュローの顔に、再び、笑みを含んだ表情が浮かぶ。
「政府の陰謀に巻き込まれないようにさせる為ですよ。この先、総裁政府が陰謀を企てた時、ていのいい、『剣の力』として、利用されないように」
そして、不要になったら、あっさり殺されてしまわないように。
オッシュ将軍のように。
バラス総裁だけが、全ての黒幕だとは思えない。
また、総裁政府を打倒しようと目論む者は、王党派だけではない。
フリュクティドールのクーデターの直前、早々に逃亡したマチュー・デュマ議員は、王党派ではなかった。彼は、
クラブ・ド・クリシーは、ロベスピエールの死後、結成された派閥だ。恐怖政治下で投獄されていた議員が、多く含まれていた。あやうくギロチンの餌食になるところだった、議員たちだ。俺と母のように、テルミドールのクーデターのおかげで、万死に一生を得た……。
同時に、マチュー・デュマ初め、反ロベスピエール派もまた、身の危険を感じた。つまり、王党派の台頭とともに、ロベスピエール派の巻き返しも、起こりつつあるということだ。
それらに対して、一々、「剣」の役割を求められたら。クーデターという名の、陰謀に巻き込まれたら!
「だから、ドゼは逃げたんだよ。ボナパルトの陰に」
オージュローが言った。
「逃げた」という言葉に、俺は、むっとした。
「ドゼ将軍が、敵に後ろを見せるわけがない!」
「だが、前に、お前は言ったろ。格下のボナパルトの下に付く、意味がわからない、って」
まあ、そんなようなことを言った気がするが……。
「つまり、そういうことだ。去り際、ドゼは、しきりとサン=シルのことを心配していた。ライン河畔に残していく親友のことをね。彼の言わんとしていることは、すぐわかった。おい、親友っていいなあ。戦友なら、なおさらだ」
オージュローは、目を潤ませている。
「俺は、感動した。一肌脱いでやろうと思った。だが、やり方がわからない。そしたら、ドゼから手紙が来てな。なんでも、新しいプロジェクトの立ち上げで、ローマへ行くことになったんだと」
……「かの地では、未だに、ベルナドットの兵士達と、あなたの兵士達の争いが続いているといいます」
「それで、ぴんときたわけよ。サン=シルを送り込めばいい、って!」
得意そうに、鼻をうごめかせた。
「な。俺はいいやつだろ? 決して、冷たくなんかないんだ」
未だに、ドゼ将軍がイタリアで拾ってきた、「冷たい」という噂を根にもっている。
「オージュロー将軍。あなた、随分、執念深いですね……」
「よく言われるよ。だが俺は、ボナパルトと違って、善良な人間だ。どうだ。俺の下に残るか?」
「いやです」
「どうしても行くんだな」
オージュローは真面目な顔になった。
「いやなことは、いやと言え。今のようにな。たとえ相手が、ボナパルトであっても」
強く、俺は頷いた。
馬に乗って外に出ると、大勢のライン軍兵士が、集まっていた。
元アンベール師団の兵士達。
ケンカ仲間だった、若い将校達。
「なんだよ。お前ら。俺がいなくなるのが、嬉しいか」
俺が憎まれ口をたたくと、やつらは、口々に、叫びやがった。
「若ハゲ准将、バンザイ!
「君の額の、永遠に輝かんことを!」
俺の目から熱いものがこぼれそうになった。
悪口を言われたからだ。
「帰ってきたくなったら、いつでも帰ってくるべ」
前の方で、しきりとアデューが、手を振っている。
「
集まった連中が、いっせいに歌い出しやがった。
「誰が帰ってくるかよ!」
振り返って、俺は叫んだ。
───・───・───・───・───・
※
なんか、オージュローをいい人に描き過ぎた気がします。
けれど、ドゼが、
ドゼが軍へ復帰できたのも、ボナパルトの「友情」によるものだとする説もあります。しかし、新制ドイツ軍の誕生は、9月の終わり、フリュクティドールのクーデターが治まったばかりの頃です。ドゼの軍務への復帰と、右翼指揮官への指名も、この頃でしょう。
この時期、ボナパルトはまだ、イタリアにいました。遠隔地から、パリでの(しかもよその軍の)人事に口を出すのは、難しかったと思います。ボナパルトは、カンポ・フォルミオの講和条約の準備で忙しかったでしょうし。
1ヶ月後、イギリス軍暫定第二指揮官へドゼを指名することで、初めて、ボナパルトが介入してくると考えた方が、妥当です。
サン=シルのローマ派遣までのドゼとオージュローの介入は、これは、全くの想像です。ドゼなら、サン=シルに全てを押し付けるような真似はしなかったと思うのです。(オージュロー軍とベルナドット軍の兵士たちの乱闘は本当で、サン=シルが鎮圧に行ったのも本当です)
パリへ行ったドゼは、出航準備の為、ローマに赴任します。ドゼがローマに着いたのは、サン=シル着任の1週間後のことでした。実際に、二人の友人が歓談しているのを目撃した人がいます。この辺りを、短編小説に組み込みました。
「正義か死か Vaincre ou mourir」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/268109487/803492079
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