第45話 泥長靴の主
オージュローに見つかってしまい、しぶしぶ俺は、カーテンの陰から出てきた。
「ドゼ。サン=シル。君らは、この臭気に慣れてしまっているかもしれんが、俺は、新参者なんでね。部屋に入ってすぐ、わかったぞ。この部屋のどこかに、ダヴーがいる、ってね」
オージュローは得意げだ。
「……」
呆れたように、サン=シル将軍は、俺を見ている。
「ダヴー。いつから、そこに?」
その場を和ませようとでもするかのように、ドゼ将軍が話しかけてきた。
「最初からです」
「立ち聞きかよ」
サン=シルは不愉快そうだ。
「聞かれて悪い話でもあるまい」
さすがはドゼ将軍、平然としている。
「それで、ダヴー。ドゼに何か用なのか?」
オージュローが問う。
「お前が話したがっているのが、サン=シルと俺じゃない、ってことだけは、わかってる」
「ダヴー、何か話でも?」
ドゼ将軍が問うた。穏やかな口調だ。
「連れてって下さい!」
意気込んで、俺は頼んだ。
「イギリス軍へ、俺も! 俺も、一緒に!」
「お前は、俺の話を聞いてなかったのか?」
オージュローが口を出す。呆れたようでもあり、むっとしているようでもある。
「ボナパルトは、ダメだ、って言ったろ?」
「冷酷で、兵士を死なせることを何とも思ってないって、話なら聞きました」
「なんだ。聞いてたのか」
つまらなそうに、オージュローは嘯いた。
それどころではない。俺は、必死だった。
「でも、俺がついていきたいのは、ドゼ将軍だ。ボナパルト将軍じゃない!」
すでに、2人の副官、ラップとサヴァリがドゼ将軍について、移籍することは決まっていた。しかし、俺については、何の辞令も出ていなかった。
このままでは、おいてけぼりを喰らう。ここに、取り残されてしまう! 水と泥以外、何もない、辺境極まりない河の
俺は、焦りまくっていた。
ドゼ将軍が首を傾げた。
「だが、君は、アンベールの交換将校だろう? 俺は、君をどうこうできる立場じゃない」
「アンベール将軍なら、わかってくれますう~」
この俺の、ドゼ将軍への想いを。
「だから、俺も、連れてって」
「ダヴー。君は……」
ドゼ将軍が、何かを言いかけた。
だが、彼は、それを、胸の裡に押しとどめてしまった。微かに、彼の逡巡を感じる。
俺にはわかった。
彼は、俺を、大変な目に遭わせたくないんだ。だって俺は、こんなに都会的センスあふれる、洗練された紳士だから! きっと、イギリスなどという、野蛮で卑しい相手との戦いは、無理だと思っているのだ。
ドゼ将軍は誤解している。俺は、ひ弱でも、軟弱でもない。
「それがどんなにひどい場所でも、どんなに過酷な環境であっても、平気です。あなたと一緒なら、何だって耐えてみせる。そして戦う! 力の限り! だから、俺も連れて行ってください!」
「後から恨むことになるぞ……」
ぼそりと、ドゼ将軍が口にした。
「何を!」
俺はいきり立った。
「あなたを恨むなんて! あり得ません。金輪際! 俺は、自分であなたを選んだんだ!」
「俺は別にいいぞ。イキのいい部下を一人、手放したって」
オージュローが口を挟んだ。
「立ち聞きするような、行儀の悪い奴はいらんなあ……」
にやにやしながら、サン=シルも言う。
「2人とも、押し付けてませんか?」
ドゼ将軍がため息を吐いた。くるりと背を向け、熱心に窓の外を眺め始めた。そこには、飽き飽きするほどの河の流れが、滔々と続いている。
「ドゼ将軍……」
頑なな背中に、語り掛けた。ともすれば意気地なく挫けそうな自分に、必死で檄を飛ばす。大丈夫。ドゼ将軍はわかってくれる。頑張れ、ダヴー。ディアースハイム出撃では、彼は俺を手元に残したではないか。
「俺は便利ですよ? ディアースハイム出撃の時だって、馬をいっぱい集めたでしょ。あ、牛か。得意です、ああいうの」
住民を脅して、物品を供出させるのとか。
「戦場でこそ、俺は真価を発揮できます。敵兵をたくさん、殺しますし」
趣味を兼ねて。
「兵士どもに言うことを聞かせるのも得意です。やつらは、俺の命令を、確実に順守します。だって、逆らったらどういう目に遭うか、よく知ってますからね! 上官だって、アンベール将軍をご覧になればわかるとおり……」
「わかった」
ドゼ将軍が遮った。
「だが、すぐには結論は出せない。少し時間をくれ」
「どれくらい?」
「数ヶ月」
「長い!」
「いやか?」
「いいえ。待ちます」
本当は、今すぐ答えが欲しかった。だが、ごり押しは危険だ。ドゼ将軍は、ナマズのように、するりと逃げるのが得意だから。それに、サン=シル将軍と違って、決して、言質を取らせない。
俺は、後日に希望を託すことにした。
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