第33話 イタリアへ



 7月19日。

 3ヶ月の療養を終え、歩けるようになったドゼ将軍は、イタリアへの旅に出かけることになった。

 スイスを経由し、パッサリアーノ(イタリア半島東の付け根)にいるボナパルト将軍の元へ向かうという。


 これは、軍の命令だった。モロー司令官の手紙を届ける任務を与えられたのだ。

 約束していたにもかかわらず、バイエルンとシュヴァーベンは、なかなか戦争拠出金を支払わない。そこで、イタリアの支配者ボナパルト将軍から、これらドイツの公国に、催促してみてくれ、という内容だ。


 つまりこれは、軍の命令だ。5年ぶりに和平が実現し、ライン河畔は、久しぶりの平和を謳歌していた。しばらくは戦争はないだろう。ドゼ将軍が留守でも、大丈夫。



 同行する副官には、レイが選ばれた。サヴァリとラップは、おいてけぼりだ。ざまあみろ。あ、俺もか。

 他に、下働きの従僕が一人、同行する。




 厩で待ち伏せしていると、ドゼ将軍一行が出てきた。三人とも、着古し、色の褪せたぼろぼろの私服に身を包んでいる。すれ違っても、これが、今、フランス全土で名高い英雄、ドゼ将軍だとは、誰も気がつかないだろう。


 見送りは不要だと、ドゼ将軍は言っていた。だが、俺は、見送りに来たわけじゃない。


「何か用か、ダヴー」


 レイの助けを借りて馬に乗り、ドゼ将軍が言った。

 この人は、背中に目がついているのか。


「ダヴー?」

ぎょっとしたようにレイが振り返る。その拍子に、ドゼ将軍が、馬から落ちそうになった。


「ダメじゃないか、レイ。ちゃんと介護しなくちゃ。将軍はまだ、完全には脚が治ってないんだぞ!」

「毎度毎度、誰のせいだ!」


「介護じゃない! 介添えだ!」


 馬上で身を立て直し、ドゼ将軍が割り込んだ。良かった。彼が、俺を見てくれた。

 さっそくアピールを始める。


「ドゼ将軍、馬の用意ならできてます。旅支度も万端です。俺も、連れてってください」


「ダメに決まってるじゃないか!」

あつかましくもレイが喚き散らす。

「お前は、お前だけは連れてけない」


「なぜ!?」

「だって、ボナパルト将軍の、第一印象が悪くなるだろ! お前なんかが一緒だったら!」


 ボナパルト? イタリアの将軍か。せっかく掴みかけたディアースハイムの勝利を、フイにしてくれたやつだ。まったく、変な時にオーストリアを負かしやがって。


「だったら、ボナパルト将軍に会いに行かれる時は、宿泊所でおとなしくしてますから。ねね、俺も、連れてってくださいよう」

「ダメ!」


「なんでお前が言うんだよ、レイ!」

「足手まといなの!」

「だから、宿泊所でおとなしくしてるって言ってるだろ!」

「ボナパルト将軍だけじゃない」

「どういうことだ?」


「お前がジャマだって、言ってるの!」

「ジャマ? なんで?」

「なんででも」

「誤魔化すな。理由を言え、理由を!」


「お前がいたら、女の子達が寄ってこないだろ!」

ついにレイが本音を出した。

「スイスもイタリアも、美女のメッカなんだぞ!」


 こほん。

 馬の上で、ドゼ将軍が咳払いをした。


「一緒に来ても構わないぞ、ダヴー」

「やったっ!」


 やっぱりドゼ将軍だ! 俺のことをよくわかっていなさる。異性を惹きつけるには、俺が一緒にいた方がいい。年配の女性に限るが。


「将軍!」

悲鳴のような声で、レイが抗議した。ドゼ将軍は、ひょいと首を竦めた。

「だが、従者を3人も連れて行く予算が下りなかった。旅の費用を、全額自腹で負担するなら、ついて来てもいいぞ」

「自腹……」


 さすがにそれは……。天才ダヴーにも、不可能というものがある……。


 「わかったか、ダヴー。お前は留守番だ」

レイが勝ち誇っている。


 「ううう、無念です」

俺は涙をぬぐった。

「ドゼ将軍、どうか、お気をつけて」


 晴れ晴れとした笑みを、ドゼ将軍が浮かべた。

「みんなと仲良くしてろよ、ダヴー。戦争がなくて暇だからって、ケンカをふっかけて歩くんじゃないぞ」


 なんだか楽しそうに馬の上から手を振って、ドゼ将軍は去っていった。







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