第31話 真逆の二面性
◇
「なぜそんなことを!」
レイの話を聞き終わり、俺は憤慨した。
王党派を逃がすとは! しかも、彼は無害だという、ライン軍将軍の証明書付きで。
レイは悲しそうな目をしている。
「お前は知らないのか。ドゼ将軍の兄弟と親族は、エミグレ軍にいる」
「何だって!?」
初めて聞いた。
「彼の親族で、革命政府の為に戦っているのは、ドゼ将軍と、母方の従兄の2人だけだ」
「……」
衝撃とともに、全てが、腑に落ちた気がした。
「ヴェグーの騎士」と、最初、ドゼ将軍は名乗った。すぐに、それがもう、必要ではなくなった、と付け加えた。
……「君は、何を知ってる?」
サン=シル将軍の、用心深そうな、目。
兄と弟と区別する為に、ドゼ将軍は、自らを「ヴェグー」と名乗った。だが、兄と弟は、エミグレとなり、「ヴェグー」を名乗る必要はなくなった……。
ドゼ将軍がなぜ、指揮官を徹底的に断るのかも、納得がいった。出自が貴族である上に、親族がエミグレなら、最初から色眼鏡で見られるに決まっている。目立たないに越したことはない。
「どうだ。ダヴー。お前、ドゼ将軍に対し、銃撃命令を出すか?」
レイが、デュムーリエの話を蒸し返す。
デュムーリエは、裏切り者だった。オーストリアに寝返り、
「ドゼ将軍の行為もまた、革命政府への裏切りだ。ダヴー。お前、ドゼ将軍を、
その時、俺が感じたのは、あの時、デュムーリエに対して感じたような、強い怒りではなかった。それは、痛みだった。恐らく、ドゼ将軍自身の。兄弟、親族で、敵味方に分かれて戦う、苦しみ。それが、直に伝わってきた気がする。
エミグレ軍のどこかに、自分の兄が、弟が、いるかもしれない。子どもの頃に遊んだ従兄弟が、叔父がいる隊列を、今、自分は、銃撃したかもしれない!
ドゼ将軍は、共和国を愛している。彼は、決して、国を裏切らない。
だから彼は、同じ血の流れる親族と、戦い続けなければならない……。
静かに、俺は頭を横に振った。
「この時代が、早く終わるといいな。この分断の時代が。同じフランス人同士、争わなくてもいい時代が、早く来るといい」
できたばかりの総裁政府にそれを求めるのは、早計だろうか。そして、王党派が、実権を握ることは、悪なのだろうか。正当な選挙で選ばれるのなら、国民の意志であるのなら、それは……。
「俺に、難しいことはわからん」
レイは肩を竦めた。
「だが、お前なら、理解してくれると思った。ドゼ将軍の気持ちを。だから、お前に話した。俺はもうすぐ、任期が終わる。今年の終わりには、故郷に帰ろうと思う。いいか、ダヴー。俺は、お前を選んだ。ラップでも、サヴァリでもなく。この意味、わかるか?」
正直、よくわからなかった。俺は今まで、個人的に、人から選ばれたことがない。
「仕方のない奴だな。お前は、いつもドゼ将軍を目で追っていた。戦場で」
「そうかな」
「そうだ。全く、気持ちの悪い奴だ。俺は、ドゼ将軍の副官だ。彼のそばにいる。だからわかったんだ。お前が、彼を見ている、と」
「そうだったっけ?」
そんなつもりはさらさらなかった。だが言われてみると、ドゼ将軍の動向を気にしていたのは確かだ。だから、彼が落馬した時も、狙撃された時も、真っ先に気がついたのだ。
俺は多分、彼のようになりたいのだと思う。でも、それは不可能だということも、はっきりとわかっていた。
だって、ドゼ将軍は、特別だ。たやすく真似できるわけがない。
「あのな、ダヴー。ドゼ将軍も、お前を見ていたよ。彼は常に、お前の動きを把握し、お前の実力を、最大限、引き出していた」
息が詰まった。
「ダヴー。副官は、諦めろ」
突然、レイが言い放った。長年の夢を否定され、俺はむくれた。
「何だよ、唐突に」
「成長しろ、ダヴー。副官じゃダメだ。ドゼ将軍にとって、かけがえのない、戦友となれ。それができる人間は、そうそうはいない」
「……」
難しい課題を突き付けられた気がした。
何と言っていいか全くわからず、途方に暮れた。
「ドゼ将軍には、従うだけじゃダメだ。彼を批判し、議論できるようでないと。なぜなら、彼には、二面性があるからだ。しかも真逆の」
「真逆の二面性?」
レイは頷いた。
「共和派であって、王党派。蓄財にはまるで興味がない一方で、元から持っている物は、藁しべ一本、減らしたがらない。限りなく高潔でありながら、同時に、際限もなく下劣。どちらも彼だ。俺達の、ドゼ将軍だ」
「俺達の……」
その言葉が、胸に沁みた。
「もうひとつ、言っておくことがある。彼の、母上のことだ」
ドゼ将軍は、休暇を取らない。もう、5年半も、母上に会っていないと言っていた。
5年半前。ちょうど、貴族の亡命が、最高潮に達した頃だ。俺のいた軍からも、たくさんの将校達が、軍を辞し、あるいはこっそりと、国外へ出ていった。
そして恐らく、ドゼ将軍の兄弟・親族も。
レイは、痛まし気に目を伏せた。
「彼の一族は、古くから、国王に忠誠を誓っている。戦える親族は、ほぼ全員、国を出た。国王の為に戦おうと誓い合って。だから……」
言葉を途切らせた。いっそう苦し気に、レイは続けた。
「母上にとって、国内に残った息子は、臆病者でしかなかった」
臆病者!
俺のドゼ将軍が!
誰よりも勇敢で、いつだって、軍の先頭で戦っている、あの軍神が!
たった今、レイは、ドゼ将軍には、真逆の二面性があると言った。勇敢の反対は、臆病だ。それだけは、決して、彼に当てはまらない。
「ドゼ将軍は、臆病ではない。決して!」
そんなことを言うやつがいたら、即座に俺は、決闘を申し込む。しかしそれは、彼の母親なのだ……、いったい俺は、どうしたらいい?
「彼ほど、臆病と縁遠い人間はいない。彼は、英雄だ」
レイが応じた。
「だがな、ダヴー。もし母上に、ルイーゼ・モンフォールのことを知られたら、どうする? モンフォール大尉は、革命前からの、一族の友人だ。彼もまた、一族の男たちと同様、王に従って国を出、勇敢に戦っている。その妻を、だ。よりによって残された
言いにくそうに言い澱む。
「……愛人にしている、と、知られてしまったら。国に残った、臆病者の息子が!」
ドゼ将軍の母上は、厳しい人だという……。
あの、ドゼ将軍の御母堂。
勇敢で高潔、無私極まりない彼の。
……厳しいお母様。
得体のしれない恐怖が、俺を襲った。たまらず、かたかたと俺は震えだした。
「そういうことだ、ダヴー。ルイーゼ・モンフォールのことは、口外するな。ドゼ将軍本人の前でも」
「ホテルの連中は、知っているぞ?」
震えながら、俺は憂えた。だが、レイは平然としている。
「ドゼ将軍は、彼らに好かれている。面白おかしく、噂を立てたりしない」
「俺は、メイドから聞いた。2スーで」
「2スー? 破格の安値じゃないか。ドゼ将軍の秘密を買う値段じゃない。お前は信用されたんだろうよ、ダヴー」
メイドの汚い掌を、俺は思い出した。そうか。信用されたのか。
「あのな、レイ。マルグリットって誰だ?」
「マルグリット?」
レイは眉を顰めた。
「聞いたことがないな」
「すまん。急に頭に浮かんだんだ。俺の従姉妹の名だった」
即座に誤魔化した。
マルグリット。
ドゼ将軍の、大切な人。
決して、手の届かない……。
その秘密を、俺は守り抜こうと思った。
というか、守るのは、彼の名誉だ。だって、ドゼ将軍、すでに彼女に、フラれているようだし。
だから、彼には、
ひとり、俺は頷いた。その時、呆れたように俺を見ているレイに気がついた。
「戦争がないからって、女遊びもいい加減しろよ、ダヴー。病気になるぞ」
「してないから!」
むっとして言い返した。
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