第31話 真逆の二面性




 「なぜそんなことを!」


 レイの話を聞き終わり、俺は憤慨した。

 王党派を逃がすとは! しかも、彼は無害だという、ライン軍将軍の証明書付きで。



 レイは悲しそうな目をしている。

「お前は知らないのか。ドゼ将軍の兄弟と親族は、エミグレ軍にいる」


「何だって!?」

初めて聞いた。


「彼の親族で、革命政府の為に戦っているのは、ドゼ将軍と、母方の従兄の2人だけだ」


「……」

 衝撃とともに、全てが、腑に落ちた気がした。



 「ヴェグーの騎士」と、最初、ドゼ将軍は名乗った。すぐに、それがもう、必要ではなくなった、と付け加えた。


 ……「君は、何を知ってる?」

 サン=シル将軍の、用心深そうな、目。


 兄と弟と区別する為に、ドゼ将軍は、自らを「ヴェグー」と名乗った。だが、兄と弟は、エミグレとなり、「ヴェグー」を名乗る必要はなくなった……。


 ドゼ将軍がなぜ、指揮官を徹底的に断るのかも、納得がいった。出自が貴族である上に、親族がエミグレなら、最初から色眼鏡で見られるに決まっている。目立たないに越したことはない。




 「どうだ。ダヴー。お前、ドゼ将軍に対し、銃撃命令を出すか?」

 レイが、デュムーリエの話を蒸し返す。


 デュムーリエは、裏切り者だった。オーストリアに寝返り、母国フランスに、敵軍を差し向けようとした。だから、俺は、部下に銃撃命令を下した。



「ドゼ将軍の行為もまた、革命政府への裏切りだ。ダヴー。お前、ドゼ将軍を、中央政府パリに突き出せるか?」



 その時、俺が感じたのは、あの時、デュムーリエに対して感じたような、強い怒りではなかった。それは、痛みだった。恐らく、ドゼ将軍自身の。兄弟、親族で、敵味方に分かれて戦う、苦しみ。それが、直に伝わってきた気がする。


 エミグレ軍のどこかに、自分の兄が、弟が、いるかもしれない。子どもの頃に遊んだ従兄弟が、叔父がいる隊列を、今、自分は、銃撃したかもしれない!


 ドゼ将軍は、共和国を愛している。彼は、決して、国を裏切らない。

 だから彼は、同じ血の流れる親族と、戦い続けなければならない……。




 静かに、俺は頭を横に振った。

「この時代が、早く終わるといいな。この分断の時代が。同じフランス人同士、争わなくてもいい時代が、早く来るといい」


 できたばかりの総裁政府にそれを求めるのは、早計だろうか。そして、王党派が、実権を握ることは、悪なのだろうか。正当な選挙で選ばれるのなら、国民の意志であるのなら、それは……。



 「俺に、難しいことはわからん」

レイは肩を竦めた。

「だが、お前なら、理解してくれると思った。ドゼ将軍の気持ちを。だから、お前に話した。俺はもうすぐ、任期が終わる。今年の終わりには、故郷に帰ろうと思う。いいか、ダヴー。俺は、お前を選んだ。ラップでも、サヴァリでもなく。この意味、わかるか?」


 正直、よくわからなかった。俺は今まで、個人的に、人から選ばれたことがない。


「仕方のない奴だな。お前は、いつもドゼ将軍を目で追っていた。戦場で」

「そうかな」

「そうだ。全く、気持ちの悪い奴だ。俺は、ドゼ将軍の副官だ。彼のそばにいる。だからわかったんだ。お前が、彼を見ている、と」

「そうだったっけ?」



 そんなつもりはさらさらなかった。だが言われてみると、ドゼ将軍の動向を気にしていたのは確かだ。だから、彼が落馬した時も、狙撃された時も、真っ先に気がついたのだ。

 俺は多分、彼のようになりたいのだと思う。でも、それは不可能だということも、はっきりとわかっていた。

 だって、ドゼ将軍は、特別だ。たやすく真似できるわけがない。



「あのな、ダヴー。ドゼ将軍も、お前を見ていたよ。彼は常に、お前の動きを把握し、お前の実力を、最大限、引き出していた」



 息が詰まった。



「ダヴー。副官は、諦めろ」

 突然、レイが言い放った。長年の夢を否定され、俺はむくれた。

「何だよ、唐突に」

「成長しろ、ダヴー。副官じゃダメだ。ドゼ将軍にとって、かけがえのない、戦友となれ。それができる人間は、そうそうはいない」

「……」


 難しい課題を突き付けられた気がした。

 何と言っていいか全くわからず、途方に暮れた。


「ドゼ将軍には、従うだけじゃダメだ。彼を批判し、議論できるようでないと。なぜなら、彼には、二面性があるからだ。しかも真逆の」


「真逆の二面性?」


 レイは頷いた。

「共和派であって、王党派。蓄財にはまるで興味がない一方で、元から持っている物は、藁しべ一本、減らしたがらない。限りなく高潔でありながら、同時に、際限もなく下劣。どちらも彼だ。俺達の、ドゼ将軍だ」


「俺達の……」

 その言葉が、胸に沁みた。



「もうひとつ、言っておくことがある。彼の、母上のことだ」


 ドゼ将軍は、休暇を取らない。もう、5年半も、母上に会っていないと言っていた。

 5年半前。ちょうど、貴族の亡命が、最高潮に達した頃だ。俺のいた軍からも、たくさんの将校達が、軍を辞し、あるいはこっそりと、国外へ出ていった。

 そして恐らく、ドゼ将軍の兄弟・親族も。



 レイは、痛まし気に目を伏せた。

「彼の一族は、古くから、国王に忠誠を誓っている。戦える親族は、ほぼ全員、国を出た。国王の為に戦おうと誓い合って。だから……」


 言葉を途切らせた。いっそう苦し気に、レイは続けた。

「母上にとって、国内に残った息子は、臆病者でしかなかった」


 臆病者!

 俺のドゼ将軍が!

 誰よりも勇敢で、いつだって、軍の先頭で戦っている、あの軍神が!


 たった今、レイは、ドゼ将軍には、真逆の二面性があると言った。勇敢の反対は、臆病だ。それだけは、決して、彼に当てはまらない。


「ドゼ将軍は、臆病ではない。決して!」

そんなことを言うやつがいたら、即座に俺は、決闘を申し込む。しかしそれは、彼の母親なのだ……、いったい俺は、どうしたらいい?


「彼ほど、臆病と縁遠い人間はいない。彼は、英雄だ」

レイが応じた。

「だがな、ダヴー。もし母上に、ルイーゼ・モンフォールのことを知られたら、どうする? モンフォール大尉は、革命前からの、一族の友人だ。彼もまた、一族の男たちと同様、王に従って国を出、戦っている。その妻を、だ。よりによって残された彼の妻ルイーゼ・モンフォールを……」


 言いにくそうに言い澱む。


「……愛人にしている、と、知られてしまったら。国に残った、が!」



 ドゼ将軍の母上は、厳しい人だという……。

 あの、ドゼ将軍の御母堂。

 勇敢で高潔、無私極まりない彼の。

 ……厳しいお母様。


 得体のしれない恐怖が、俺を襲った。たまらず、かたかたと俺は震えだした。



「そういうことだ、ダヴー。ルイーゼ・モンフォールのことは、口外するな。ドゼ将軍本人の前でも」


「ホテルの連中は、知っているぞ?」

 震えながら、俺は憂えた。だが、レイは平然としている。


「ドゼ将軍は、彼らに好かれている。面白おかしく、噂を立てたりしない」


「俺は、メイドから聞いた。2スーで」

「2スー? 破格の安値じゃないか。ドゼ将軍の秘密を買う値段じゃない。お前は信用されたんだろうよ、ダヴー」


 メイドの汚い掌を、俺は思い出した。そうか。信用されたのか。



「あのな、レイ。マルグリットって誰だ?」

「マルグリット?」

レイは眉を顰めた。

「聞いたことがないな」

「すまん。急に頭に浮かんだんだ。俺の従姉妹の名だった」


 即座に誤魔化した。

 マルグリット。

 ドゼ将軍の、大切な人。

 決して、手の届かない……。

 その秘密を、俺は守り抜こうと思った。

 というか、守るのは、彼の名誉だ。だって、ドゼ将軍、すでに彼女に、フラれているようだし。


 だから、彼には、愛人ルイーゼ・モンフォールが必要なんだ。たとえ、彼の母上が、真っ赤になって怒り狂おうとも。



 ひとり、俺は頷いた。その時、呆れたように俺を見ているレイに気がついた。

「戦争がないからって、女遊びもいい加減しろよ、ダヴー。病気になるぞ」

「してないから!」

むっとして言い返した。







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