第20話 白馬の王子
敵は、完全に油断していた。何の苦も無く、俺達はケールの砦を奪取、立て籠りを始めた。
ケールの要塞には、火薬や弾丸や食糧などの他に、木材や岩、瓦礫が、山のように積まれていた。
マンハイム陥落後、ドイツに遠征に出掛ける前に、ドゼ将軍が集めたという。
木材や瓦礫は、ケールの中洲に、障害物や砦を造るのに用いられた。
ドゼ将軍の周到さに、俺は、呆れ、そして、感心した。
オーストリアは、最初、静観の構えだった。確実に、敵のカール大公は、俺達の気迫に怖気づいていた。と、思う。泥だらけになって、土木工事に邁進する俺達に。
静かに、奴らは近づき、フランス軍を包囲した。
そして、ある日突然、爆撃を開始した。
「出陣だ!」
11月22日、特に大きな出撃があった。ライン軍1万2000が、ケールから出撃した。
マルソーの、ボーピュイの、去年の対オーストリア戦で死んでいった兵士たちの、弔い合戦だ。
俺にとってカール大公軍は、初めて戦う相手だ。だいたいにして、オーストリアの
遠くにちらりと見えた彼は、白馬に跨り、崖の上から、戦場を睥睨していた。
白い軍服、赤いズボン。空色のコートを羽織っている。
……まるで、白馬の王子じゃんかよ。
俺は、おおいに不快だった。
「イケメンに負けるな! ドゼ将軍を見習え!」
力いっぱい、檄を飛ばした。
俺の歩兵どもは、お互い、肩を組んで前進していった。隣の戦友が銃撃されると、すぐに、間を詰め、再び、前進していく。
頭を低く下げ、必要なら、革命歌を歌いながら。
彼らだって、仲間の多くを殺されているのだ。この落とし前は、つけてもらわねばならない。オーストリアの血を以って。
すぐそばを、敵の先発騎兵が切り込んできた。馬に乗ったあいつらは、高い位置から、俺の歩兵達を斬りつけようとしている。
「この野郎!」
俺は、駆け付け、乗っていた馬ごと、敵に体当たりを喰わした。
「俺の兵士を殺そうなんざ、百年、早えんだよ!」
逃げていく騎兵を、罵声を浴びせかけながら追いかける。
「待て! マルソーの仇だ! 殺す! 絶対、殺す!」
戦場に広がっていた敵味方の兵士達が、逃げ行く敵兵と俺の前に、道を開けた。まるでモーセが紅海を渡るときのように。前方で、恐怖にひきつった顔が、振り返った。
「逃げられると思うか! 殺してやる。待てーーーーっ!」
前を走る馬の、汗の匂いがするほどに、迫った。大きく剣を振り上る。マルソーの仇だ。死んでいったライン軍兵士らの!
後ろから袈裟懸けに斬りつけようとした。
「ダメだ! ダヴー!」
制止が入った。
ドゼ将軍だ。
黒衣の軍神ぶりは、今日も健在だった。
彼は手綱を引き、馬は前足を上げた。
「無駄に殺すな!」
凄い目で俺をひと睨みする。尻を浮かせ、馬の上に伏せ、彼は再び、前衛の先頭を走りだした。
「……だってよ!」
命拾いした敵兵に、俺は唾を吐きかけた。
「なるほど。あれは、惚れるな」
オーストリア兵が応えた。フランス語だった。
無言で俺は、そいつの頭を、銃の台尻でぶちのめした。
崖の上には、まだ、カール大公がいた。
その彼に、赤いズボンの将校が近づき、何ごとか、囁いた。
すると彼は、馬首をめぐらせ、やおら、崖を駆け下りてきた。自ら参戦するつもりだ。この混沌とした戦場に。
神聖ローマ皇帝の、弟だくせに。オーストリアの
だらけかけていた敵の傭兵どもが、みるみるうちに熱気を取り戻していくのがわかった。わが軍目掛けて、激しい攻撃を仕掛けてくる。
傭兵は、プロの軍人だ。一方で、フランス軍は、徴兵中心だ。つまり、元農民や工場労働者たち。軍は、ただひたすら、将校の若さと勇気、指導力だけで、一丸となっている。
本気になったプロの戦闘集団に、敵うわけがない。
「くそっ!」
俺の軍列が、みるみる切り崩されていく。俺の大事な兵士達が、たくさん、朱に染まって倒されている。
「傭兵どもがぁ~~~っ!」
敵の頸動脈を切り裂き、俺は叫んだ。噴き出す血潮の匂いと、俺の叫びが届いたのか。
前衛が、敵の本体へ切り込んでいく。先頭を走るのは、ドゼ将軍の葦毛だ。
続いてのいくつかは、まるで不連続のように、俺の目に移った。
全く何の前触れもなく、葦毛の腹から、血が噴き出した。悲しげな嘶き。それから馬は、横ざまに、どうと倒れた。
弾みで、ドゼ将軍が、弾き飛んだ。
「ドゼ将軍の馬が撃たれた!」
前方で叫び声が上がる。
「将軍!」
力の限り、俺は呼び掛けた。
「死んでる! 将軍の馬が殺された!」
「即死だ!」
しばらく、彼は、呆然としていた。自分が馬から落ちたことよりも、馬が死んだことのほうが、ショックのようだった。
副官が近寄り、強引に、彼を立たせた。
腕を引かれ、将軍は、よろめいた。顔を顰めたのがわかる。
目に見える傷はないようだ。だが、あれだけひどい落馬だったのだ。どこかにひどい挫傷を負ったのだろう。
「うぐぐ、くそっ! 俺のドゼ将軍に恥をかかせやがって!」
人前で落馬することのきまり悪さなら、俺にも経験がある。まして、ドゼ将軍は、愛馬の葦毛を殺されたのだ。その心痛は、いかばかりだろう。
さらに俺は、2~3人を斬り殺し、歩兵の前面に立って、攻撃を続け、……。
「引け、 引けーっ!」
撤退の合図だ。
もうあと10人は、個人的に殺したいところだった。が、仕方がない。俺は、歩兵どもの後方に回った。
追いかけてくるオーストリア兵との間に割り込み、立ち向かっていく。
「早く砦へ戻らんか!」
振り返り、走って逃げる歩兵どもの背に向かって、どやしつけた。
向こうに、同じように、歩兵たちの後方で、敵に向かって、サーベルを振り上げている将校がいた。
ドゼ将軍だった。いつの間にやら、代わりの馬に跨り、後衛を務めている。
さっきの落馬で、尻か腰か、どこかに、ひどい青あざができたのは間違いない。それなのに彼は、戦場から、最後の一人が撤退するまで、軍を援護し続けた。
その日。フランス軍は、3000人を失い、退却した。
───・───・───・───・───・
*1 逆茂木
木の枝を外に向くように並べて、敵を寄せ付けないようにする仕掛け
*敵将ですが、白馬の王子様・カール大公をご覧になりたい方。画像だけでも、ぜひ。(そもそも私の歴史物は、イケメン探しが目的でして)
https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-45.html
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