第16話 いつだって愛してくれる人




 遺憾なことに、その後、俺はオーストリアの捕虜になり、また、マルソーも北の陣営に移ったので、連絡が取れなくなってしまった。


 だが、戦地を潜り抜け、マルソーの手紙は、ジュリーに届いたようだ。

 今のうちに、妹にも、マルソーを勧めておこう。



「彼は、とてもいいやつだ。なんとかお前と会わせたいのだが、戦況が許さなくてな」


「無理しないで」

優しい妹は答えた。

「彼も、ご挨拶まで、って書いてたわよ」


「それは、あいつが内気だからだよ。本当にナイーヴなんだ。うちの家系にはないタイプでね、これは結婚において、大きな利点だと思う」


 俺は大いに、マルソーの長所をアピールしようとしたが、妹に遮られてしまった。口の達者な妹には、昔から敵わない。


「結婚ですって!? 誰が? 誰と?」

「だから、お前とマルソー」


 深いため息を、妹はついた。


「お兄ちゃんと親しく付き合える人って、ちょっと怖いから。精神異常かもしれないでしょ」

「怖いことなんかあるもんか」



 妹の不安を、俺は全否定してやった。

 でも、そうだな。マルソーは、鼻の下に髭なんて生やしているからな。臆病な妹は、怯えてしまうかもしれない。それは、最初だけだ。マルソーの優しさや繊細さに触れたら、ジュリーだって、きっと、大好きになる筈だ。



「精神だって、だいぶ、安定してるぞ。ロマンティックすぎて、時々寒気を感じるが」

「でもね、お兄ちゃん。彼、お兄ちゃんのことを、親友だ、なんて書いてるのよ。お兄ちゃんに友達なんてできるわけないのにね。まして親友が! マルソーさんは、ひどい嘘つきに違いないわ」



 マルソーの奴、ジュリーへの手紙にまで、俺のことを親友、って書いてくれたのか。なんていいやつなんだ!

 危うく、涙がこぼれそうになった。

 やはりどうしても、親族に取り込まなければ。妹の夫にしなければ!


 ジュリーに関して言えば、良く知らない男を疑ってかかるのはいいことだ。それが、女性の身を護ることになる。

 俺は、妹の賢明さに感心し、安心もした。



「大丈夫だ。マルソーはいいやつだ。嘘つきなんかじゃない。俺が保証するよ」

「だからよ……」

ジュリーが言いかけた時だ。


「ジュリーには、もうしばらく、私のそばにいてほしいものだわ。だって、あんたたち兄弟は、家から出て行って、ろくに帰ってこないんだもの」

 にこにこして俺達の話を聞いていた母が、口を出した。

「……母さん」


 それを言われると、痛い。国の為に命を賭して戦っているのだが、なかなか顔を見せないことを母からなじられると、俺は、二の句が継げない。


「でもまあ、私は、自分の子どもたちに満足しているわ。アレクサンドル(上の弟)も、もう中尉。亡くなった時のお父さんと同じ階級よ。そして、ニコラ、あなたは、准将。あなたたちは兄弟は、とても優秀だわ。これは絶対、私の血筋よ」


「そうだね、母さん。俺は、戦争でがんがん銃を撃って、サーベルをぶんぶん振り回して人を大勢こ、いや、手柄を立てたし」


「まあ!」

感心したように、母は叫んだ。すぐに付け足した。

「でも、危ないことはしないでね、ニコラ」

「わかってるよ」


 危ないことをしないでは、戦争になんてならないのだが。


「本当よ、お兄ちゃん。人を殺し過ぎるのは、よくないわ。敵から返り討ちに遇うから」

「ジュリー、お前まで、俺のことを心配してくれて……」


「とにかく、誓っておくれ、ニコラ。危なくなったら逃げるって」

 そんなことができるわけがない。

「だいじょうぶだよ、母さん。いつだって、どこへ行ったって、俺は必ず、生きて帰るから」



 母を安心させる為なら、何百万の嘘だって、俺は平気だ。それに、嘘を吐いているつもりは全くない。俺が、このダヴーが、戦場で死ぬわけがないからだ。

 ただ、母の想いに触れると、心が弱くなる。

 いつだって母は、俺のことを気にかけてくれる。妹も。世界中が敵に回っても、母と妹だけは、俺の味方だ。







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