2 麗しのラヴィエール
第13話 愛する二人の女性
もちろん、すぐに戦場に復帰することは許されなかった。陸軍から連絡があるまで、自宅待機をするよう、命じられた。
まっすぐに俺は、母の家のある、ラヴィエール(ブルゴーニュ地方)へ向かった。
実はこれは、3度目の自宅待機である。
最初は、革命の翌年。
俺のいた、シャンパーニュ王立連隊と、地元エスダンの衛兵隊が合わさって、合同隊になった。
王立隊は、貴族出身者ばかりだが、衛兵隊は、そうではない。だが、もはや貴族も庶民もない。みんな等しく、フランスの民だ。俺はこの話に大乗り気で、承認の書類にサインをした。
これに対し、元王立隊側には、不満を抱く者が多かった。彼らは、元衛兵隊の連中にひどい仕打ちをした。
身分による優越感に基づくいじめなど、到底許されることではない。俺は上官に抗議し、逮捕された。軍隊というのは、そういうところだ。
6週間ほど収監の後、釈放された。王制が崩れ、大臣が挿げ替えられたからだ。俺は、自宅待機の身となった。
2年弱ほど自宅にいる間に、世の中は、大きく動いた。オーストリアとプロイセンがピルニッツ宣言を出し、フランス革命政府は、オーストリアに、宣戦布告をした。
さあ、戦争だ。となれば、有能な俺を、実家に押し込めておく手はない。めでたく俺は、戦場に復帰した。
革命政府の期待通り、俺は、手柄を上げ続けた。コンデやブリュッセルでは、麾下の義勇兵たちと共に、勇敢に戦った。その傍ら、裏切り者のデュムーリエの、秘書と馬を捕まえ、これにより、俺は、大尉に昇進した。
その後も、血みどろの戦いを戦い続け、准将(旅団長)に昇格。西部地方へ派遣された。が、わずか1ヶ月後にパリへ呼び戻された。将軍(師団長)昇格の辞令が出ていた。同時に、古巣のベルギーとの国境へ戻るよう、命じられた。
前にも言ったように、俺は、この話を断った。なにしろ、恐怖政治の只中だ。ジャコバン議員がしつこくつきまとってくるし。
いうまでもなく、デュムーリエが、国を裏切りやがったせいだ(*1)。
もちろん俺は、ギロチンになど、かけられるわけにはいかない。優秀な人材が失われるわけだからな。そういうわけで、将軍になるには若すぎる(当時俺は22歳だった)、という、俺にしては珍しく当たり障りのない理由で、昇進を断った。赴任地も、両方。
でも、断ってよかったんだ。だって、将軍になんかなっていたら、ドゼ将軍は、決して、副官にしてくれない……。
戦場(しょくば)復帰から、1年9ヶ月後。俺は、再び、2度目の自宅待機の身になった。
この時は、大変なことが起きた。
前にちらっと話したが、母さんが逮捕されたのだ。
ある日、地方議会の行政官がやってきて、母を逮捕していった。容疑も何も言いやがらない。そんなことで、大事な母さんを渡せるわけがない。俺は、一行についていった。
母は、オセールの監獄に投獄された。近くに投宿し、なんとか、逮捕容疑を探り出した。エミグレ(*2)との通信容疑だという。その晩のうちに宿舎を抜け出し、実家のあるラヴィエールに帰った。妹のジュリーの助けを借り、往復書簡の束を探し出し、焼き捨てた。
俺の機転と、素晴らしい働きにより、母さんは釈放された。しかし、それからすぐに、母さんはまた、逮捕されてしまった。今度は俺も一緒だった。役人にしては、賢い判断だといえよう。俺は有能だからな。収監でもされない限り、騎士のごとく、母さんをさらいに行くことは、火を見るより明らかだ。
そういうわけで、俺達は再び、オセールへ連行され、投獄された。俺にとっても、2度目の投獄だ。
上官に楯突いてぶち込まれた前回と違って、今回は母さんも一緒だ。むしろ嬉しかったね、俺は。
オセールの監獄で3ヶ月ほど過ごした頃、テルミドールのクーデターが起きた。ロベスピエールは死んで、ジャコバン派は追い払われた。俺と母さんは、釈放された。
政権が代わり(新政府はまだ樹立されていなかったが)、俺は再び、軍務復帰を許された。懇願されたと言ってもよかろう。なにしろ、力量のある軍人だから、俺は。
すぐに、モーゼル軍右翼のアンベール将軍の下に配属され、ルクセンブルク包囲に参加した。俺の働きで、要塞が、陥落寸前まで追い込まれた頃、ライン方面へ向かうよう、命令が出た。ここまできたら、俺がいなくても、ルクセンブルクは陥落するからな。
そして、ドゼ将軍と、運命的な出会いを果たし、オーストリアの捕虜となり、ヴルムザーとの「名誉をかけた約束」のおかげで、今回、3回目の自宅待機、ってわけだ。
◇
花咲く玄関ポーチで、懐かしい母の姿を見た時、思わず涙ぐみそうになった。近くによると、懐かしい、母の匂いがする。
ほぼ1年ぶりの再会だ。俺と母は、しっかりと抱き合った。
「おかえり、ニコラ。無事でよかった」
「母さんこそ。リニレと別れてくれて、嬉しいよ」
リニレの名を聞いて、母は、嫌な顔をした。母が、20歳年下の法律家と結婚したのは、革命の次の年だ。俺が、最初の自宅待機で家にいた頃のことだ。
伯父ジャックを始め、一族は、大反対した。俺も、反対だった。母さんを取られるのが悔しかったからだ。
「あら、やきもち?」
母は笑ったものだ。
「彼のファーストネームは、ルイ。あなたと同じよ、ニコラ。いつだってあなたのことは、忘れたことがないわ。これからもね」
……というわけで、俺は、2人の結婚式に出席した。
幸いにも、この結婚は、すぐに破局した。
その後、不当に逮捕された母を救ったのは、俺だ。翌年、彼女に付き合って、一緒に収監されたのも、この俺。
母さんを救うのは、いつだって、俺。夫じゃない方の、ルイだ。
やっぱりルイは、息子に限るよ、母さん。
「アデレイドも元気よ。あなたが帰ってくることを知らせたのだけれど、彼女、来ないって」
母が言い、今度は俺が、嫌な顔になった。
仕方ないだろう?
4年前の、美しい夏。
俺は恋をした。21歳だった。
アデレイドも、もちろん、俺にベタ惚れだった。なにせ、当時から俺は、紅顔の美青年だったから。
やはり、最初の自宅待機の時の話だ。
彼女は俺より2歳年上だった。
結婚は、勢いだ。電光石火で俺達は結婚した。そして、それから半月もしないうちに、俺は、ベルギー方面へ配属になった。
優秀な俺は、数々の手柄を立てた。将軍昇格という話は、政府にしてみれば、ごく自然な賞賛の発露であろう。
だが俺は、この話を断わった。
2度目の自宅待機が決まった。
結婚してから、2年が経っていた。2年間、俺は、妻の顔を見ていない。妻も、さぞや俺に、会いたかろう。
まさに、背中から羽が生える思いで、飛ぶように帰ってくると……、
……アデレイドは、浮気していた。
もちろん、即座に離婚した。だが、俺は優しい男だ。離婚の理由は、「性格の不一致」とした。革命が、神を否定してくれて、本当に良かった。神が不在だったお陰で、あっさり離婚できた。
結婚は2年2ヶ月続いたけど、俺達が一緒に暮らしたのは、わずか1週間ほどの間だった。
そういうわけで、俺は、女が嫌いである。当分、女は、懲り懲りだ。
「わあ、おかえり、お兄ちゃん!」
楽し気な声がして、ふわふわした塊が飛びついてきた。
一つ下の妹、ジュリーだ。
俺は、胸がいっぱいになった。優しい、かわいい妹。
「ただいま、ジュリー」
「あ、お兄ちゃん、むぎゅってしないでね、臭いから。どうせまた、長いこと、お風呂に入ってないんでしょ」
お年頃で内気な妹は、兄に抱き着くことさえ、消極的なのだ。
だが、ジュリーももう、24歳。いつまでもネンネじゃいられない。ましてやうちは、没落貴族だ。父が早くに亡くなったから、資産は殆どない。早くこの妹を片付けなければ、後顧の憂いがあり過ぎて、俺は、戦場で死ねない。
いや、死ぬ気はないが。
「ジュリー、マルソーから手紙が来たか?」
「来たわよ、お兄ちゃん」
「彼のこと、どう思う?」
「……え?」
───・───・───・───・───・
*1
6話「月光と河と将軍と」参照
*2
ロシュフーコー家との文通
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