第226話 鎮魂歌+禁忌(3)

 自分の過去の言葉をゆっくりと引用する光。それを聞いた可憐の目尻には僅かに涙があった。



「どういう事よ……」



 目尻の涙を誤魔化すように可憐は普段の口調を意識しながら呟く。それを聞いた光は可憐に何度目かの美しすぎる儚い笑みを見せた。



「当時のぼくは、可憐にありがとうって言えなかった。気持ちを伝えようとした時には、既に可憐はぼくの前から消えていたからね。そこでぼくは契約者の事を知って、契約したんだよ」



 儚い笑みを見せながら、光は吹雪に向かって魔力を放つ。苦痛の表情を浮かべていた吹雪に追い打ちをかけるように当たった魔力は、吹雪を戦闘不能にするには充分すぎた。




「くっそ! 所詮ガブリエルのくせして……」


「……。ちょっと時間が無いから黙っていてくれるかな?」




 戦闘不能の吹雪に対し、光は張り付いた笑みを見せる。その笑みのまま、光は魔力で作った壁を一旦消すと、剣にその魔力を移行した。美しすぎる輝きを放ちながら剣先を吹雪に向ける。しかし、その直前に一人の契約者が現れ、ゴールドの魔力を灯した大剣を吹雪に向けた。



「ミカエル! 心配してたんだよ! もう身体は大丈夫?」



 契約違反の魔力を放ちながら光は猛を見る。先程までの威圧的な雰囲気は一瞬にして消え、普段の光に近い表情を見せていた。そんな光に対し、猛は大剣を吹雪に向けたまま視線を光へと向け、ゆっくりと口を開いた。



「遅くなった。ガブリエルのその魔力が俺にも当たって、回復出来た」



 光の魔力を見て、契約違反と察した猛はそのまま淡々と吹雪に近づく。突然現れた猛に皆の視線は光から猛へと移動した。



「今のルシファーなら裁けるな」



 立ち上がる事も不可能な吹雪を見た猛は、吹雪を見下すような目で軽く睨みつける。それを見た吹雪は舌打ちをして返した。



「ちっ。やれるもんならやってみろ。俺の肉体は未だに氷結地獄コキュートスにあるぞぉ? 南風吹雪この身体を裁いた所で、俺が消える訳ではねぇからなぁ!」



 動けない身体に対し、猛に向かって挑発的な笑みと言葉を投げる吹雪。それを聞いた猛の表情が変化する事は無かった。



南風吹雪今の兄さんが消え、氷結地獄コキュートスにまた閉じ込められる。それだけでも俺たち四大天使には充分すぎる平和だ」



 猛はそう言うと、ゴールドの魔力を纏わせた大剣を改めて構える。一度深呼吸をすると、吹雪が動けない事を確認し、視線を光へと向けた。



「今は目を伏せてやる。だが、兄さんルシフェル……ルシファーの裁きが終わったら、次は光だ」



 猛はそう光に言うと、視線を一瞬だけ可憐に向ける。しかし、それは誰にも知られる事は無かった。既に視線を吹雪へと戻している猛は、魂の解放であるゴールドの魔力を纏わせた大剣を大きく振り上げた。



「何度目か数えるのも馬鹿らしくなるくらいの別れの挨拶だな」



 猛はそう呟くと、吹雪に向かって一瞬だけ慈悲深い笑みを見せる。それを見た吹雪は猛を睨みつけた。



「その顔……いつかぶっ殺す」



 起き上がる体力も失っているが、吹雪は猛に向かって睨みつけ、暴言を放つ。猛はそんな吹雪に対して表情を変えることなく見つめていた。そして、大剣にゴールドの魔力を最大限に纏わせると、吹雪にだけ見えるよう、儚い笑みを浮かべながら大剣を大きく振り上げ、そのまま振り下ろした。



「さよなら……兄さん」



 猛は誰にも聞こえない声量でそう言うと、振り下ろした大剣が当たった吹雪が放つ悪魔としての魔力を自身の魔力を放ち、相殺する。すると、吹雪は声をあげることも無く猛の魔力に包まれ、光りとなり空へと消えた。



「終わったのね……」



 元クラスメイトの最期を見ていた可憐が安堵のため息と共に呟く。未だに、可憐達の目の前には、猛によって裁かれた吹雪の魔力が光りとなり空へ向かって消えるを繰り返していた。



「完全に終わったと言いたいが、南風みなみかぜ吹雪ふぶきと言う名の人間が消え、それと同時にその身体を使っていた兄さんサタンの魂が再度氷結地獄コキュートスへと閉じ込められただけだ。いくら裁きの大天使である俺でも、神に最も愛されていた魂そのものを完全に裁き、消す事は不可能だからな」



 可憐の言葉に裁きを終えた猛が振り返り、言葉を返す。既に彼の大剣からゴールドの魔力は消えていた。



「終わらせたくても終わらせる事が出来ない……。死という概念が存在しない契約者は大変ね」



 猛の大剣に視線を動かしながら話す可憐。彼女の脳裏には、夢で見た大天使ガブリエルとラファエルが愛し合い、別れる場面が浮かぶ。



「転生を繰り返し、人間の身体を借りてでも生き続けなければならない……。契約者は本当に大変なんだよ」



 二人の会話を聞いていた光が割り込むように口を開く。未だに彼からは契約違反故の魔力が溢れるように零れていた。



「……。光……記憶を取り戻した今、問わせてもらう。お前は契約者になった事を後悔しているのか?」



 魔力の溢れ具合を見ながら猛は光に視線を移す。猛の言葉を聞いた光は、美しすぎる儚い笑みを浮かべながら首を横に振った。



「いいや。後悔していないよ。大切な人にまた会えて、その人を守護まもる事が出来たからね」



 視線を猛から可憐へと移動させる光。今まで以上に慈悲深いその表情は、契約違反によって溢れ出る魔力と相まって美しすぎるものとなっていた。



「……。そうか」



 猛はそう短く返事をすると、一瞬だけ視線を可憐へと向ける。彼女の視線の先にはいつ裁かれてもおかしくない彼女の想い人がいた。



「南風吹雪という名の悪魔は裁かれ、消えた。つかの間の平穏だな。だが、この平穏がいつ消えるかは俺にも分からない。だから、俺は契約者となれる人間を探し続ける……」



 猛はそう言うと、ゴールドの魔力が消えていた大剣を再度強く握りしめる。一度深呼吸をすると、意識を大剣に集中させた。すると、大剣はゴールドの魔力を纏い、裁きの大天使ミカエルの武器としての輝きを放っていた。


 既に猛の表情は可憐の見慣れた一色いっしきたけるではなく、裁きを下す大天使ミカエルとなり、光を見ていた。そして、その大剣の剣先を光に向け、ゆっくりと口を開いた。



「さぁ、次はお前だガブリエル……いや、光明こうみひかる

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ContraCtor~願いを叶えて天使や悪魔になった少年少女の物語~ 坂梨 青 @bzaoiro

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