第二十一話 王都からの密使

「……それでは、ザキナとやらは生き延びてしまったのですな」

 王都からの密使は、アルムからの報告を聞いて低い声で言った。

「生き延びてしまった、とは、どういう意味かな」

 アルムは、密使を鋭い目で睨んで言った。草原が炎に包まれてから3日後の夜半である。


 アルムは内心、不機嫌であった。王都から密使が訪れたと連絡が入ったのは、すでに就寝の時刻であった。そこを叩き起こされての会見である。機嫌が良いはずもなかった。

 だが、それだけ急いで会見を要請されたということは、それだけこの密使がもたらす情報は、国にとって大きな懸案事項であると思って間違いなかった。よってアルムは、熱い茶を飲んで眠気を頭から吹き飛ばすと、気を殊更に引き留めてその場に立ったのであった。


「……言葉通りの意味でございますよ」

「つまり、ザキナが死んだほうが、国にとって都合が良かったと?」

 アルムは単刀直入に尋ねた。それに対して密使は薄らと顔に笑みを浮かべた。

「流石、アルム閣下。話が早く助かります」

「……俺を褒め称える暇があったら、話を進めよ」

「なかなか、閣下はせっかちではございますな」

「……貴殿は、無駄な問答を続けるために、俺をこんな夜半に寝台から引っ張り出したのか?」

 苛々とする気持ちを堪えながら、アルムは冷たい夜風が吹き込む天幕のなかで、密使を睨みつける。堅実剛健な軍人であるアルムは、こういった駆け引きめいた会話は、苦手この上なかった。


「話を戻すぞ。ザキナが死んでいたほうが我が国の為になる、その理由を俺に教えよ」

 密使はなおも、薄ら笑いをその顔に浮かべていたが、やがてその眼光を鋭く光らせ、言った。

「その理由は、国家機密で、ここでは、話せませぬ。ただ、閣下もあの女の持つ画力とやらは危険極まりないものであることは知っておりましょう」

「それは承知している」

「その危険性は、我が国の存亡に関わる性質のものなのです。いや、この世界の存亡にも影響する、と言った方が正確な表現といえましょう」

「……なにを大袈裟な」


 アルムは笑った。たしかにザキナの画力は危険極まりない。だがそれが国、ましては、世界を左右するものとは到底思えない。たかが、異能を持つひとりの少女ではないか。アルムは内心でそう呟いた。

「それがそうでもないのです。どのくらい危険かと言えば、ザキナの件について協力することで、ハエラ国と我が国は永久和平を結ぶことに合意が至りました」

「なに……?」

 アルムは驚いた。この一千年において、小競り合いから大規模な戦までが絶えず、この大陸の覇権を争い続けている敵国であるハエラと、よりによって、和平の儀を結ぶとは。思わず、アルムは身を乗り出さずにはいられなかった。


「それも、我が国からではなく、ハエラ国からの申し入れです。このまま協議がさらに進めば、交易面でも、我が国に有利な協定が結べること間違いございません。それほど、ハエラ国にとっても、ザキナの存在は抹殺すべきものなのです」

「……それ程のものなのか」

 アルムは息を飲まずにいられぬ思いで、密使の話に聞き入った。

「ザキナさえ亡き者にすれば、恒久平和が実現し、我が国の若人わこうども無為に死することがなくなります。その上、交易が栄えることで富が流れ込んでくれば、後世までにおいて我が国の繁栄は約束されたも当然です。……この機を逃さずにおられるでしょうか」

「ひとりの命を奪うことで叶う繁栄か……」

「国を想えばこそであります」

 アルムのいちばん痛いところを密使は突いてきた。しかしアルムは、抵抗するかのように、密使に問うた。

「だが、彼女の画力は、我が軍にとって、まだ有効なのではないか……? またハエラが、画力を有する者を擁して攻めてきたら……?」

「それは心配ありません。彼女と同じ力を有する者は、もはや彼女の他に存在しません。いや、つい先日までたったひとりおりましたが、その者は、3日前の戦において焼死しました。ザキナの目前で」

「……なるほど。そういうことだったか」


 アルムは呟いた。そしてその呟きが、彼の躊躇いを消した。

「そういうことなら、ザキナを抹殺することに俺も異議は持てない」

「はい、つまり、我が国にとって彼女は既に、用済みであり、寧ろ災いを呼び、幸いを遠ざける存在となった、ということであります」

 密使はアルムの答えに満足したとばかりに頷いた。

「その、国家機密とやらが、お偉い方から聞けぬまま、彼女を殺すのは忍びないが……それは俺の出世が足りなかったということで、仕方ない、納得しよう」

 アルムは自分の心に、示しを付けるようにそう言い放ち、密使からの命に従うことを決めた。


 ……だが、心中に浮かんで消えぬのは、旧友ドーズのことである。彼がこの決定に納得するはずはない。ドーズの性格からして、それは確信に近いことであった。


「……すまんな、お前のように俺は、優しくないんだ」

 密使の去った天幕の中でひとり、アルムは、そこにはおらぬ旧友に向かって、詫びるように囁いた。

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