第二十話 熱波の中を駆ける

 まるで何かが爆発したかのように、草原に火柱が上がり、その地平までもが赤く染る様を見て、ドーズは叫んだ。

「ザキナ!」

 熱い。熱風が押し寄せてくる。軍勢の隊列は途端に乱れ、馬たちが騒ぎ出す。兵士たちはそれを制御するのに必死になり、または後方に逃げ出す者もいる。その隙間をすり抜けて、ドーズは怯える馬の尻を叩くと、燃える風に逆らい、一気に前へ前へと馬で駆け出した。


「大尉! 危険です!」

「もう、あの炎では何人なにびととて、助かりません!」

 どこからから誰が、自分を引き留める声を上げたが、ドーズは構っていられなかった。

 あの炎のなかにザキナがいる。画力で起こした火であろうが、そのすさまじい熱さは自然の炎そのものだ。しかも、画力で具体化された自然は、時間を待たずに消え失せるのが通常だというのに、この炎は何かが違う。一向に失せる気配がない。


 この力を発動したのは、ザキナなのか? それとも敵か? いずれにしろ、ザキナがこの激しい炎のなかに居るのには間違いない。助けねば。ドーズはその一念で、馬を鞭打ち続ける。


 やがて、焦げ臭い匂いがドーズの鼻腔に満ちた。

 ……この耐え難い悪臭は、何度か戦場で嗅いだ事がある。人間が燃える匂いだ。

「ザキナ……!」

 ドーズの目の先には、ふたりの人間が倒れていた。一方の体は既に燃え尽きて炭化し、手前のもう一方はまだ人としての姿を保っている。位置からすれば手前の体がザキナのはずだ。

 ……彼は素早くその人体の指先に、己の銀筆が握られていることを目視する。そして、ドーズは炎の海のなかに馬を躍らせ、瞬時に下馬し、ザキナと思われるその身体を担ぎ上げた。そして、馬に再び飛び乗ると、今度は熱波に追われるように、もと来た方向に向かって駆け出した。


 ドーズとて無傷ではない。熱気に意識は遠くなりそうだし、身体のいくつもの箇所に火傷をしたことを全身を疼かせる感覚が告げる。それでもドーズは、力の限り、ザキナを抱いたまま馬を飛ばした。

 そして、もう少しで軍の最前列、というところまで来たとき、不意に身体を焼く耐え難い熱さが消え失せた。炎が跡形もなくその姿を消したのである。草原には禍々しく、草と地の燃えた跡が広がっていたが、そこからもはや熱は感じられない。


 ……画力が消えたか……!


 それがドーズの心を緩ませた。ドーズの火傷を負った手が手綱から離れ、ドーズはザキナを抱えたまま落馬した。激しい痛みが地面に激突したドーズの体を貫いたが、同時に自分の上に落ちたザキナの柔らかな身体の重みを感じて、彼女をも地面に激突させずに済んだようだ、よかった……と彼は思った。


 だがドーズはそう思ったことを、もはや反芻することはできなかった。意識が仄暗い闇の底に落ちていく。

 

 周囲から自分の名を口々に叫ぶ兵士らの声が聞こえたが、ドーズの意識からは、それも次第に遠ざかっていった。

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