第十六話 あなたに預ける

 夜も更けた馬小屋のなかである。半分壊れた天井からは、今は煌めく星が見える。藁の匂いが鼻をくすぐる狭い小屋の中で、カンテラの明かりのなか、ドーズとザキナは向かい合って座り込んでいる。


 ドーズはザキナの緑色の瞳に引き込まれそうになるのを堪えながら、淡々とザキナにアルムから下った指令を告げた。

「……ということだ。お前は、今後、我が軍に従軍してもらう。場合によっては、その画力で戦闘に協力してもらう」

 ザキナは感情を見せず、地面に広がる藁をいたずらに手で捩りながら、ドーズの話に聞き入っていたが、ドーズの話が途切れると、手を止めて、顔を上げた。

「もし断ったら……?」

「その場合は、いま、ここでお前を殺す」


 ドーズは厳しい面持ちで、これ以上なく残酷な言葉を吐いた。だが、自分の言葉が、現実的でないことをも同時に自覚してもいた。ザキナの画力は、ドーズの腕を遥かに凌駕するものなのは、もはや明確だ。ドーズとて、剣の腕は平均以上の優秀な軍人ではあるが、ザキナの力に敵う自信はもはや無い。ここでザキナの命を取ろうとすれば、殺されるのはドーズの方だろう。


 だが、ザキナの取った行動は、意外なものだった。ザキナはスカートのポケットから、ドーズが与えた銀筆を取り出した。ドーズは瞬時に目を瞑って、心の中で叫んだ。

 ……られる……!

 ところが、ザキナはいつまでたっても画力を発動させはしない。恐る恐るドーズが目を開けてみれば、目の前にザキナの手が差し出されており、その手のひらには銀筆が置かれている。


「大尉、これはあなたに預けるわ」

「ザキナ……」

「あなたから貰ったこの銀筆には、もう私の画力を発動させるに十分な力を有している。この銀筆を使えば、私は画力をいつでも発動できるわ、さっきみたいにね」

 さっき、と言われて、ドーズは村人の首を締め上げた蔓と、村人たちの断末魔を思い出し、瞬時に顔を顰めた。すると、そんなドーズの腕を取り、ザキナはそっと銀筆をその手に握らせた。


「だから、私がこれを始終持っているのは、大尉、あなたも不安でしょう。だからこれはあなたに預けておく。いざ、画力が必要なときになったら、私に手渡してちょうだい」

「……いいのか? ザキナ」

 ドーズは戸惑いながらも銀筆を受け取った。画力を発動できなければ、ザキナは普通のか弱い少女でしか無い。それは、いつ誰に命を奪われても、そしていつドーズに殺されてもおかしくないということでもある。 

 ドーズには分からなかった、ザキナの真意が。

 だが、ザキナは静かに頷いた。そして、こう一言呟くと藁の中に横たわった。

「……今日は疲れたわ。私、今夜はここで寝ることにするわね。……おやすみなさい、ドーズ大尉」

「ああ……」


 程なくしてザキナの寝息が、馬小屋のなかに響き始めた。ドーズはザキナの顔を覗き込む。栗色の髪の隙間より見えるその顔は、年相応のあどけない少女の寝顔だった。そして、手に置かれた銀筆を、軍服の懐にそっと差し入れると、自らもその場に身を横たえた。

 壊れた天井から差し込む星明かりが、ひときわ眩しい夜だった。

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