第十五話 延命の進言

 ドーズは再びアルムの天幕のなかにいた。先ほどと同じく、その空間には2人きりである。ドーズは村人との諍いの顛末を、あるがままにアルムに伝え終わったところであった。


「村人数人を、ひとたまりもなく一挙に殺せるのか……」

 アルムは低い声で呻いた。ザキナの画力の想像以上の力に、半ば呆れ、半ば恐怖を感じて、というような声音だった。一方、ドーズは無口だ。ドーズはザキナの画力による、一方的な殺戮を止められなかった自分に、怒りに近い感情を抱え、何も言えずに立ち尽くしている。いくら、女と、そして自らを助けようとしたとはいえ、あれは無意味な殺人だった。それをただ傍観するのみだった自分の無力さに、腹が立って仕方がなかった。


「思った以上に危険な少女だ……これ以上犠牲者を出すわけにはいかぬな……どうするべきか……」

 アルムが呟く。ドーズはアルムの次の言葉が怖かった。というのも、アルムが何を考えているかが、ある程度分かってしまっているからだ。なにせ十何年にも渡る親友だった彼である。この非常事態に、彼ならどんな思考を持つか……。それは……。


「殺すしかない」

「お前ならそう言うと思ったよ」

 そのアルムの言葉にドーズは淡々と答えた。そうだ、こいつは見かけ以上に、ここぞというときは冷徹な男なのだ……。それが俺との決定的な差だ。

 また、それを思い知らされるとは、皮肉以外の何者でもないな……。


 そう心の中で呟くと過去の追憶へと、心が飛んでいきそうになる。それをなんとか押しとどめて、ドーズは語を継いだ。

「だが。だ。確かにザキナは危険だが、今は敵にも彼女と同等の力を持った人物がいると推測される。もし、そいつがまたこの間の戦のときのように、水なり風なりの画力で攻撃してきたら、我が軍はまた窮地に陥るのではないか?」

 アルムは黙ってドーズの言葉に耳を傾けている。いつしかドーズは必死になってザキナの存在の有効性を訴えていた。

「だったら、ザキナに我が軍について貰えば良い。そうしたら、敵がまた画力を使った攻撃をしてきても、対処できるだろう。……そう考えると、今、ザキナを殺すのは得策ではないのではないだろうか」

「……ドーズ、お前がそんな策士だとは知らなかったな。つまりザキナを利用するために、今は生かしておこうと、そういうことだな」

「……そうだ」

 ドーズは声を低くして、アルムの言葉を受け止めた。アルムは顎を手に置いて、暫く考え込んでいたが、ぱん、と手を打つと、やや皮肉めいた笑いを浮かべた。

「よし、今回の件は不問としよう。そのかわり、ドーズ、ザキナによく言い含めろ。命惜しくば、今回のようなことがないようにということと、あと、我が軍に協力しろということをな」

「分かった」

 ドーズは短く答えた。

「ちなみに、戦に決着がつき、彼女を利用した後の命の保証はせぬぞ」

「それも分かっている」

「ほんとうにか?」

 アルムの鋭い眼光が探るようにドーズを射る。


「……」

 途端に無言となり視線を地面に落としたドーズを見て、アルムは言葉を爆ぜた。

「お前と俺の仲を甘く見るなよ。お前がザキナを利用した挙句に命をとることを、そうすんなり受け入れるような性格ではないのは、お見通しだ」


 カンテラの光が揺れる天幕の中で、ドーズのアルムの視線がぶつかり合う。耐えきれずに最初に視線を逸らしたのはドーズだった。

 そのまま、沈黙を保ったまま天幕を出ていこうとするドーズに、背後からアルムの声が飛ぶ。

「ドーズ、また同じことを繰り返すなよ」

 ……ドーズは、その声に振り返ることも、また、答えることも、しなかった。

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