第3話 エリザの丘で

 夕日がちょうど沈む頃、私たちはクリシタリア公国の首都ラウセウヌに到着した。

 軍の公用車を返却し、私服に着替えた後、私とイグナイトは街で腹を満たすことにする。

 あの激闘からはや数日、ようやく復帰したセナにあとのことは引き継ぎ、久しぶりの休日だ。


「まだ日が沈んでまもないのに随分と静かなのね」

「国王の膝下だからな。アヴァルケンと違ってお淑やかな街なんだ」

「イグナイトの故郷だっけ?」

「一応な」


 しかしまだ営業中のレストランはいくつかある。


「首都ならではの料理とかないの?」

「それだったらあそこの高地に見える白い小屋がおすすめだ。行くか?」

「是非」


 側から見れば私とイグナイトはどう見えるだろう。

 高身長でガタイも良く、若干赤みがかかったサラッとした髪をもつイグナイトと、スタイルもよく胸もそこそこあり整った顔つきの私とは理想のカップルとでも見られているのだろうか。


 残念だが両者ともにその気はない。


 私とイグナイトは学園時代はライバル関係にあった。

 と言っても最後まで首席の座を守ったのは私だったが、それでも切磋琢磨できる相手がいたことに私は感謝している。

 だからこそ兵士となってからは良コンビとして戦果も挙げられる。


 暖かい白熱電球に照らされた煉瓦造りの街並みは、普段過ごすアヴァルケンの街は対照的にとても目新しく見えて、周りを見渡すだけで飽きない。


 私たちは一言も言葉を紡がず、その小屋までついた。

 

「二名で、出来ればテラス席を」


 通された席からは首都を一望できた。

 

「綺麗ね」

「そうだろ、あの奥に見えるやつが国王の住まいだ」

「いつも下から見上げてたから大きく見えたけど、こうして見ると案外小さいのね」


 いつの間にか注文されていた料理が到着する。


「いい香り」

「だろ? 味も抜群だ」


 私たちが夜風にあたりながら暖かい郷土料理とワインを嗜んでいたところに、一人の男がやってきた。

 この国では珍しい銀髪を持ちながら、いかにもいかつそうなその男は私たちの卓の前で止まり、挨拶と同時に相席を尋ねた。


「構いませんよ、ジールさん」

「すまないな。普段ここでは見られないペアがいたもので、つい」


 ジールと呼ばれた彼は、首都ラウセウヌ直轄軍に所属する特務隊だ。


「パエリア、美味いだろ」

「パエリアって言うんですね、とてもおいしいです」

「ところでジール隊長、一体なんの御用で?」


 イグナイトの切り出しにジールは答える。


「用事はないさ。久しぶりに話したかっただけだ。最近はどうなんだ」

「俺はまぁフェリーとうまくやってますよ。この前もセナの尻拭いしてきましたし、順調ですよ」

「テイラ川の戦線は本当に危なかったようだな。こちらも崩壊した時の策はいろいろ練っていたのだが無駄になってよかった」

「テイラ川もですけど北東前線も大変そうです。例年よりかなり早い寒波のせいで海軍の調整が間に合ってないようですから」

「北東前線は確かシンシャの担当だったか」


「シンシャじゃちょっと不安ですね」

「不安だな」

「全くだ」


 一通り近況報告含む雑談がおわりお開きになろうとした時、思い出したようにジールが話し始めた。


「そういえば絶海奪還作戦の方、動きがあるみたいだぞ」


 50年前、オークランドがクリシタリア公国に対して唐突に行った宣戦布告。

 結果的に戦線は元の領土の境界で固定されたが、唯一取り戻せなかった領土がある。

 それがアーリエ島だ。

 以後、幾度となく奪還作戦が組まれたが、強固な要塞と大自然の壁に阻まれいずれも失敗に終わっている。

 ゆえにアーリエ島周辺の海域は、絶海と呼ばれているのだ。


 そして絶海の奪還は我々の悲願の一つでもある。


「絶海、アーリエ島を奪還すればこちらからオークランドへの直接攻撃が可能になる。そうすれば今まで門前払いだった和平の卓にあいつらを引きずり出せる」


 しかしイグナイトはどうも不服そうな顔を見せる。


「和平って、俺は少し納得できないですよ。確かに犠牲者数で見れば、戦争の規模に比べれば少ない方です。ですが何の理由もなく攻め込んで来といて、こちら側が譲歩する形はおかしいはずです」


 その言葉に私は違和感を強く感じた。

 前のイグナイトはこんな戦争は間違ってる、どんな手段を講じてでも早く終わらせなくてはというスタンスだったのに。


「確かに徹底抗戦と行きたい気持ちもわかる。それでもこちら側の持つ魔導技術の圧倒的優位が揺らいできているのも事実だ。『戦死率5%以下の戦場』という謳い文句とありったけの報奨金でいつまでこの軍隊、制度を維持できるのかは正直疑問だ。ならばやはり終われる時に終わらせるしかないだろう」


「そうですよ。オークランドが一体どんな手品を使ってるかわかりませんが、あいつらはクリシタリアの領土全てを掻っ攫う勢いで攻め込み続けているのですから、できる限り早く事を終わらせなくては」


 イグナイトはきっと理屈ではわかっているのだろう。どうやら何か複雑な事情でも抱えたのだろうか。


「いや、そうですけど……、すいません、話の腰を折って。先程おっしゃっていた絶海奪還作戦の動きというのは?」


「軍事同盟だ。極華連盟とフィラードとの共同作戦が立案されるそうだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そのキセキを忘れない 如月一 @lllllion9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ