第2話 反撃
魔術——それは常識では考えられない、キセキを起こすための技術。
故にそれは凡人の扱える領域にあらず。
だからこそ国を守るために魔術を極め、頭脳、肉体、精神、全ての面において他を寄せ付けない彼ら、彼女らを人は英雄と呼ぶ。
そしてそのような英雄にはそれぞれに相応しい特権が与えられる。
それは未だ人の域にあった英雄を、神に等しい存在までに近づける。
それは最早英雄と呼ぶのも恐れ多い。
人は尊敬の意を込めて、彼彼女等を神権代理者と呼ぶ。
*
もう一体何日ここで戦っているのだろう。
怪我をしては治され、怪我をしては治されを繰り返し、痛みにも慣れてしまった。
『戦死率5%以下の戦場』
そんなクリシタリア軍の謳い文句に騙されてのこのことやってきたここは、死という逃げを許さない生き地獄だった。
敗走する暇さえ与えられず、意味もないのに前へ弾を撃つ。
ああどうかお願いだ。どうか早急に私の誤った決断を罰してほしい。
目先の金に目をくらませ、命を捧げる意味すら考えなかったこの私に天罰を与えてほしい。
その時、私は天使か直々に私を迎えに来たのかと錯覚した。
いや、正確に錯覚だと気づいたのはこの激戦が終わり、後ろの医療テントで目覚めた時だ。
それほどまでに、彼女、セイジュ・フェリーの背中は神々しく、希望に満ちていた。
*
私は単身で前線を飛び出した。
それがそこらの兵士であればやぶれかぶれの決死の突撃にしかならないだろう。
早速、敵の無数の魔術弾が私めがけて放たれる。
だが全て、私の体にまでは届かない。
魔術障壁。
人が誰しも持つ、魔術障壁でさえ我々神権代理者と一兵卒では天と地の差の性能を誇る。
無論多少の無茶は必要だが、一才の魔術弾を受け付けない障壁をも纏うことができる。
瞬く間にテイラ川を渡り切る。
周りは面白いほど敵しかいない。
あっけに取られるやつ、怒りに身を振るわせるやつ、恐怖で顔がくすむやつ。
こんな無茶はそう長くは持たない。
敵の意表をつき、なおかつ私の持ちうる全力を用いて、相手の指揮系統をできる限り崩壊させる。
だがそれだけではダメだ。
この戦線が崩壊寸前にまで追いやられた原因を排除しなくては。
私は部隊長に教えられたポイントまで突っ込む。
そして丁度テイラ川から見えない丘下に、やはり術者がいた。
ここで私は小声で力強く呟いた。
「神権・スペルブレイク」
すると右手に、先程負傷兵を治療した際とは比べものにならないほどの魔力が集まり、それに比例して光の強さも段違いに強くなる。
男は応戦しようと銃を向ける。
ーーこれはまずい
私は咄嗟の回避で銃弾を避けた。
(やはり術者には保険で質量弾を持たせるか)
質量弾は魔術弾と異なる次元の存在だ。
ゆえに魔術障壁では防げない。
回避の後、腰にある小型の宝石のように美しいモノリスに触れる。
それを勢いよく引き伸ばすと、元の色とは正反対に全ての色を吸い尽くすような黒剣が現れた。
呼応するように男も腰から剣を出す。
剣が交わった。
「あなた、ヒーラーね。それも範囲内の人物全てに有効なヒーラーならば神権代理者の一人でしょうね。でもたかがヒーラーじゃあどう転んでも私には勝てないわよ」
剣で押し切り、崩れた隙を見逃さずにハンドガンで追撃しつつ再び距離を詰める。
だが男は余裕な表情で、そして唱えた。
「ルーン」
その瞬間、私は真横から大きな石をぶつけられたような攻撃を受ける。
たまらず数十メートル飛ばされる。
「確かにヒーラーじゃあどうしようもならないな。だがその攻撃面における弱さを放って置けるほど俺は楽観的じゃない」
跪いてよろめく私に男が間を詰める。
どうやらこの丘上は既に敵の兵士に囲われているらしい。
先程の反動で魔力の出力にも限界が近いため、逃げることはできないだろう。
そんなピンチでも私の勝機を消すには足らなかった。
「お生憎様ね。私も自分の守りの弱さを補わない愚か者ではないわ」
そう言い終わるとともに、光の矢がありえない軌道を描いて男に直撃した。
「ぐっ、一体どうやって!」
「ありがとさん、イグナイト。あとは私に任せてよ」
よろける体を奮い起こし、光輝く右手でその男に触れた。
同時に周囲に張り詰めていたあの異様な空気が溶けるのを、後ろから私を追いかけて攻め上がってきた兵士たちも感じただろう。
あっという間にクリシタリア軍はテイラ川を奪還したようだ。
男は心底悔しそうな顔を浮かべながら味方を連れて引いていく。
追撃の姿勢を私も見せたが、いかんせんとばしすぎた。
魔術弾を全て弾ける障壁なんか展開すればすぐに魔力はそこを尽きてしまう。
流石に今度ばかりは私でも無理そうだ。
「フェリー、ナイスファイト」
「イグナイト、ナイス命中」
「外すわけないだろ、お前のいる場所めがけて打ったんだから」
「そうよね、、、でも相変わらず気持ち悪い軌道だったわ。よくあんな曲がるわね。イグナイトが敵にいなくてよかったわ」
「フェリーの方が敵にいてほしくない。いくら凝った魔術を作っても触れるだけで壊すんだろ。おまけに神権だって解除されちまう。一瞬とはいえ全力のフェリーに当たった敵さんが可哀想だ」
私はクラクラして仕方がない体を一生懸命に動かしながら、元いた本部へと帰っていった。
それはもう、行きとは正反対の雰囲気で。
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