小雨、うぐいす、恋の音
テーマ:小雨、うぐいす、恋の音
冬の寒さが遠のき、春の兆候が現れてきた。
遠くから聞こえるウグイスの声。
梅の花が咲き、微かな香りが漂っている。
おじいちゃんの家のこの庭が、俺は好きだった。
田舎だからつまらないだろう、と言われるけれど、俺はここより落ち着く場所を知らない。
長期休暇に入っては、ここに入り浸っていた。
けれど、今日はあいにくの雨。
小雨がしとしと降り続き、梅の香りも届きはしないだろう。
それを残念に思いながら庭に向かうと。
そこには、知らない女性の姿があった。
雨が降っているにも関わらず、傘も差さないで。
花が咲き乱れる梅の木を、黙ってじっと見つめている。
……え。誰だこの人。
おじいちゃんの知り合いにしては若すぎる。見たところ20代と言ったところだろうか。
整った顔立ち。雨に濡れた長い黒髪に、するりとした生地の白いロングワンピースは肌に張り付いていて艶かしい。
嬉しそうな、どこか寂しそうな微笑みを浮かべて、ぼうっと梅を見上げている。
その姿につい、見蕩れてしまった。
「あら。貴方、お孫さんですか?」
不意に、彼女がこちらを見た。
鈴の鳴るような声。
言葉を返せずにいると、こちらに向き直った。
なんだか照れくさくて、思わず目を逸らした。
「あ、あの……どちら様ですか?」
「初めまして。私は……そうね。梅の精霊ですよ」
クスクスと、彼女が楽しそうに笑う。
美人だけど、変な人かもしれない。
なんだよ、梅の精霊って。
思わず目を向けると、イタズラな顔でこちらに歩いてきた。
「そんな顔をしないで。あなたのおじいさんと知り合いだから大丈夫」
「おじいちゃんの知り合いですか?」
「そう。俳句仲間なの」
雨に濡れた烏羽色の髪を耳に掻き上げ、覗き込むようにして体を折り曲げてこちらを見上げてくる。
胸元が見えそうで、ドキリとした。
「ねえ、貴方のお名前を教えてくれないかしら?」
その美しい笑顔に、俺は恋をした。
さぁさぁと降りしきる雨。それはさながら、恋の音に聞こえて。
掌編まとめ(810字以内の短編です) @kurohituzi_nove
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