38話 報酬/終わる戦闘、終わらぬ破局
「負傷者は医局へ、歩けない奴は運んでやれ!体力ある奴はついて来い!捨てて来た鎧拾いに行くぞ!」
「整備班は何処だ!そこか?殊洛様が呼んでる、支給通信機の修理を――」
「メシだ!欲しい奴は取りに来い!許可が出た、後でご馳走と酒も出してやれるぞ!」
疎らな雪は一時降りやみ、厚い雲の隙間から夕陽が数条、血と雪で紅白に染め上がった大地を染め上げている。
北部拠点の内部では、無事生き延びた兵士達が、片や忙しそうに駆け回り、あるいは疲れ切ったようにそこらに座り込んで……けれど全員の顔には一様に、安堵が見えた。
「フゥ……」
吸い込んだ紫煙を吐き出し、眼前を燻ぶらせるカーテン越しに、水連はその光景を眺めていた。
北部拠点内部。城壁の内側、その外れ当たり。
傍らには返り血に染まった青い鎧が立っていて、その横に胡坐をかいて、水連は漸く、一服して一息入れていた。
知性体を殺した後。水蓮たちはそのまま残党狩りと仲間の救援へと向かった。
再び竜の群れの中を突っ切り、どうも“亜修羅”とか言うらしいあの金色の鎧と合流して、それからまた雑魚狩りをして――。
同じタイミングで、扇奈が引き連れた最後尾の部隊が、あるいは殊洛の率いた主攻もまた攻勢に出て、そうなった後はどうにか大した被害を出す事無く、この北部拠点防衛作戦に勝利することが出来た。
最も、残党狩りでこちらが大した被害を出さなかった理由は、竜の行動にもあるのだが。
「…………なぁ、おっさん。アイツら、また逃げ出してたよな」
「ああ」
水蓮の言葉に、横にいる眼帯の英雄――鋼也は、腕を組み黒い鎧に背を預け、水連と同じようにどこかぼんやりと、生き残った兵士達を眺めながら、相槌を打ってくる。
「なんでだ?“富士ゲート”の時も、今も。なんでトカゲは撤退する?」
水蓮はそう問いを重ねた。
そう、残党狩りで被害が出なかった理由は、知性体が倒れて暫く経った後、残った竜の群れが撤退を始めたからだ。
散り散りに、いや、今回はちゃんとしんがりが追撃への妨害をした上で、きっちり退却を行っていた。
「……戦術的な敗北を理解しているなら、勝ち目のなくなった戦場から兵氏を逃がすのは理に適った行動だ」
「そこまで考えて知性体が動かしてるってのか?今いる竜の群れの大ボスが?」
「2回続けてとなると、そうとしか思えないな。補給線潰し、包囲、撤退、戦術的敗北の理解と兵力の温存、特異個体の兵器、兵科としての運用。戦略的な発想だ」
「知性体ってのはそこまで賢いのか?」
「体感だが、個体差がある。結局、最後まで生き残ってる奴には、それ相応の理由があるって事だろう。人間であれ、竜であれ」
「……なるほどね、」
そんな呟きと共に、水蓮はまた紫煙を吐き出す。
とにかく、この戦場で勝ったは勝ったが、まだ完全に終わったわけではない、という事だ。
そんな思考を脳裏に、目の前の兵士達の群れを眺める水蓮……。
と、だ。その視界に、やたら目立つ、派手な羽織の女が見えた。
こっちに用事でもあるのか、扇奈が歩み寄ってきている。
「姐さん!さっきは助かりました!」
「おう、」
「姐さん、カッコ良かったっス!」
「だろ?」
「姐さん、酒ちょろまかしてきました!」
「でかした!」
何やら歩む度に、やたら共和国軍の兵士――それもやたら屈強なヒトの兵士達に声を掛けられ、それに愛想を振りまきながら。
「……なんか信者増えてねえか?」
「また漢気でも見せたんじゃないのか?死んで棺桶になった鎧からヒト助けしたんだろ」
何所か暢気に、そんな言葉を交わした水蓮と鋼也を前に、さっき受け取った酒瓶を片手に、扇奈は立ち止まる。
「なに呆けてんだいあんたら」
「流石に疲れたんだよ。……やたら人気者になってんな、姐さん」
そんな言葉を投げた水蓮を前に、扇奈は手に持った酒瓶を軽く振りながら、言う。
「悪い事じゃないだろ?……働きの報酬さ」
悪びれる様子なくそう笑い掛け、それから扇奈は、どこか鋭い視線を鋼也に向けた。
「鋼也。……アイリスとは話したかい?」
「いや……まだ会ってないが」
「なら、来な。……あんたにとって大事な話があるよ」
扇奈はそう、鋼也に耳打ちし、それから水蓮に視線を向ける。
「よく生き残ったよ、水蓮。あんたは休んでな。……休めるうちに、ね」
そして、場所を変えるらしい。扇奈は鋼也を連れて、どこかへと歩み去っていく。
それを見送り、水蓮は呟いた。
「休めるうち、ね……」
含みのある言葉だし、事実、この先すぐに何かあるのだろう。それが何か、魔ではわからないが……。
鋼也を連れて行って、アイリス絡みとなると……思い浮かぶのは東部拠点、今東京と名乗っているその場所の出来事。
水蓮が不出来なキューピットのような事をやれと上官に命令された事だ。
(あのお人形様絡みか……?)
あるいは、ここで戦っている裏で、何かクーデター自体の状況が変わったりしたのか。
もし、桜花絡みなら、それを扇奈が自分で鋼也に伝えようとしている辺り、あの姐さんの心境も知らぬ間に変わってたりするのか。少なくともスイレンがキューピット役でパシらされる事はないらしい。
つらつら、そんな事を思い、煙草を地面でもみ消して、きっちり携帯灰皿に仕舞い、尚手持無沙汰でもう一本、水連は煙草を取り出す。
目の前では、兵士達が働いている。水蓮のFPAは動くし、何なら異能もあるから、作業を手伝うのが良いのだろうとは思うが……さっき声を掛けたら断られたのだ。
あんたは休んでてくれ、と。
……青い鎧の中身だろ、と。
「なんだかんだ一端になって来たみたいだよ。……多分な。お陰様で」
何所か他人事の様に、あるいは報告でもするように、吐き出した紫煙にそう呟き……。
そこで、だ。
何やら、水蓮の元に歩み寄ってくる集団があった。
オニの集団だ。誰も彼も知らない奴らで、周りのオニとどこか違っている。ほとんど全員女で、その中に数人混じっている男も、戦場で見慣れたオニと比べると、ずいぶん華奢に見える。
それに、服装も違う。オニは普通和装に袖を通しているが、その集団が身に着けているのは、もっとぴっちりした、そう……FPAのインナースーツだ。
そんな集団は、ずらりと取り囲むように水蓮の前に立ち、じろじろと水蓮を眺め、それから、その傍らの青い“夜汰々神”を眺めている。
「……なんだよ、」
何所か気圧されて、胡坐をかいたままそう呟いた水蓮を前に、その集団の内の一人が、問いを投げて来た。
「あんたが、これの中身?」
問いと共に指さしてるのは、水蓮の“夜汰々神”。
「ああ、」
それがどうかしたのか、と、水連が頷いた途端。
目の前が一気にやかましくなる。
「ほら、やっぱりイケメンだった」「え?そう?あ、でも可愛いかも」「まだ子供ね~」「……あらゆる意味で青い」「この子があんな働きを……」
「…………」
かつて感じた事のない圧と好奇の視線を前に、水蓮は妙なプレッシャーを覚えた。
いや、似たような圧は前感じたかもしれない。扇奈とアイリスの飲み会に引っ張られた時、似たような圧があった……。
とにかく、目の前でオニの女たちがワーキャー言っている……。
と、だ。
その集団の最中、苦笑気味な微笑みを浮かべていた一人のオニ――そのオニは男、あるいは少年の様に背が低くその中の誰より華奢に見える――が進み出て、水蓮を前に頭を下げる。
「驚かせてしまってしません、日下部水蓮伍長。ぜひ、ご挨拶にと、皆が言い出したモノで」
「あ、ああ……。で、あんたらは?」
「小金色の鎧を覚えていらっしゃるでしょう?」
そう言われて……漸く、水連は状況を理解した。
「……あの、“亜修羅”ってのの中身か」
「はい。貴官の武勇に救われた者です。ぜひ一言お礼をと、思いまして」
そのオニの少年の言葉に、その背後のオニの女達が一様に、首を縦に振る。
水蓮が助けた、“亜修羅”の中身。そう聞くと、確かに……華奢なのも納得できる。
オニとしてそう強くないから、FPAを使うことに抵抗が薄いのだろう。
しかし、“亜修羅”は殊洛の直掩に近い部隊だったはずだ。それが、ほとんど女性ばかりの部隊…………。
(……アイツ手慣れてそうだもんな)
余り面識はないが、桜花との謁見の際一度殊洛とは会った。その時の印象からすれば……妙に不思議ではないような気もしてくる。
そんな風に思いながら、水蓮は目の前の集団を眺め……と、だ。
その視線は、ぶしつけなモノだったのだろう。オニの女たちはどこかからかうように、口々に言い出す。
「好みはいた?」「ああ、その気になってる?」「恥ずかしがらないで良いのよ~?」「……お気に入りと今晩よろしく」「私はそれノらないからな?」
「…………」
やっぱり妙に圧が強い。そして、からかわれ始めている気がする。
そう、やはり気圧される水蓮を前に、少年のようなオニは苦笑する。
「すいません。年下とみるとからかわないと気が済まない人達でして……」
「い、いや……。なんか、あんたも大変そうだな」
そう言った水蓮を前に、そのオニの少年は何やら微妙な表情を浮かべて、苦笑する。
そして、そんな少年の背後で、オニの女達は言う。
「あれ、また勘違いされてない?」「
そんな声を背に、目の前の少年……いや、少年だと思い込んでいた彼女は、やはり苦笑していた。
「…………なんか、悪かった」
「いえ。良く事あるですので……。コホン、」
何所か遠い目をした後、殊陽とか言うらしい彼女は咳払いし、改めて言う。
「とにかく、おかげで助かりました。散って言った仲間に、勝利を報告することも出来ました。貴官の働きに感謝いたします」
そして、殊陽は――あるいはその背後のオニ達は、一斉に、敬礼を見せる。
それを前に、水連は咥えていた煙草をもみ消して、敬礼を返した。
「ああ。……役にたてたんなら良かったよ」
その水蓮の言葉に頷いて、殊陽とオニ達は、またやかましく歩き去っていく。
それを、水蓮は見送り……。
(散って行った仲間か……)
“亜修羅”――あの部隊は、もう少し大所帯だったはずだ。それがこの作戦でずいぶん減ったのかもしれない。
女ばかり生き残ってるのは……漢気見せた奴らでもいたのだろうか?
とにかく、仲間が死んだ直後に笑っている……いや、何も感じてない訳もないだろう。背負って先に進もうとしているのか。下手に引き摺って死んだら、それこそ先に逝った仲間に顔向けできない、か。
そう、青い目で見送る水蓮の耳に、また別の声が投げられた。
「随分人気者ね。鼻の下伸びてるわよ?」
その声に、視線を向ける。
いつから――と言うか、今やって来たのだろう。金髪の美女――アイリスが、傍らで腕を組み、青い目で水蓮を見下ろしていた。
それを横目に、水連は呟く。
「……たまには、良いだろ。報酬だってさ」
そうやって流した水蓮を、アイリスはどこか、不思議なモノを見るような目で眺め……やがて呟く。
「3日会わざれば、って奴かしら」
「また背、伸びたかもな」
そんな風に呟いて、それから水蓮は、アイリスを見上げる。
「……丁度良いや。あんたに用事がある。こないだの話……調べがついてんなら聞かせてくれよ」
なんの話か……青い目の美女は、すぐに理解したらしい。
「葵、って名前だったそうよ。苗字もわからないし、本名かどうかもわからないけど、葵って言う名前で通ってた」
「葵……」
それが水蓮の母親の名前、という事だろう。
聞かされても、ぴんとは来ない。もうずいぶん古い記憶過ぎて、結局、うまくは思い出せないのだろう。
だが、……思い出せなくても、知らなくても、聞いて、知って行けば良い。
「気立ての良い娘、だって。誰に聞いてもそう答えたそうよ。子供一人抱えて、どうにか食いつないで。最後は仕事に付き物の病で衰弱し、貧困もあって……」
アイリスの声を聞きながら、水連は煙草の箱を取り出し、掌の上のそれを眺めた。
特に意識することもなく、ひとりでにその箱は浮き上がり、軽くくるくると宙を舞う……。
「……やっぱりやめとく?」
聞いて嬉しい話じゃない。そう、水連が感じていると思ったのだろうか。
気遣いだろう、アイリスはそう問いを投げて来て……それに水蓮は首を横に振った。
「いや。聞かせてくれ。……知りたいんだ」
そんな水蓮を、アイリスは暫し眺め……やがて、話を続けた。
戦闘終了直後。
まだやかましく、傷が癒え切っている訳でもないその場所の隅で。
……何所か子守歌の様に、優しい声で、水蓮は自身のルーツに耳を傾けた。
*
共和国軍北部拠点中央――司令所。
竜の手によって設備類が死に、点灯していないモニター類の中一つ、応急処置で復旧された通信設備。
人払いを済ませたその場所、モニターの前で、東乃守殊洛は皮肉めいた声を投げた。
「駿河鋼也を送り付けてくるとはな」
『主義より実利を取った賢い選択だと、貴方もご理解いただけるかと。……貴方は共和国軍の首領です。失う訳にはいかない』
通信の相手はリチャード――現在、規模として実質的に共和国軍の主力となっているだろうその拠点を事実握っている、……殊洛からすれば黒幕の一人にも見えてくるハーフエルフの男、だ。
リチャードへ、殊洛は皮肉の様に言葉を投げる。
「私ではなく妹の方の心配だろう?」
「お言葉ですが、殊洛様。これで私は依然貴方の副官であるつもりです。即時に動かせるコストのかからない戦力が彼らだっただけです」
「良く言う……」
「……腹芸はもう良いでしょう。ここで割れていられる状況ではありません。二つ、火急の報告があります」
表情を変えず、冷静そのものの声音のままに、リチャードはそう言っている。
報告――その内容に、どうせどちらもろくなものではないだろうと当たりを付けながら、殊洛は問いを投げた。
「なんだ?」
「一つ。西部の竜最終拠点への索敵結果です。要塞化が進んでおります」
「……要塞?」
「ええ。効率的な防衛陣地とも言えるでしょう。砲撃種を込みにした陣形が確認されています。それも、現在も整備が進んでいる。……恐らく、北部拠点に注意と戦力を向けている間に、陣地を整えるのが竜の狙いだったかと」
「……完全に戦略的な行動、か。だから包囲はしても攻めはしなかった、と」
相手の知性体。恐らく、富士ゲートから逃げた奴が、今、竜の全権を握っている。
北部拠点を攻め、包囲し、けれどそのまま攻め落としはしなかったのは……それこそ戦略的な観点による、時間稼ぎだ。
立地的な条件で、人間側には北部拠点を無視する、そこを竜に与える選択肢はない。
北部拠点を取る為に動員、軍事行動を起こせば、それはそのまま別の場所に向ける戦力が減る、と言うことを意味する。
そうやって作った時間のうちに、本拠地である拠点を、人間に妨害されずに要塞化、防御を強固にする……。
「守りに入ったか」
「今のところは、です。竜のする事だ、何をしてくるか完全に予測することは難しいでしょう」
後手に回っている。と言うより、共和国軍として敵を作り過ぎた結果、対処に苦慮するようになっている、か。
……殊洛としても、織り込み済みで始めた行動とは言え、危ない橋が続くらしい。
今、敵は、竜だけではない。
そして、リチャードは報告が二つと言った。
「もう一つは?」
「この戦闘の間に、帝国軍が行動を開始しました」
それはそうだろう。自分が大和紫遠の立場でもそうする。戦争にルールはない。勝てば官軍だ、卑怯と指さされようが勝った奴が王になる。
陣営3つ、各々自分の都合で事故判断して動いているのだ。
西の果てでは、トカゲの王が陣地を作り。
そして、東の果てでは――。
「…………東京は既に、包囲されております」
――ヒトの王が、今にも妹を殺そうとしている。妹の掌の上で、踊った末に。
→ サイドストーリー 38話裏 内緒話/灯篭を挟んで
https://kakuyomu.jp/works/16816452218593368305/episodes/16816452221079419991
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます