37話 無双/蹂躙する英雄
共和国軍北部拠点。城壁に囲われたその基地を中心とする戦場のそこら中で、状況は塗り替わっていた。
南東部。北から移動してきた竜の群れに絡まれ、あるいは鎧を殺す閃光に呑まれ完全に機能を停止した、重武装のFPA――棺桶の群れ。
もはや死を待つだけだった彼らの元に、しかし救いの主は既に現れていた。
「さっさと鎧から出したげな!強制解放だ!鎧は捨てて良い!」
動きの止まった人形の群れ。絶望に呑まれそうになりながらも仲間を守ろうと銃を手にし、迫る竜の群れへと懸命に銃口を向ける生身の兵士達。
彼らの間を、声を投げ続けながら、紅羽織の女は駆けていく。
彼女の直掩だろう、明らかに他と練度と場数の違うオニ達も、各々隊列を組んだまま竜を撃ち殺し、友軍を救い背に庇い――。
――最前線に躍り出た紅羽織のオニは、太刀を抜き様、それを横薙ぎに振るう。
一閃――それによってトカゲが一匹切って捨てられ、降る雪、積もる雪を鮮血に染め溶かし、死骸となって崩れ落ちる。
そんなオブジェに、抜き身の太刀を手にしたままに、返り血で尚染まった紅羽織の女は一側で飛び乗り、友軍へと振り向いた。
扇奈の背後で竜の群れが突出してきた扇奈へと殺到してくる。
けれどそれを気に留める様子もなく、扇奈は堂々と声を張った。
「ビビるな、動け!仲間を救え!無駄死にさせるな!トカゲは気にしないで良い!」
そう声を投げる扇奈の背後で、竜の群れが目と鼻の先まで迫り――。
――直後、規則的な銃声の群れが、その怪物の濁流をせき止めた。
一歩遅れてその場――最前線まで辿り着いた扇奈の部下達が、扇奈の周囲で隊列を組み、効率よく、竜の群れに銃火を浴びせている。
そうやってせき止めた脅威に、尚も背を向け続けながら、扇奈は棺桶の群れ、あるいはその周囲で絶望に駆られていた兵士達に、また声を投げた。
「諦めるな!仲間を見捨てるな!戦える奴は前に出な!今更竜にビビるタマ無しはいないだろ!」
声を投げ続ける扇奈に、あるいはその部下達の働きに触発されてか、これまで思考停止でただ抗っていた個々の兵士達の間に連動が生まれ始める。
皆、ここまで前線で戦っていた兵士だ。乱れた指揮系統に一定の形が見えれば、各々、自分の役割をこなしだす。
経験豊富でイレギュラーに慣れた前線指揮官の登場で、死んでいた後方部隊は、息を吹き返し始める……。
*
戦域南部。北部拠点の城壁を背に、竜の群れへと強固に陣形を組んで抗っている生身の部隊。
その陣形の最奥で、適宜各所へと伝令を奔らせながら、東乃守殊洛は戦場を眺める。
(安定したか……)
竜の群れは依然、この生身の部隊へと迫り飲み込もうとしているが、けれどそれらを、陣形を構築し終わった共和国軍の兵士達は、ほぼ被害を出さずに捌き始めていた。
最初に混乱はあれど、誰しもキャリアを積んだ兵士だ。場慣れはしている。また、基本的に竜との戦争は攻撃、よりも防衛線の方が多い。
必要に迫られて当初は突撃、殲滅を目的としていたが、陣地を構築しての防御、となれば、兵士の経験は豊富だ。
更に、安定した要因は、この場の兵士や殊洛の構築した防衛陣地、だけではない。
援護射撃、だ。
背にした北部拠点。その城壁の上に、北部拠点に残っていたのだろう兵士達が集い、そこから銃撃で殊洛達の部隊を掩護してくれてもいる。
その中には、金髪の女――ハーフエルフの姿もある。
堂々と城壁の上に立つ彼女、その視線の先でありとあらゆるもの――大槍や鉄骨、崩れた城壁の一部だろうか巨大な瓦礫まで、様々な物体が宙に浮き、竜を潰し、えぐり、酷く暴力的かつ恐ろしく効率良く、敵を殲滅している――。
(……これではどちらが救援かわからんな)
そう自嘲し、それから、東乃守殊洛は思考する。
ここで耐えているとはいえ、無限に持つわけでもない。耐えていれば勝てると言う訳でもない。何か攻勢に出る手がないか……。
と、だ。そう思案する殊洛の耳に、不意に声が投げられた。
「殊洛様、」
呼びかけられた先――殊洛の傍に現れていたのは、白装束のオニ。伝令に、とアイリスの元へと奔らせたオニだ。
それが、下りて来たらしい。その用向きは、おそらく上でこちらを見下ろしているハーフエルフからの伝言だろう。
「要件は?」
「伝令です。英雄が来ているから耐えていれば戦況は上向くと。機を見たら逃すなと」
「……わかった、」
どこか渋い顔で、殊洛は頷いた。
(この期に及んで英雄頼みとはな……)
英雄、と言われて共和国軍、いや、大和全域で名が通る人物は一人だ。
その男を、殊洛は個人的に好ましく思っていなかった。
形ばかりとは言え婚約者の想い人――と、そう執着するほどの未練はあの魔女には微塵もないが、かといって諸々、殊洛からすれば目の上のたんこぶのような立場にいるのだ。
名の知れた英雄。ヒトの、英雄。プロパガンダ込みとは言えそう実績として名が通っているのはスルガコウヤだけであり、似たような英雄はオニにはいない。
そもそも、そういう個に頼らない軍勢、集団を作る事が殊洛の理想でもある。
突出して代替不可能な個に依存した戦線ではなく、安定して増強、保全可能な兵力を長期的視野で、と……それが、そもそも前線に立ち続けていた武官でありながら、頭上にあった組織が古すぎて自分が動いて改革を促さざるを得なくなった男の、政治的思想だ。
今回、英雄頼みになったのは、殊洛の責任だ。戦略を練り切る時間と余裕が足りなかった――いや。
良い椅子に座り過ぎて、鈍っていたのか。
ただ前線で。ただ敵だけを見て。ただただ切り続けていられれば、それはどれほど楽だったか……。
(今更だな、)
そう、自分の思考を切って捨て、殊洛は言う。
「全部隊に伝えろ。機は巡ってくる。その時まで耐え、然る後に攻勢に出る。今悪戯に命を捨てるな。蛮勇で勝利の美酒を呑み損ねる必要はない。……英雄が来ている、と」
*
その殊洛達の部隊から更に西。
――竜の群れの中、包囲され、けれど抗い続けている部隊があった。
“亜修羅”の群れだ。傷つき、次々と倒れていく金色の鎧。
この戦場で最も苛烈で地獄染みた状況に置かれているのが、彼らだ。
最前線を、竜の群れを突っ切って進む。そうやって突出した末包囲され、おまけに、砲撃種に度々狙われ、断末魔すらなく仲間が溶けていく――。
そしてそれに気を取られた隙に、迫っていたただの雑魚に背中から尾を、牙を、爪を――。
“亜修羅”の数は、当初の半分ほどまで減っただろうか。
そこまで被害を出しても、状況が好転する兆しはなく、むしろ弾薬や疲弊で、悪化し続けている――。
それでも大崩れはせず、徐々に被害が増えるだけに留めていたのは、練度と士気――殊洛への忠誠心のなせる技だ。
“亜修羅”を纏っている者のそのほとんどは、オニの割に、肉体的に強靭ではなかった者達。
それを理由にどう竜を憎んだとしても、戦場に出る事が叶わなかった者達。
それを殊洛に拾われ、帝国から流れた“夜汰鴉”で戦歴を、経験を積み、晴れて“亜修羅”を与えられた。
それを栄誉としている部隊、兵士達だ。
けれど、士気だけでどうにかなるような状況でもなく――。
――だから、その真綿で次々と順番に一人ずつ処刑されて行くような、そんな緩やかな処刑場の最中で、見えた希望は酷くわかりやすかった。
『おい、アレ』
生き残りの誰かが声を上げる。それに視線を向けた先――つい今しがたまで仲間を、あるいは次の瞬間には自分を溶かそうとしていた巨大な竜、砲撃種が、遠目に、その首を落とされているのが見えた。
青い鎧、としか見えない。位置として、“亜修羅”達の目に付いた希望がそれだった、と言う話。
首を落とした巨竜の死骸の上に立つ鎧。
その傍らには魔法か――あるいはそれこそ奇跡の様に、大きな斧が宙に浮いている。
竜の群れ、だけなら“亜修羅”達はここまで被害を受けなかった。砲撃が何より恐ろしく、群れに絡まれながらでは、対処のしようがなかった。
それが、排除されている――。
地獄の最中でわずかに見える希望。
それは、彼らを奮起させるには十分だった。
金色の鎧は動きの冴えを取り戻し、既に傷を負いながらも懸命に、竜の群れを狩り始める――。
*
オカシイ。
こんなはずじゃない。
戦場の西の端。直掩に護衛され続けながら、小柄な、半透明の竜――知性体、そう首を傾げた。
勝っていたはずだった。それこそ天啓のように創造主から、勝てる策を与えられたはずだった。
だと言うのに、気付くと、戦況が塗り替わっている。
一つの部隊の合流で、本来ならもう潰せていたはずだった敵の最後尾の棺桶の群れが、息を吹き返し始めている。
包囲しつつ徐々に削っていくはずだった生身の軍勢は、攻める度
焦って出てくるはずだった城の内部の人間達は、けれどその内部に固持されたままで。
突出して全滅させるのは時間の問題のはずだった金色の鎧たちは、けれどまだ生き延び、何なら遂数分前より動きが良くなっている。それが、倒される竜の数として、知性体には理解できる。
そうなった理由は?
砲撃種が減った事。
なんで?
そう思考すると同時に、知性体はまだ残っている砲撃種の視野で、状況を確認する。
そうやって眺めた砲撃種の視界。
そこに、――理不尽な存在が映っていた。
黒い鎧が突っ込んでくる――竜の群れを足蹴に、未来予知でもしていそうなほどの反応で、青白い閃光を躱し――。
――肉薄してきた黒い鎧、半人半鬼の黒い鎧は、砲撃種の眼前で太刀の柄に手を伸ばす。
次の瞬間。
その視野が途切れた。
殺された。やられた。アイツだ。アイツが悪い。アイツが酷い。アイツを殺さなければ、勝てるはずだったのに勝てなくなる。
そう、考え。短絡的に、生まれたばかりの知性体は部下を、兵士を、トカゲの群れを動かそうと仕掛けて――
――けれどそこで、知性体は気づいた。
あの黒い奴だけじゃない。
もう一体、この戦場に理不尽が落ちて来ていた。
そして、その、もう一体の理不尽は――。
知性体は見上げる。
雪が降ってくる曇天の空。
それを背に、高見に――宙に浮いた斧の上に立ち、こちらを見下ろしている奴がいる。
その、青い鎧――。
*
「…………見つけた、」
何所か獰猛に、昂ぶったかのような声で、水蓮は呟いた。
降る雪のカーテンの先、見えたその知性体は、見覚えのある形をしていた。
エンリを殺した奴と、同じ形。
狂う程怒る訳ではない。
復讐と、そう猛るのは筋違いだろう、別の個体だ。
だが……殺意を鋭くするには十分すぎる状況だ。
胸中の炎を蒼く染め上げるように、冷静に、同時に苛烈に、水連は眼下を睨み――
――雪の最中、宙にある大斧を蹴り、この戦場の西の果て、安全な場所で護衛に守られている知性体の元へと、直線的に突き進んでいく。
知性体の周囲の護衛は、どれも見覚えのある竜だ。
何十匹モノただの竜に、装甲化した奴が6匹。そして、黒い液状の体色の大柄な竜――強い上に自爆するそいつが、2匹。
一人では手に余るだろうか?
――いや、やれる。やってやる……。
若い蛮勇に近い思考だ。けれど、それを現実に変えられるだけの経験を、力を、冷静さを、水連はもう手に入れている。
青い鎧は獲物の元へと落下していく――その足元で、ひとりでに閃いた大斧が足場となり、落下の速度を緩めて行く。
何所か滑り落ちていくように、片足を大斧の刃に掛けたまま、水連はその群れ、知性体のいる群れへと、両手の20ミリを向け、トリガーを引いた。
水蓮より一足早く、弾丸の群れ、雨が雪を追い抜いて、竜の群れへと降り注いでいく――。
狙うのは、知性体、ではなく、その周囲にいる雑魚だ。
知性体とは戦ったことがある。遠くから狙っても、別の竜が身代わりになって知性体を守るだろう。
だからまず、最速で、殺せる奴を殺す――。
銃弾の雨が竜を血しぶきに変えていく。雑に狙ったフルオートだ。一射一殺とはいかない。何なら、殺し損ねた奴もいる。だが、無傷の雑魚はほとんどいない。死体と、羽を、腕をもがれてのたうち回るトカゲばかり。
雑魚はまだいこの戦域にうようよいる。無力化できたとしてこの一瞬だけだが、この一瞬で勝てば良いだけ。知性体を殺せば良いだけ――。
――血の沼の最中、青い鎧は着地する。その背後では大斧が追随し、踊り、空になった両手の弾倉は、ひとりでに外れ、血の沼に落ちる。
そうやって現れた水蓮を前に、竜は動いた。
一番奥にいる、半透明の小柄な竜。知性体。それは、現れた水蓮を見るなり、背を向けて駆け出していく。
(……逃げるのか?)
完全に知性体の護衛なのだろう。装甲化した竜6匹は、その知性体の動きに追随し――。
――水蓮の視野に黒い影が踊った。
「――ッ、」
反射的に身を屈める。そう、蹲るような姿勢を取った水蓮――青い“夜汰々神”の頭上を、他の竜とは比べ物にならない速さ、威力の尾が、鋭く薙ぎ払っていく。
黒い竜だ。他より強靭で、他より大きく他より素早く、挙句最後に自爆までしてくる奴。
2匹居たうちの1匹が、既に、水蓮の眼前に立ち塞がり――。
――退かれたその巨大な尾が、ノータイムで突き出される。
「クソ、」
横にステップを踏み、躱す――躱した真横を貫いた尾が、水蓮の右手にある20ミリを貫き、えぐり砕く。
だが、水連自体は無傷。
砕かれた刃を見ることなく、水連はその場に足を止め、空いた右手に、背後の予備弾倉を握り――。
三度。
巨大な尾が水蓮へと突き出される。
鋭く素早く、食らえば当然、FPAの装甲だろうと貫く巨大な刃。
それを前に、けれど水蓮は躱す事なくその場に棒立ちに、ただ、右手の弾倉を左手の20ミリへと押し込んだ。
ガン!と、金属がぶつかり合う音が、鳴り響き、火花が、水蓮の目の前で散る。
見えない腕に振り回された大斧。それが、側面から、迫っていた竜の尾を弾いたのだ。
双方の威力に押され、大斧は左手側に弾かれて行き。
突き出された尾は、水連のすぐ右横を通過していく。
そんな臨死を眼前に、けれど一切怯えた様子を見せず、水連は目の前にいる竜に、弾倉を交換したばかりの銃口を向けた。
「邪魔すんなよ、」
呟くとともに引き金が押し込まれ、フルオートでなくバーストで、3発放たれた弾丸が、攻撃直後で動きを止めた黒い竜、その巨大な目を貫いていく。
眼球を破壊し、その背後の脳を破壊し、そして後頭部から血がまき散らされ、黒井竜は、力なく倒れ込んだ。
――直後、液状にも見えるその身体が、僅かに輝き出す。
「……やっぱ自爆か?」
呟き、水蓮は背後に跳ぶ――跳んだ足元に大斧が待ち受け、そうやって宙に立った水蓮の眼下で、黒い竜、その死骸が弾ける。
あらかじめ知っていて、あらかじめ距離を取りその爆発を避けた水蓮。
青い鎧が眺めるのは、けれど倒した敵ではなく、倒すべき敵の方。
護衛を連れた知性体は、やはり逃げている。先ほどよりも距離が開いている。
取り逃がす事はないだろうが……あるいはこうやって足止めを食らい続ければ、手間取ることは間違いないし、手間取れば手間取っただけ、他の竜、雑魚の群れが絡みに来る可能性も高くなる。
さっさと追跡してさっさと処理したい。が――
爆ぜた黒い竜。その破片、爆発の最中、黒い影が水蓮へと寄ってきていた。
2匹目だ。2匹目の黒い、自爆する竜。
こいつを倒さなければ、知性体を追いかけるのは難しい。無視して進めば背中を狙われる羽目になる。
が、こいつと戦っている間に、知性体は更に距離を取るだろう。
(……こうやって考える時間が無駄か)
正面切って全部倒せば良い――出来るはずだ。
そう決め、水連は動き掛け……そこで、だ。
『スイレン。無視して良いぞ』
通信機からそんな、愛想の悪い声が聞こえて来た。
それに、水連は笑みをこぼし――。
「勲章はまた譲ってくれるってか、」
『欲しいと思ったことがないからな、』
そんな返答を聞きながら、大斧を蹴った。
―――真横へ、跳ねる。そんな勢いで地面を踏みしめた水蓮。その眼前、目と鼻の先には黒い竜の姿がある。
その動きを、水蓮は眺め、見極める。
姿勢は高い。重心が左寄り、右の爪がわずかに浮いている――。
水蓮は地を蹴った。左から、黒い竜の爪が、こちらへと薙ぎ払われる。
……予想通りのその攻撃。その上を跳ね、躱し、空ぶった竜の肩を蹴り、同時に飛来してきた大斧を、空いた右手に握りしめ――。
「……いつかの礼だ、おっさん」
黒い竜の背後へと着地すると同時に、右手の大斧を、黒い竜の尾へと振り下ろした。
その一撃で、黒い竜の尾が半ばで両断され、苦悶か、黒い竜は大きくのたうつ――。
――その末路を眺める気もなく、水連は左手に20ミリを、右手に大斧を持ち、駆け出した。
『助かった。避け方がわからなくて困ってたんだ、』
通信機越しに、英雄はそう軽口を返し、
「……すげえ嫌味だな」
呆れたように呟いて、水連は知性体を追いかける。
護衛と共に逃げていく竜――6匹居る直掩、装甲化した竜の内、2匹が足を止め、水連を向かい撃とうと振り向き――。
――振り向き切る前に、そのうちの一匹が、バーストで放たれた20ミリによって頭をミートソースに変えた。
それを確認するように、振り向いたうちのもう一匹が、真横を見る――
――その単眼に、疾走する青い鎧が映り、往き過ぎ、過ぎた直後にその竜の首は、大斧に狩られて吹き飛んでいく。
青い鎧は大斧を手に疾走する――。
ソレに追われた知性体の周囲で、4匹の竜――装甲化したそれらが動きを止め、青い理不尽へと挑みかかっていく。
一匹目が爪を振り上げる――振り上げたその爪が、腕が、けれど根本から銃弾に吹き飛ばされ、よろめき噴出されるその血のカーテンの向こうで、2匹目が姿勢低く、尾を突き出す。
――突き出されたその尾は、しかし、ほんの僅かに身を逸らした青い鎧の傍を通過するばかりで、そうやって簡単に見切り、躱した“夜汰々神”の右手には、いつ捨てたのか、大斧がなかった。
無手の右手が一匹目――羽をもがれてもだえる最中の竜の首を掴み取り、掴んだ直後FPAの膂力で振り回される。
振り回され、あるいは投げ飛ばされた竜――片翼を失ったそれが吹き飛んでいく先は、3匹目――迫る水蓮へ正面から突っ込んで来ようとしていた、装甲化した竜。
2匹はもんどり打つように転びその場に倒れ、その理不尽の真横に、尾を躱されたばかりの2匹目は、すぐ真横にいる青い鎧へ単眼を向け。
――けれど、その単眼に映り込んだのは、暗い暗い
左手側のトリガーが引かれる。零距離で放たれた20ミリが、それを覗き込んでいた竜の単眼を、頭部を吹き飛ばし、そんな光景を真横に、水連の頭上をひとりでに動く大斧が通過し、振り下ろされる。
もんどり打って倒れた2匹。それをまとめて、大斧は貫き、地面に縫い付けオブジェに変え――と思えばひとりでに浮き上がり、その場に鮮血の雨を降らせる。
返り血で青い塗装を真っ赤に塗り替えていく“夜汰々神”。
一瞬で同種を3匹、仕留められた最後の一匹。4匹目の装甲化した竜は、どこか遮二無二、自棄を起こしているかのように見える様そうで、大口を開けて正面から、水連へと迫って来た。
――それを、返り血に染まった青い戦神は、ただ、眺めただけだった。
ただ眺めただけで、その意に沿った大斧が、勝手に閃き、護衛の内の最期の一匹、その首を刎ね飛ばす。
どさりと、首を失った竜が倒れ――その向こうには、小柄な半透明の竜が居た。
知性が、ある。
理解できてしまえる。
――それがこの瞬間、身をすくませ水蓮を見上げるその知性体になった竜には、呪いだった。
単眼は見る。理不尽な脅威を。ただただ冷徹な鎧を。
返り血に染まった、青い怪物を。
「悪い、とは思わねえよ」
呟き、水連は銃口を持ち上げた。
「……おあいこだ」
その声の直後、銃声が響き、――頭部を失った知性体が、崩れる。
それを前に、水連は特にその、倒した敵を観察しようと言う気もなく、あるいは勲章だなんだ今更喜ぶ訳もなく……。
すぐさま背後を向き、仲間の状況を確認した。
黒い竜は、視界にいない。もう、倒したんだろう。爆発の跡が二つに増えているだけ。
そして、そうやって振り向いた水蓮の横に、黒い鎧が着地した。
当然、無事らしい英雄を横に、水連は呟く。
「で、おっさん。次はどうするよ?」
『雑魚狩り、ついでに孤立してる金色の鎧を回収、だな。終わってないぞ。油断するな』
「わかってるよ、」
呟き、水連は再び戦場へと動き出した。
敵――竜の群れ。まだまだ相当数残っている、ただの雑魚たち。
彼らにもはや思考はなく、ただ手近な獲物へと直線的に襲い掛かってくるばかり。
反抗期と甲斐性無し、戦場では無類の理不尽は、疎らな雪の地獄の片隅で、残党狩りへと動き出した――。
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