36話 英雄/甲斐性無しと反抗期

 雪の下。

 地面が、蠢いている。波打つように鱗が尾が爪が羽が地面を覆い隠し――

 ――そんな地面が急速に、加速度的に、近づいてくる。


「あ~、二度とやらねえ……」


 そう難く誓いながら、水蓮は地面へと落下していた。


 FPAの衝撃吸収機能を十全かつ完璧に使えば、一応、そう……は、着地できるのだろう。振り返ればだいぶ前、英雄が荷物と一緒に落ちて来た時の様に。


 が、その時とは違って眼下はただの地面ではなく竜の群れ。

 それこそ馬鹿みたいに餌になりに来る水蓮を、足元の竜達が見上げて来て――。

 

 ――ふと、悪寒が、直感が、水連の背筋を奔り抜けた。


 生きてくださいと願掛けされた、直感。長く戦場で孤立し長く乱戦で生き延びて来た結果無意識に磨かれていた周辺視野と機器察知、未来予測能力。


 視界の隅に、獲物――砲撃種青白デブが見えて、竜の群れの向こうにいるそいつが、青白く輝く大口を、自由落下する水蓮へと向けている――。


「マジか、」


 空中にいては、身の躱しようがない。やたらカッコつけた挙句、地面に付く前に死ぬ。


(そもそも、乱戦中に降下作戦しようってのがおかしいんだろ……)


 何所か呆れたような――そんな確かな冷静さを脳裏に、水蓮は宙で動いた。

 握っていたハルバート――その巨大な刃を踏み、異能を使う。


 ハルバートを浮かせる――そんなイメージの通りに、足の下の空中で、ハルバートは静止した。それに伴い、水蓮――“夜汰々神”もまた、宙に立つ。


 その、直後、

「よっ、と、」


 軽い掛け声とともに、水連はハルバートを蹴り、真横へと跳ねた――。

 ――跳ねた水蓮の傍、ついさっきまで水蓮が静止していたその場所を、青白い閃光が奔り抜けていく。


 そうやって躱し、また自由落下に入りつつ、今蹴り飛ばして離れていく大斧をこちらへと異能で引き寄せながら――


 ――青い目で眺めるのは、遠くの獲物青白デブ

 また輝き始めているが、けれどすぐさま閃光が飛んでくることはなさそうだ。


(……インターバルがあるんだよな。じゃあ、まず……)


 自由落下の最中、水連は頭上へと開いた手を伸ばす――そこへと飛んできた大斧がスイレンの手に握られ、直後、空中に突き刺さったかのように、静止した。


(……マジで便利だな、)


 自分の力に今更そんな感想を漏らし、青い鎧は宙に突き刺さった大斧に片手でぶら下がり、逆の手の20ミリを、足元へと向ける。


 ――その先には、落ちてくる水蓮を食い殺そうと、這い寄ってくる竜の集団。そこへと、躊躇いなく、水連はフルオートで弾丸を放ち――。


 ダダダダダダダダ――。

 文字通りの銃弾の雨が、眼下の怪物の絨毯を、真っ赤な血の沼へと変えていく。

 そうやって、たった今無理やり作った安全な着地地点。


 と、だ。その血の沼に、水連より先に踏み込んでくる奴がいた。


 黒い鎧だ。飛行中の輸送機からバラバラに飛び降りたせいで着地地点がずれていた英雄が、合流して来たらしい。


 血の沼の中、単発で的確に周囲の竜を討ち殺して生きながら、“夜汰鴉”――鋼也は言う。


『……いつまでぶら下がってる気だ』

「いや、すげぇってこれ。もしかして俺、練習したら空飛べんじゃね?」

『それは良かったな。下りて来い』


 そっけなく言い捨てた英雄を眼下に、水蓮はハルバートから手を離し、血の海へと着地する。


 同時に、開けた手でもう一門の20ミリを手に取り、両手でそれを握り――。

 ――武装を変えた水蓮の背後で、血の沼が、竜の残骸が踏み抜かれ、僅かにさざ波が立った。


『後ろだ』

「知ってる、」


 振り向きもせず答えた水蓮。その背後で大口を開き、今にも噛みつこうと迫っていたトカゲが、それこそギロチンの様に、空から勢いよく振り落ちて来た大斧によって、首を両断された。


 大口を開けたままの竜の頭部が血の沼へと転がり、背後で首を失った竜から真っ赤な噴水が上がる――。


 それを背に、ひとりでに浮き上がった血の付いた大斧を背後で遊ばせながら、水蓮は言った。


「な。便利だろ?」

『……確かに。サーカスで一儲け出来そうだな』

「ソレ、あんたが言うのか?空中落下自殺芸で、」


 軽口を叩き合いながら――水蓮と鋼也は、その瞬間同時に地を蹴った。

 両側に大きく距離を取った、“夜汰鴉”と“夜汰々神”。


 ――その二人の間を、一条の、青白い閃光が奔り抜けた。


 先ほど、水連を狙って来た砲撃種からの攻撃だ。射線上に同胞、竜の群れがいることも構わず、地面を、先ほどまで足の下にしていた血の沼を薙ぎ払い焼き払い蒸発させる――。


 それを横に、竜の頭上で静止させた大斧の上に着地し、両手の20ミリを足元に向けながら、水蓮は砲撃を放ってきた青白デブを見て、それから視線を鋼也に向ける。


 こうして真上に立って安全圏から竜を殺せる水蓮と違い、鋼也は一々竜の群れに突っ込む羽目になるが――。

 ――目にしたのは神業だ。


 竜を足蹴に、跳ね、撃って、竜に包囲されきる前に躱し、躱している最中に20ミリを、あるいは玩具バンカーランチャーを放ち、何なら放った杭を再装填したりしながら、一切傷を負わず立ち回っている。


 反応速度、射撃速度、精度、そもそもの身のこなしが、およそ人間とは思えない。


「……曲芸で金取れるだろ、ソレ」

『好きでやってる訳じゃない。……まずアイツだ。誰にゲロぶちまけようとしたかわからせるぞ』

「おお?何だよ、おっさん。テンション上がって来たか?」


 そう軽口を叩きながら、さっき撃ってきた砲撃種――青白デブへ向けて、水連は宙にあるハルバートを蹴った。


 向こうでは、竜の群れの上を、竜を足蹴にしながら、同じ標的へ向けて英雄が突き進んでいる――。


 ――それを横目に、水蓮は眼下、夥しい竜の絨毯へと、落下しながら弾幕をぶちまけた。

 水蓮には流石に、鋼也と同じレベルで動く事は出来ない。動きながらの射撃も、あの英雄がオカシイだけで、マネできるモノではない。


 だが、英雄と一緒に地獄へ特攻する以上、ある程度近い進軍、殲滅速度を得る必要がある。


 そう考えた結果が、ハルバートを足場にする事と――。

 ――20ミリ2丁だ。


 ダダダダダダダダダダ――雑に狙って数の暴力で圧倒する。そんな弾幕が、着地地点の竜を薙ぎ払い、血の沼を作り出す。

 その血の沼へと、水連は着地した。


 着地と同時に、異能によって、空になった20ミリの弾倉が捨てられ、異能によって、背後に背負えるだけ背負って来た弾倉が、勝手に装填されて行く――。


 そうやって両手を埋めたままリロードする水蓮の眼前で、竜が一匹、駆け寄ってきた。


 さっきの雑な狙いの弾幕をうまい事生き延びたらしい。嬉しそうに、牙を剥き出し、じゃれつくように血の沼を爪で踏みしめて、よだれを垂らして駆け寄ってくるトカゲ――。


 だが、

「お座り、」


 呟いた水蓮の眼前で、背後から飛来した大斧が、竜の頭を抉り潰し、強制的に血の沼へとしゃがみ込ませる。


 そうやって動かなくなった竜――その頭に、いや、頭を貫通し地面に突き刺さった大斧の柄に、水連は飛び乗り、また、跳ねた。


 ……跳ねた青い鎧を追って、地面に突き刺さっていた大斧が血の糸を引きながら、健気に凄惨に追随し、水蓮の足元で止まる。


良い子だグッドボーイ、」


 呟き水蓮はまた大斧を蹴り、先へと進む――。


 ――そうやって突き進む先では、この戦場で最悪だろう敵二人に同時に目を付けられた砲撃種の身体が、また青白く、輝き始めていた。


 *


 理性があれば、それはきっと悪夢に見えていただろう。

 理性がなくとも、判断には迷う。その砲撃種か――その砲撃種を制御しているこの戦場の黒幕か。


 どちらであれ、ソレは迷っていた。

 迷いを示すように、開き、輝きに満ちていく巨大な口が、左右に揺れる。


 右手から青い鎧がこちらを殺しに迫ってくる。


 両手の火砲で竜を薙ぎ払い、不思議な力、としか言えない大斧を足蹴に、あるいはそれで竜を斬首に処しながら、並み居る雑兵の上を平然と、無傷で。


 左手側は、ある意味でより、意味の分からない黒い理不尽さが迫ってくる。


 ただ、ただただ、何一つ不可思議で特殊な点なく、人間の範囲に収まる動きのまま、人間とは思えない速度、反応で、すべて紙一重で攻撃を躱し、全て神業で竜を打ち抜き――。


 黒い鎧が。悪夢が。英雄が、こちらへとにじり寄ってくる――。


 どちらかを殺したところで間違いなく生かした方に殺される。

 いや、そもそも殺せるのか――。


 やがて砲撃種は決断した。

 いや、それは決断と言う程の事ではない。

 

 思考停止のまま、より近づいていた方に短絡的に照準を合わせ、大口を向けただけだ。

 そう、開いた大口の先――。


 *


『そっち狙うってさ、おっさん』

「ああ。空撃ちさせる。お前が殺せ」

『了解、』


 ――そんな軽口と共に、今撃ち殺した竜へと、着地する。


 殺す為に使ったのは玩具バンカーランチャーの方。なんだかんだ便利と長年愛用してきたその武器、いや、武器と言うにはあまりに曲芸染みているそれを左手に、竜を縫い付けている杭へと、鋼也はその左腕を振るった。


 ガチャン、と音を鳴らし、血に染まった杭が玩具に再装填される。


 火薬を使わず、中距離に、何ら工夫のない鋼鉄の杭を放つだけの武器。拾えばその杭は再利用できるのだ。ある意味ボウガンにも近いだろうそれを、良く弾切れで死にかけた英雄は愛用し――


 ――その一動作の間に、竜が鋼也へと殺到してくる。


 背後で牙を剥きだしてる奴。それが一番近い。右手側で一瞬遅れて爪が振りかざされ、更に左手側では尾を突き出すのだろう、竜が頭を下げている。


 それらの動きを全て把握しつつ、けれど気にするのは砲撃の方だ。

 視界の隅で、青白い閃光が眩く膨れ上がってくる。もう、撃たれるだろう。撃たれたら躱せる。


 ただし、地面に足がついているなら、だ。

 流石に、空中で動くことは鋼也にも出来ない。だから、いつもなら包囲、密集を嫌ってもう跳びさっているタイミングだが、数秒、その場で、鋼也は待った。


 ――待った数秒の間に、周囲の竜が攻撃に移る。


(今更、餌になる気はない、)


 胸中呟き、鋼也は右手に握っていた20ミリを、天高く、

 そうやって開けた右手は、すぐさま腰――FPA用の太刀、野太刀の柄に。


 ――振り向き様、背後へ抜き撃つ。

 キン――となった刃、一閃は、今にも背中をかみ砕こうと開かれていた大顎を上下に分断し、その身体が倒れる前に、鋼也は振り向いて左手側になった竜。今にも抉ろうと爪を伸ばしてくる竜へと注意を向けた。

 

 左目は、見えない。レーダーがあるとはいえ、それでわかるのは位置だけで、動きではない。だから細かい部分は憶測で判断するしかないのだが……。

 それは経験則か、あるいはただの勘か。もしくは、これも何らかの異能なのか。


 周囲にいる竜の動きは、鋼也には手に取るようにわかっている。

 左手を突き出す――そこにあるのは杭の群れ。放たずとも突き刺せば、近接武器として利用できなくもない。


 ぐしゃりと音がした。狙った通りに竜の眼球、単眼に突き立てる事が出来たらしい。その、突き刺さった竜の体重で重くなった左腕を嫌う様に、鋼也はトリガーを引き、杭を放つ。


 眼球に杭を突き立てられ、ぴくぴくと震えていた死骸が、放たれた杭と共に離れていく。

 それと同時に、


(今だな、)


 ――何度か見た砲撃のタイミングに合わせ、鋼也は大きく、真上へと跳ねあがった。

 その足の下で、鋼也へと突き出された尾が空を突き、その直後。


 音はない。

 ただ破滅だけがある。

 ――そんな青い白い閃光が、鋼也の眼下を、そこにいた竜を、飲み込み溶かし蒸発させていく。


(確かに、曲芸だな)


 そんな思考を片隅に、周囲の竜の様子を見下ろして、分布や行動を無意識に推測していきながら、破滅の光が先間隙の出来たその場所に、黒い鎧は着地した。


 野太刀を振るい、血を払い。キン、とそれを鞘に納め、それから鋼也は真横に手を伸ばす。


 そこに、ついさっき放り投げた20ミリが落ちて来た。


 そして次の瞬間、すぐさま殺到してきた竜の群れに呑まれるのを嫌うように、黒い鎧はまた、跳び上がった。


 空から見下ろす戦場。その視線の先――破滅の光を放ったばかりの砲撃種の傍には、青い鎧の姿がある。


 宙にある大斧、それを蹴り、蹴ったそれをすぐさま引き連れながら、


『ダイエットだ。手伝ってやるよ!』


 そんな声を上げながら、20ミリの雨を浴びせかけ、それでも尚倒しきれなかったのだろう、まだ動き、その巨大過ぎる口で最後の抵抗と、噛みつこうとする砲撃種を前に。


『……もう止めとけって、』


 呟き、平然と立った青い鎧。それを追いかけて来た大斧が、砲撃種の単眼へと突き刺さった。

 それが止めになったんだろう。砲撃種――青白い巨体は崩れる。

 そして、水蓮はそれで気を抜いたりはしなかったらしい。


 すぐさま、崩れた巨体の上へと飛び乗り――その背後に迫っていた竜の尾の一撃を躱しつつ、異能で操作した大斧で、迫っていた竜を殺していた。


(……冷静だな、)


 竜を足蹴に、竜を撃ち殺し、竜の群れへとじさつを続けながら、鋼也はそう、部下を評価した。


 鋼也には部下が多くいた。いなくなるたびに補充される部下が、自分より若い青年が、あるいは少年が。


 ゲートの攻略、と言う任務の性質もある。部下の死を見続け、見慣れる事はなく、ただ泥沼の中にいたが……。


「…………」


 やがて、コウヤは竜の波を潜り抜け、水蓮の元へと合流する。

 さっき殺した砲撃種の真上――その頭上の、空中だ。


 宙に浮いたハルバート。その上に、水連は立ち……鋼也は左手で、そのハルバートを掴み、宙にぶら下がる。


 足の下に竜が殺到し、こちらを見上げてくるが……一時とはいえ宙に身を置いている以上、その攻撃が届く事はない。


「確かに便利だな」

『だろ?……で、次はどれ殺りに行くんだ、おっさん』


 平然と、まるで取り乱す様子なく、水蓮はそう問いを投げて来た。

 そんな部下を頭上に、鋼也は戦場を見回す。


 ――視界の端で、金色の鎧が青白い閃光に呑まれている。まだ、砲撃種はいる。

 見た所、いるのはあと3匹。それぞれ竜の群れの中散り散りに配置され、金色の鎧を狙っている。


 それを確認した末……鋼也は言った。


「早く殺した方が良い。手分けしよう。奥の2匹は俺がやる。お前は手前だ」


 戦力を裂くのは愚策だ。普段なら、あるいは部下が大勢いたころであっても、鋼也はその手を選択しようとしなかった。


 俺の近くにいろと、そう部下に言い続けて来た。庇える範囲にいろと。

 だが、……どうもこのクソガキには、もうそういう心配は必要なさそうだ。


『了解。……早く済んだら手伝ってやるよ』

「いや。早く済んだら知性体を探して殺せ。こうやって高所が取れるだろ?お前は両目あるしな、」

『確かに。ああ、そういやおっさん、その目竜にえぐられて治ったって、結局マジなのか?』


 そう、世間話のように問いかけられて、その時を思い出したのか、鋼也は呟いた。


「……ああ。あの時は……。若かったな。必死だった」


 呟き、コウヤは斧から手を離し、竜の群れへと飛び降りると、曲芸のような神業で、竜の群れの中、砲撃種へと迫っていく。


 それを見下ろし見送り、


「いや、だから若かったらどうにかなる問題じゃねえだろ……」


 そんな呟きを漏らしながら、青い鎧もまた、竜の群れへと飛び降りた……。

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