10章 最期の平穏

39話 軍議/陣容把握

 共和国首都、東京。

 その中心の指令所、和洋折衷の主閣の最上階。


 本来なら指揮官がいるべきだろうその場所、その追いやられた玉座に腰かけているのは、けれど軍事に疎いお飾りの皇女。


 魔女はティーカップを傾け、それから、窓の外へと視線を向ける。


「案外、静かですね。包囲されているのでしょう?まだ攻めては来ないんですか?」

「紫遠様に置かれましても、こう容易では流石に警戒はされるのでは?」


 答えたのは傍付きのメイドだ。

 その他に、この場所に兵の姿はない。


 東京はもう、ほとんどもぬけの殻だ。兵士は残っている。どうしてもと志願して居残った部隊や、桜花の親衛隊が少し。


 この東京を包囲している帝国軍に、当然抗える規模ではなく、――何なら抗うな、と言う命令も、桜花は出している。


 自分に付き合うことはない。攻撃が始まったら投降しろ。可能なら逃亡し、殊洛と合流しろ。


 クーデターを始めた時点で、この命は捨てたモノと思っている。

 私よりも、理想と平和の為にその命を使ってくれ。


 そう、直接伝えた。

 目を見て手を握り、真摯に語り掛け、そう、結局どこまで行こうと、桜花は八方美人……。


「案外、兄さんも臆病なんですね」

「自分の能力に自信を持った方ですので。降ってわいた好機と言うのは、警戒されるのでしょう。……ある意味、凄まじく勘が良いとも言えます」

「普通は負けようとしてるなんて思わないでしょうしね」


 その、余りに普通でないことをしながら、それを全く気に留めていないかのように、桜花は呟き、伸びをし……それから、傍付きのメイドへと、視線を向ける。


「もう、良いんですよ、恭子さん。私のわがままに付き合う必要はありません。静かなうちに逃げてください。身の回りなら平気です。知ってるでしょう?私結構家事得意なんです」


 その桜の言葉に、メイドは微笑み、応える。


「僭越ながら、そのご要望には従えません。一度、貴方の最期に居合わせる事が出来なかった。此度は結末まで、見届けさせて頂きます」

「……そうですか、」


 吐息の様に、そう呟いて、それから桜花は、また、ティーカップを傾ける。

 そして、その薄紅の波間に移った自身の顔を眺めて……。


「……疲れましたね、なんだか」


 破滅することにした魔女は、そんな事を呟いた。



「西部に存在する竜拠点、最終ゲートの破壊作戦の日取りが決まった。2日後だ」


 北部拠点の一角。要塞の奥深くの、会議室。無駄なモノは一切なく、ただテーブルと地図――依然近代設備が死んだままの為、紙の地図が広げられ、そこに駒が幾つか並べられている――があるだけの、手狭な部屋。


 部屋の中にいるのは、5人だ。

 話している殊洛を中心に、地図を眺める扇奈とアイリスの姿があり、壁際で腕を組んで突っ立っている鋼也の姿があり……そして、部屋の隅に胡坐をかいて、水蓮はそんな全員を眺めている。


 上官たちの前だ。本来なら直立不動で立っているべきなのだろうが、今更そんな格式ばったことを言う人間はこの部屋にはいない。

 が、かといって……。


(……なんで俺、ここに呼ばれてんだ?)


 水蓮の階級は未だ伍長。大して、他の奴らは、詳しく知らない奴もいるし、軍からの扱いが悪くて昇進できなかったり降格したりもいるが、実質佐官以上。


 完全に場違いである。

 完全に場違いだが、扇奈に連れてこられた――という訳ではなく、水蓮も呼び出されたのだ。

 指揮官である東乃守殊洛に、直々に。


「既に、南部拠点から物資が空輸されている。それにより、選定されたFPAが修理と改修を受けるのに、2日。その終了と同時に、ゲートの攻略作戦は開始される」


 その殊洛の言葉に、呟いたのは扇奈だ。


「2日、ね。随分急ぐじゃないか。つい昨日、北部拠点を取り返したばっかだろ?焦る理由は?」

「焦っている訳じゃない。早急にトカゲを始末すべき理由がある。……そうだろう?」


 そう殊洛が視線を向けたのは、アイリスだ。

 金髪の美女は、頷く。


「ええ。ここでドンパチしてる裏で、どいつもこいつも腹に一物動いてた。当然、私の兄も。兄が調べさせた結果、最終ゲートの竜の防衛状況と兵種が判明」

「防衛に兵種?」

「特異個体が沢山確認されるようになったの、当然知ってるでしょ?一番遭ってるんだから。恐らくだけど、それが今対面にいる知性体の異能ね。異能と言うより技術、に当たるのかしら?まあとにかく、今、この交戦区域の西の端は、特異個体の動物園みたいになってる」

「そりゃ愉し気だ」


 うんざり、と肩を竦めた扇奈を前に、アイリスは続ける。


「航空観測の結果、昨日の時点で確認された砲撃種は36。最終ゲートがある内陸部を中心に、南北それぞれに等間隔で、2体1セット。有効範囲をかぶせながら、配置が東に拡大してる。同時に、その周囲に鎧を殺す――破鎧種とか言う?それが同数近く、配置されてる。ご丁寧に、砲撃種は高台に配置されてるわ」

「撃ちおろしの陣形で、ウザがって潰しに行けば、こっちの鎧が潰される」

「通信機器もね。そして、砲撃種と破鎧種の護衛に装甲種――まあまあ強そうな奴?がそれぞれ相当数配置され、更にそこにただの雑魚もわんさか混じってる」

「あの黒いのは?強くてデカくて自爆する奴」

「それも確認されてる。陣地最奥に、10体ちょっと」

「……遊撃用の予備兵力?」

「でしょうね。更に言うと、もっと見慣れないのが何十匹も発見されてる。小さくて羽が退化して無さそうってだけで、何してくる奴かはわかんないけど」

「防衛に兵種、ね。よし、真面目にやらないってのはどうだ?空爆で全部潰して、素だけあたしらが壊しに行くってのは?」


 そう言った扇奈に、応えたのは殊洛だ。


「難しい。理由は二つ。一つに、空爆に使えるだけの設備がない」

「帝国に喧嘩売ってっから?けど、昨日あたしらを運んだ輸送機があるだろ。リチャードが呼んできて、そこらにあったマシな道路滑走路に出来る、脚の丈夫なヤツ」


 そう言った途端、殊洛は苛立たし気にアイリスを睨み、それにアイリスが肩をすくめる。


「確かにあるわね。保有台数5機。そもそも私達――要はハーフのネットワーク内部の、連合に置いてあった設備だけど、……とにかく共和国軍として、動かせるのはそれだけ。勿論、輸送する気ない小型機ならもうちょっとあるけど、アレを焼き払う規模の設備はないわ」

「そうかい。で、もう一つの理由は?」

「対応される可能性が極めて高い」

「空爆が?どうやって?」

「砲撃種に狙撃されるから。……実際、偵察に出てた小型機は撃ち落とされてるわ。ついさっきその連絡が来た。昨日より竜の規模が増してる、って報告を最後に」


 そのアイリスの言葉に、扇奈は暫し考え込み……やがて呟く。


「対空砲撃をしてくる防衛陣地が、拡大してる?」

「そういう事。放置したらしただけ、ゲートの破壊が遠のくわ。……って言う現状から近未来予測が、ハーフのネットワーク……私達から与えた情報。そして、その陰からの情報を踏まえて、決断したのがこの男」


 そう、アイリスは殊洛を指さし、指さされた殊洛は忌々し気に顔を顰めている。

 そして、その表情のまま、殊洛は言った。


「私も道化だ。が、慣れて来たよ。道化で構わない。勝てば良い。どの悪女にどう利用されようが、勝てば私は英雄として名を残す」

「おう、良いね。やたらスカしてるより良い男だ」

「都合が、ね」


 口々に言うオニとエルフの女を前に、殊洛はまた、忌々しそうな顔をしていた。


(……あいつもなんかあったのか?)


 その様子を黙って見物していた水蓮は、そんな事を思った。

 なんというか、あの金色の羽織の美丈夫から、苦労が滲み始めたと言うか……そう。


「ああ。メッキがはがれた、だ」

「フッ……」


 何となく呟いた途端、どうも聞こえていたらしい鋼也がこらえきれないとばかりに笑みをこぼし、そして当の殊洛は水蓮を睨んでくる。


「あ、悪い。……じゃなくて、すいません。違います、中将閣下。あの、親近感湧いて来たってだけです。発言して申し訳ありませんでした」


 言った水蓮を、殊洛は尚も睨み付け……それから、大きくため息を吐き、それから良い。


「構わない。もう良い。プライドも主義もくそくらえだ。だが結果は私が頂く。率直に聞こう、日下部水蓮。正直に答えろ。お前、何匹殺せる?」

「ハァ?トカゲを?」

「砲撃種とあのクソデブ野郎……破鎧種と言ったか?とにかくアレだ。一人でどれだけ削れる?」


 中々どうして、無茶苦茶なことを聞かれている……そう考えながら、水連は頭を掻き、言う。


「どれだけって言われても……直掩は?」


 その水蓮の問いに、殊洛はアイリスを睨み付ける。

 ……さっきからそうだったが、索敵の情報を直接聞いているのはアイリスなのか?そう疑問に近い視線を向けた水蓮へ、アイリスは言った。


「戦術単位で言った方が良いわね。500メートル四方に、砲撃種2。破鎧種1。装甲種が20。ただの雑魚が500。それをワンブロックで、戦術目標は砲撃種2と破鎧種1。それを何ブロックこなせるか」


 言われて、水連は想像してみた。雑魚が500。は、正直多分もう、ほぼ無視できる。装甲種、は……やっぱりもう雑魚だろう。破鎧種は何もしてこないようなもんだし、砲撃種2匹は……幾ら撃たれようと避けられるだろう。

 となると、問題は残弾数…………。


「帰る分を考えなければ、10ブロックぐらい?補給が受けられるなら、もっと伸びるな……」

 

 そう言った水蓮から、殊洛は鋼也へと視線を向ける。

 それに、鋼也は応えた。


「雑魚は無視だろう?なら、こいつは出来る」


 そう言った鋼也を、殊洛は暫し睨み……それから言った。


「……信用しよう。それを前提に戦略を立てる。我々は強襲部隊だ。戦術目標は砲撃種の排除。本隊とは別個に進撃し、砲撃種、破鎧種を殲滅する。本隊は南部拠点から進軍する共和国の主力部隊だ。邪魔な奴を我々が消し、友軍にいつもの戦争を提供する。……可能なら我々はそのままゲートの攻略も実施する」

「……なんか、無茶苦茶言ってねえか?」


 呟いた水蓮を、やはり苛立たしく睨み付け、殊洛は言った。


「英雄に期待する戦術、とはそういうモノだろう。だから嫌いなんだ……」


 唸る様に言い捨てた殊洛……と、そこでまた声を上げたのは扇奈だ。


「待った。竜退治は良いけどね。帝国は?包囲されてる東京はどうするんだ?」


 その言葉に、その場で一番大きいリアクションを取ったのは、水連だ。


(東京……帝国に包囲?それって……)


 思わず、水連はコウヤを見る。

 大和紫遠が、こっちが竜とドンパチやってる隙に、東京――あのお姫様がいる場所を包囲してるって事だ。


 大和紫遠がどういう人間か――少なくとも政治的、軍事的にどんな振舞いを見せる人間か、水連は知っている。

 その矛先が、今既に、桜花に向いている……そういう事だろう。


 その状態で、おっさんは今、腕を組んで突っ立っている……。

 水蓮の視線を受け、おそらく気付いていながら、しかし鋼也はなんのリアクションも返さない。


 殊洛は、言った。

「東京にはこだわらない。ただ、共和国としての生命線は維持する。その為の作戦だ。アイリス……お前はこのまま北部拠点に残れ。北部拠点から最終ゲート攻略戦に裂く戦力は限定する。残りの部隊を率いて帝国への防衛、抑止に当たれ」

「待てよ……。拘らないって、見捨てるのか?あのお姫様を?……あんたの婚約者じゃないのか?」


 そう声を上げた水蓮に、殊洛は言った。


「桜花様も納得済みだ」

「けど……」

「現実的な話として、今、共和国軍に帝国と竜、両方を同時に相手どる戦力的な余裕はない。帝国に今更和平を申し出るか?それに大和紫遠は応じるか?……どちらを潰すとなれば、竜の他ない。主義上の敵と人類の敵だ」

「…………」


 すぐに反論が浮かばず、水連は扇奈を見た。

 が、扇奈は特に何も言わず、鋼也に視線を向けていた。


(なんなんだよ……俺以外全員知ってんのか?……他人の事っちゃ、他人の事だけど……クソ)


 釈然としないままに、だが、これと言う反論も浮かばず、そもそも浮かんだとして階級的に口を挟む立場にないと、水連はそれ以上何も言わず……。


 会議、あるいは命令のその場は、進んでいった。

 幾ら見ても、あるいは睨んでも、スルガコウヤは動こうとしないまま……。

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