40話 他人事/普通の青年

 大和西部の端。

 そこに、竜の最後のゲートがある。


 陣地、兵力の備蓄は進み、その規模は日々拡大しているらしい。放っておけばまた、竜が手を付けられない規模になるのだろう……。


 そんな脅威に関して話を聞かされたはずだと言うのに、水連の興味、と言うか、危機感は、別の方向に向いていた。


(大和紫遠が、桜花を殺す……。もう殺されてるのかもしれないのか?)


 あの会議――ブリーフィングを終え、その場を後にし……水蓮は、北部拠点の一角、ハンガーにいた。


 特に何をするでもなく、胡坐をかき煙草を咥え、自身の“夜汰々神”――青い鎧を眺める。


(微妙にかかわってるだけで、本質的には他人事なんだけどな……)


 気になって仕方ない。

 気になって仕方ないのは、そう。もしかして意味が少し違うのかもしれないが、好きな人を失う、と言う状況をよく知っているからだろうか。


 紫煙を眺めながら、考える。


 エンリならどうするだろうか。婉曲に何か伝えるのか?いや、結局他人とは一線を退いたままな気がする。そういう奴だから、水連は居心地が良かった。そう言う奴だったから、信頼した。


 サユリなら?……やっぱり黙って眺めていそうな気がする。それとも、それは、そうやって水蓮が見守られる立場だったからそういうそう、エンリの本にあった――ペルソナがイメージとしてついているだけで、本当は別なのか。


 ほかの誰かなら?例えば、……もくそも、扇奈だ。


 あの姐さんは、なんかおかしい。水蓮はそう思う。アイツならもう、スルガコウヤのケツを蹴っ飛ばしていそうなもんだが、実際は、話題を出すだけ出して、静観。


 姐さんが静観で良いって判断したなら、やっぱりそれが正解なのか?

 それとも……姐さんとしては、いや、としては、桜花が居なくなった方が都合が良い?


(……何を考えてるんだ、俺は)


 なんだか妙に悲観的で、センチな気分だ。

 もしかしたら、母親の事を聞いたせいかもしれない。


 葵。青い目の、女。身体を売って生計を立て、その過程で皇族にも買われた。そして水蓮を身ごもった。


 アイリスは赤裸々だった。

 水蓮は、母親にとって、やっとできた子供と言うか、……出来ないと思っていたらピンポイントで出来てしまったらしい。


 ハーフは子供が出来る確率は低いそうだ。だからまあ、望まれて生まれた子供ではない。

 だが、子供として生まれた後は、望まれていた。


 一定期間上客の皇族に買われ続け、出来たと知って母が皇族の元から離れた。その後生んで、生まれてからも客を取って生計を立ててはいたが……。


『スイレン?ほら、手品だよ~』


 あやす様な、嬉しそうな、そんな笑顔は思い出せる。


 原風景。そんな概念を知った。思い出せる限りで、最初の記憶。


 その光景で、母さんは水蓮を前に嬉しそうだった。これが恣意的な、水連がそう望んでいるからそんな光景を思い出した可能性もある。


 が、アイリスが言うには、周囲で見ていた人たちも、母さんは水蓮を可愛がっていたらしい。


 少なくとも母親からは生存を望まれていた、という事だ。いや、母親だけではない。サユリからも、生きてくださいと言われた。エンリだって、俺が死なないお守りをくれた。


 ……そういう全員は、水連の前からはもう、いなくなってしまった。


「あ、」


 そんな声が、ふと、水連の耳に入った。

 視線を向けてみると、ハンガーの一角に、こっちを見て足を止めている女性――と言うか、少女の姿がある。


 白い腕章を付けた、ショートカットの少女だ。

 こっちを見て止まっている、……何やら顔に油が付いている少女。

 それを眺めて……スイレンは呟く。


「……ミカミサユリ」

「はい!……お久しぶりです、伍長」

「久しぶりって程、久しぶりじゃないんじゃないか?北部拠点にいたのか?」


 声を投げた水蓮の元に、ミカミサユリは歩み寄り……何も言わずハンガーの一角に視線を向けた。


 そこには、張り紙がある。

 無視されがちだが、確かにここには銃器、火薬があるから当然の張り紙。


 “火気厳禁”。


 その文字を眺め、きっちり煙草の火を消し、携帯灰皿に入れてから、水連はまた言う。


「悪かったよ。で、何してんだ?」

「はい。FPAの整備があると聞いて、……機械工学は専門ではないのですが、運ぶ手伝い位は出来ますので」


 パーツでも運んでいたらしい。それで油まみれなのか。

 そう眺めた水蓮を前に、ミカミサユリは言う。


「伍長の方こそ、一体何を?」

「俺?は……あ~、お節介?」

「はぁ……」

「を、するかどうか悩んでるって感じか?」

「はい……」


 何にもわかって無さそうに、ミカミサユリは頷いている。

 まあ、わかる訳はないのだが。

 微妙な表所のミカミサユリを前に、水連は言う。


「えっと……何つうか。なんか年季入り過ぎてクソめんどくさくなってる3角関係らしき何かが頭の上にあるらしい、みたいな?」

「はぁ……」

「鬱陶しいんだけど他人事だから口出すのもな、みたいな?」

「はい……」


 やはり何もわかって無さそうに、ミカミサユリは頷く。

 と思えば、ミカミサユリはふと、笑みをこぼす。


 何笑ってんだ、と首を傾げた水蓮を前に、ミカミサユリは笑みをたたえたままに、言う。


「いえ、すいません。何というか……まさか任官して、そういう話を耳にするとは思わなかったので」

「ああ……まあ、そりゃ笑うよな。なんなら、その微妙な関係になってるの全員俺の年上だからな。なんか妙に気ィ遣うわ」


 何所か愚痴の様に呟いた水蓮を横に、ミカミサユリはまた笑みをこぼし、言う。


「伍長は……なんというか、普通の人ですね」

「…………ハァ?」

「いえ、あの、……今回も活躍されたと、救って頂いたと耳にしましたので。青い“夜汰々神”と、その乗り手。話題になってますよ?」

「……今度は、スルガコウヤのおまけじゃない訳か」

「あ……。気分を害されましたか?」

「いや。全然気にしねぇよ。浮くのは慣れてるしな」


 言って、水連は自分の目を指さす。青い――大和ではとりわけ目立つ、その目を。


「今度は悪目立ちじゃねえんだろ?じゃあ、良いだろ別に。お前も、これを目印に声かけたんだろ?ミカミヨウヘイだっけ?」

「…………」


 その名前を出すと、ミカミサユリは何も言わず、けれどどこか期待するように、水連に視線を向けた。

 その視線を前に、水連は言う。


「思い出そうとはしてみたけど……やっぱり思い出せない。俺、激戦地の部隊にばっか配属されててさ。つうか、そう志願しまくってたんだけど。めちゃめちゃ損耗率高かったから、いちいち部隊の仲間の名前、覚えてらんなかったんだ。だから、多分だけど……この先思い出せることもないと思う。悪い、」

「…………」


 率直に、素直に、そう言った水蓮を前に、ミカミサユリは暫し、沈黙していた。

 彼女からすれば、水連が唯一、死別した兄への手掛かりだったのだろう。


 うまい嘘でもついてやれれば良かったのかもしれない。その気になれば多分、水連は勇敢な死の嘘を、いくらでも付ける。そう言うのを見慣れているから。


 だが、嘘を吐く気になれなかった。

 そんな水蓮を前に、やがて、ミカミサユリは言う。


「……良かったですね」

「何がだ?」

「名前を憶えていられないくらいだったのに、今は誰かの色恋が気になって、それで悩んでるんですよね。だから……えっと。良かったなって」

「…………」


 何も言わず、と言うより言えず、眺めた水蓮を前に、やがてミカミサユリは頭を下げ、歩み去ろうとした。

 それに、水連は声を投げる。


「待った」

「……はい」


 おずおずと振り向いたミカミサユリを前に、水連は言う。


「知り合いに人の経歴洗うのが得意な奴がいるんだ。そいつに、頼んでみるよ。約束できることじゃないけど……」

「本当ですか!?」

「あ、ああ……」


 身を乗り出すように言ってきたミカミサユリを前に、水連はどこか気圧されるように、そう頷き、……そんな水蓮を前に、ミカミサユリは頭を下げる。


「ありがとうございます、伍長」

「……ああ、」


 呟いた水蓮を前に、ミカミサユリはもう一度頭を下げると、今度こそ立ち去って行った。

 それを見送り……。


(……確かに、前よりは他人を気にするようにはなってるよな)


 スルガコウヤに関しても。

 ミカミサユリに関しても。

 ……あるいは、扇奈に関しても、か。


 そんな事を考えて、水連は煙草を取り出し、けれど“火気厳禁”の文字を思い出し辞め。

 それから、立ち上がった。


(二度と言う機会がなくなるよりは、全部マシだよな……)


 そして、水連はハンガーを後にした。


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