41話 平穏/心残りを断つように
「ミカミヨウヘイ?」
雪は止んでもまだ曇り空。そんな頭上に近辺で一番高い、城壁の上。
そこに佇んでいた金髪の美女は、青い目を細め眉をひそめて、鸚鵡返しにそう言った。
「……よくありそうな名前じゃない?」
「俺と同じ部隊に配属されたことがある、ミカミヨウヘイだ。経歴を洗ってくれ」
「そいつがどうしたの?」
「知り合いの兄貴なんだってさ。戦死したって。その時の状況だけで良い。調べてくれ」
「……私、別に探偵じゃないのよ?」
「俺の知り合いで一番調べられそうなのがあんただ。頼む。交換条件が必要なら言ってくれ」
「…………ハァ。貸しにしとくわ」
「ありがと。ああ、後、おっさんは今どこに……」
「おっさん?」
「スルガコウヤ」
「……おっさん。フ、フフ……」
そう笑みをこぼして、それからアイリスは言う。
「ハンガーじゃないの?そこ以外だと、そうね。自分の部屋とか?」
「そうか、」
そう言って、水連はアイリスに背を向けると、城壁から飛び降りて行った。
生身で飛び降りられる高さではないが――落ちる途中で、宙に浮いた鉄柱が、水連の身体を受け止めていた。
そうやって、ここまで昇って来たんだろう。
そんな様子を眺めて……。
「……反抗期は終わったのね。あら、兄さん?ジェラシーはみっともないわよ?可愛いけど」
アイリスは一人、そんな事を呟いた。
*
「スルガコウヤの居場所だと?」
「ああ。自室、っつうかテントにいねぇからさ」
「……なぜ、私が知っていると?」
東乃守殊洛はそう、苛立たし気に言う。
北部拠点の一室、先ほどまで会議が行われていたその部屋で、書類を手に。
それを前に、水連は言った。
「あんたここの最高権力者だろ?知ってっかなって」
「知る訳がないだろう」
やはり苛立たし気に言い放った殊洛を前に、水連は気に留めない様子で肩を竦め、
「そうか。邪魔したな」
それだけ言って、立ち去り掛け……けれど立ち止まり、殊洛に問いを投げた。
「あんた、あのお姫様の婚約者なんだよな?見殺しにして良いのか?」
「……政治的な合理性があっただけだ。あの魔女は私には御しきれん」
「魔女、ね……」
水蓮は呟き……それから殊洛に青い目を向ける。
「……ちなみに、だけど。次の作戦……スルガコウヤが、」
「同じ話をあの紅羽織にされた。それに私はこう答えた。貴様が倍働け」
苛立たし気に、東乃守殊洛は言う。
何となくそれを眺めた水蓮を前に、尚忌々し気に、殊洛は言う。
「種族も立場もない。私も一人の人間だ。……あの魔女はまだ25だ。小娘だよ。私の理想は平和だ。小娘が小娘らしい希望を持つ世界を、なぜ憎める。……英雄はもう十分働いたと、私は思ってもいる。これ以上武功を重ねられては、私の名声が陰りかねん」
「……あんた。意外と、妙に良い奴だな」
「都合がか?」
「ハハハ、」
笑ってごまかし、水連は背を向け、その場を去って行った。
それを睨み付け……。
「まったく。クソガキが……」
東乃守殊洛は、そう一人、呟き、スルガコウヤ抜きの場合の作戦プランを、再精査し出した……。
*
(んで、……結局ハンガーかよ。何してんだ、俺?)
基地内をぐるっと一周し、結局またハンガーに戻ってきて、水連はそう、頭を掻いた。
鋼也の姿が見つからなかったのだ。いつもなら自室――割り当てられたそこか、FPAの所か、それともたまにキッチン……そのどこかでぼうっとしてるが、今日に限って見つからず、周りに聞いて追いかけ回し、最終的にさっき会った殊洛の部下――あの“亜修羅”の中身のオニの女たちに、ハンガーで見たと言われ、ぐるっと回って戻ってきたのだ。
どうにも、入れ違いになっていたらしい。鋼也は鋼也で用事があって、基地の中を歩き回っていたのだろうか。
が、そうやってぐるっと遠回りした結果、漸く……。
(いた……)
駿河鋼也の姿を見つけた。
“夜汰鴉”の装甲を開き、その中身を確認している。普段よく目にする、英雄の日常風景だ。
そこに、声を掛けようと歩み寄り掛けて……けれど、水連は気づいた。
鋼也の傍に、別の人間の姿がある。
扇奈だ。
整備……あるいはチェックの為に開かれている“夜汰鴉”の横で、腕を組み壁にもたれかかって……どこか神妙な表情を浮かべている。
その場所の空気は、何となく、だが……。
(邪魔しない方が良いか……?)
そんな風に思って、水連は声をかけるのをやめて、出直そうかと仕掛け……けれどそこで、扇奈の視線が水蓮に止まった。
(勘良すぎだろ……)
もしくは周辺視野か。
どうあれ水連に気付いた扇奈は、壁から背を離し、
「……とにかく、手配は済んだよ。トレーラ1台」
そんな言葉を鋼也に投げると、こちらへと歩んでくる。
「盗み聞きかい、クソガキ?」
こちらへと歩み寄りながら、扇奈はそう声を投げて来た。その表情は、さっきまでの神妙なそれとは違い、普段通りのモノだ。
「あ~、いや。盗み聞きしようと思ったらその前にあんたにばれた。邪魔したか?」
「いや。……良いんだよ、」
一瞬、どことなくアンニョイに見える表情を浮かべ、扇奈は水蓮の横を通り過ぎて、ハンガーを後にしていく。
「…………」
水蓮はその横顔を眺め、見送り……それから、鋼也の元へと歩んで行った。
「何か用か?」
“夜汰鴉”の確認を続けながら、鋼也はそう、水連に声を投げてくる。
それを前に、水連は頭を掻き、言う。
「お節介、しようかと思ってたんだけど……もしかして必要ないか?」
そう言った水蓮に、鋼也は小さく笑みをこぼし、
「ないな。……次の作戦、俺は参加しない。いや、それだけじゃなく……俺は軍を抜ける」
「で、お姫様を攫いに行く?良い年して?責任放り出して?」
「わかってる。俺なりに悩んで、出した答えだ。……馬鹿になる事にした」
平然と、ぼうっと――見ようによっては済ましたような顔で、鋼也はそう言った。
「……そうか」
それだけ、水連は言った。
駿河鋼也の――その若い頃の話は、この間扇奈から聞いた。
馬鹿で脆いガキだったよ、と懐かしむようにオニの女は言っていた。お姫様の方は、どうして良いか何にもわかってないのに、どうにかしようと行動してた子、だったとか。
それがどんどん拗れて話がデカくなり、今この状況――だが、スルガコウヤは、若い日にした、あるいはしようとして出来なかったことを、しようとしているらしい。
「言い訳が多すぎた。責任、とも言うな。そこから逃げる気にならなかった。逃げる気にならなかったうちに、こうだ。……結局俺はずっとビビってるばかりだ。先送りにしていた。が、今を逃せばもう先はない」
(…………完全に余計なお世話だったな、)
水蓮はそんな事を思う。
誰かを失う事。二度と話が出来なくなるという事。それがどんな気分か……そういう話をしようと思っていたのだが、思い返せば、目の前にいる男は英雄だ。
わざわざ水連が指摘する間でもなく、離別はあったんだろう。
と、だ。
そこで、鋼也はチェックの手を止めて、水連へと視線を向け、言う。
「水連。竜はお前がやれ。出来るだろう?」
「……ああ、」
頷いた水蓮を、鋼也は暫し眺め……それから、“夜汰鴉”の装甲を閉じていく。
チェックは終了したらしい。
そんな英雄を眺めて……それから、水連は一つ思い付いて、“夜汰鴉”――その左手についている杭の束を指さし、問いを投げる。
「なあ、おっさん。あんた帝国軍相手に喧嘩吹っ掛けるんだよな。その武器、使うのか?」
「なるべく、火器は使いたくないが……気に入ったのか?」
「もう、死ぬより弾切れの方が早そうだしな。……あんたの分も、俺が暴れてやるよ」
そう言った水蓮を前に、鋼也は笑みを零し……。
「わかった。……くれてやる。手伝え、」
言って、チェックを終えた“夜汰鴉”から、武装を一つ、外し始めた……。
*
ハンガーで、水連と鋼也が作業を始めた、同じ頃。
最低限統制されてはいても、当然隠し切れるモノではなかったのだろう。
北部拠点。あるいは南部拠点でも、共和国軍兵士達の間に、噂が広まり出した。
西部にゲートがある。そこを落とせば、この戦争は今度こそ終わる。そんな朗悲入りまじった噂話。
そして、もう一つ。
東京が帝国軍に包囲されているらしい。東京には碌に戦力は残っていない。その状況で、桜花は、このクーデター、理想の象徴として立った皇女はけれどまだその包囲の内側にいる。
動揺につながる、士気に関わる話だ。
竜を倒しても、その先、今のままでは帝国から犯罪者扱いを受けるのが関の山――。
だが、その噂。混乱を見越したように――いや事実、見越して準備していた通りに、北部拠点に、南部拠点に、あるいは帝国も連合も、大和全土に、声が響き渡る――。
『大和共和国臨時全権代行、桜花です』
『共和国の――私の理想に賛同してくださったすべての皆様に、再び、そしてこれが最後であるでしょう、声を、願いを届けさせていただきます』
『私は軍事に疎い。全てお任せしております。けれど、この身を立てた以上、覚悟は皆様と同じだけ、背負っているつもりです……』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます