4話 謁見/狂人の対峙

「……違う。僕は、殿下じゃない」


 僕はそう言った。離宮の中で。平和の中で。平和でしかない閉塞感溢れる離宮の中で。


「えらくない。ただ、生まれただけだ。ちゃんとした殿下なら、こんなふうに、捕まってるみたいに暮らしてる訳ない」


 その僕の呟きを聞いて、サユリは困ったように、殿下と僕を呼んだ。


「違う!違うよ!違う……」


 子供のように。いや、事実子供だったから、そう喚くばかりの僕を、――俺を、サユリは眺めて、それから――。


 なんて、言われたんだったか?


 隣に座って、頭を撫でてくれていたことは覚えている。そう、犬を飼い始めたのはその後だ。犬は怖いし、飼ったことなんてあるわけないし、だからサユリと二人で苦労して、世話して、その犬は賢くて、物分かりが良くて、箱庭の中が少し広くなったような気がして、それで、その後――。


 ―――どんなに。どんなに良い夢を見たって、最後は。結局、……それは悪夢になってしまう。


 ずっと、ずっと、ずっと………真っ赤なミートソースが……。


 *


 ―――生きてください、殿下。


「…………ッ、」


 目を覚ました瞬間、俺の視界の中心に銃口があった。死を呼ぶ暗い穴、拳銃が、俺へと向けられている――。


 ………尋問、だろう。俺は皇帝を殺そうとした。20ミリは不発で、直接殺そうってのも、扇奈に阻まれた。いや、庇われたのか………?


 なんであれ、俺が皇帝にを見せたことは確かだ。暗殺の実行犯、とみなされただろう。これから無限に、居もしない俺の背後の黒幕を吐かせるため、尋問――。


 ……不思議とそれも悪くない気がしてくる。どうせ最後には死ぬんだろうが、それこそ死ぬまで黙秘を続けて、暗殺者の影に皇帝陛下が怯えるように仕向けてやろうか?


 これは諦観だろうか?それとも絶望?ミートソースに生きてくださいと言われないならもう、何だって良いような気がする。


 俺はしくじった。それが全てだ。しくじったから終わる。

 終わるはずだった――。


「……クサカベスイレン、か。………珍しい目の色だな」


 そう、銃口を持った男の声が―――演説を聞くたび復讐心を燃やしていたその声が、目の前から響かなければ。


「な、………」

「ハーフ。……そちらの支援を受けでもしたのかな?」


 平然と話す、男。

 淡々と、冷静そのモノで――何なら興味深そうに、世間話のようですらある雰囲気で話し掛ける、男。俺――俺が座らされている椅子の向かいに、同じようにその辺に投げてあったんだろう椅子に腰かけ、手にある銃口を向けている男。


 冷たい目をした、男。大層女に好かれるだろう顔立ちの、……帝国の最高責任者。


 あの紫の羽織を羽織っていない。それこそカジュアルな服装で、プライベートで遊ぶような雰囲気で―――片手に拳銃を持ち、男は嗤う。


「どうした、日下部水蓮?まさか言葉がわからないとは言わないだろう?」

「大和、紫遠………」


 呟き、俺は腰を上げた――腰を上げることが出来る。椅子に――パイプ椅子に座らされていた、だけだ。拘束されていない………?周囲に、大和紫遠以外の人影もない。護衛無し、大和紫遠と二人だけ、場所は――トレーラの荷台だ。


 テント以外の建造物のない野営地で、簡易的かつ一時的に、規律違反者を収容する為に、トレーラの荷台が使われる。窓のない鋼鉄の密室の中――。


 ……何度見ても、目の前に大和紫遠がいる。その手に拳銃はあるが……それだけだ。護衛無し……俺の拘束すらも、ない。


「そう驚くなよ。君と話をしてみたかっただけだ。掛けたまえ……私だけ座っていたらほら、偉そうに見えるじゃないか」

「…………ッ、」


 偉そうもクソもこいつは帝国の最高権力者だろう?……この状況はなんだ?なぜこいつは護衛を連れていない?なぜ俺は拘束されていない?俺はこいつを殺そうとしたはずだ。


 扇奈がとりなしたのか?だが、なら、俺に拳銃を向けている理由がない。


 と、だ。そこで、大和紫遠は肩を竦めて見せる。


「……これが気になって話せないのか?仕方ない。なら、こうすればどうだ?」


 そう言って、大和紫遠は拳銃を、置いた。床に置き、足で滑らせ、俺と大和紫遠の丁度中間の位置に、銃が止まる。手を伸ばせば届く。届いて、その銃で、大和紫遠を殺すことが出来る。出来るはずだ。復讐に手が届くはずだ。けれど………。


 明らかに、罠だ。何を考えているのかまるで分らない、俺より狂ってるんだろう事しかわからないが、それでも、これは罠だと、そう判断するべきなんじゃないのか?が、千載一遇であることも………。


「…………ッ、」


 動けない。動けなかった。なぜ、動けないか、ああ、よく知ってる。混乱してるんだ、俺は。混乱、させられてる………。


「……無口なのかな?まあ良い、疲れたら好きに座ると良い。私は別に、君を罰するつもりはないよ」

「…………何?」

「君の部隊の隊長が言っていたよ。頭の上で玩具が爆発しそうになったから、キレた。なるほど確かに、私も同じ状況に置かれたら腸が煮えくり返るだろう。だから、そう、詫びてあげようかと思ってね」

「詫び、だと………?」


 人に拳銃を向けておいて、詫び?矛盾している、明らかにその気のない言葉だ。

 じゃあ、何だ?懐柔して俺の裏にいる人間をあぶり出そうとしてるのか?それとも――。


「済まなかった、日下部水蓮。詫びるよ。………君が何で私を恨んでいるとしても」


 ――そう、大和紫遠は嗤った。


 詫びでも、懐柔でもない。こいつは、ただ、人を嘲りたいだけだ。俺を、小馬鹿にするために、……それだけの為にこの状況を作って自分の身を危険に晒しているのか?


 幾ら俺の前に身をさらしても危険はないと考えているのか?自分は死なないとでも思っているのか?ただの馬鹿、狂人………?


 混乱は、収まってきた。こいつは殺す。この状況の中で。だが、拳銃は使わない。パフォーマンスだろう、何もかも挑発だ。そう考えれば、俺の目の前にわざわざ差し出された拳銃はブラフだ。弾を抜かれてる可能性がある。


 素手だ。素手で殺そう。その首を絞め殺してやる――そう、決めながら、俺は漸く、椅子に腰を下ろした。


「恨んでなんか、居ませんよ。ただ……ほら。人をミートソースにしかけておいて、手違いでした、なんて通らないでしょう?だから脅かしてやろうとしただけだ。そうしたら、偉そうな身なりした奴が居たから、」

「脅かそうとした、か?私の軍はそうも規律が緩かったのかな?」

「やたらとヒトを使い潰すからでしょう?訓練期間が短くなれば、兵の質なんてすぐ落ちる」

「建設的な意見だね。司令部に伝えておくよ。……人命を尊重するように、と」


 クーデターを起こして、内乱を起こして、マッチポンプで玉座に付いた男が何を言ってやがるんだ………。


「信じてくれないかもしれないが、あの兵器は人命を尊重しようと思って作らせたんだ。まだ調整不足だったらしいがね。地対地の制圧誘導弾だ。どうにか竜を殲滅させるまでに完成させなければいけない。ほら、私が出張ると、誰もサボれなくなるだろう?………私の目の前では、全力を尽くさざるを得なくなる。……誰しも、ね」


 そう、楽し気に言って、大和紫遠は俺を眺めた。

 ………俺の事も、言ってるんだろう。今、この状況の事も。


 どう殺す?隙をついて飛び掛かる。一歩で銃、もう一歩で紫遠だ。弾が入っている可能性を考慮して、一歩目で銃を遠くに蹴り飛ばす。二歩目と同時にそのクソみたいな顔面をぶん殴る。そして体勢を崩した上で、首を絞め上げる――。


 やれる。3秒で済む。一瞬隙が見えれば、それでこいつを殺すことが出来る――。


「日下部水蓮伍長。親衛隊に入る気はないか?」

「………何を、言ってる?」

「私は私の敵になろうとする人間が好きなんだ。実行に移そうとする人間は尚の事ね。この独裁国家で皇帝に歯向かおうと言うんだ。気骨と気概に溢れている。私も気を抜けなくなる。ぬるま湯に居て良い人間ではないんだろうと、そう自分で思うんだ」


 ………親衛隊?親衛隊に入る?入れば……今、焦る必要はなくなる。幾らでも機会は手に入るだろう。事故に見せかける事もできる。武器を使う――FPAを使う事だって出来る。今、素手で殺ろうとするよりは確率の高い選択肢なんじゃないのか?


 敵の、甘言だ。篭絡しようとしているだけ……迷わせようとしているだけ。


「バーンッ、」


 ふと、そんな声が目の前で、大和紫遠が俺を指さし、そう言っていた。それから、嗤って、


「…………甘えたガキだな」

「…………ッ、」


 ――クソ野郎が。苛立った瞬間に、俺は動いていた。


 殺せば良い。殺せば済むんだ。こいつを殺せば、もう二度と、こいつが舐めた口を利くことはなくなる。俺が悪夢を見ることもなくなる。呪われなくなる。復讐を遂げて、―――復讐を遂げさえすれば、


 ―――生きてください、殿下。


 俺は楽になれる。


 一歩目で、銃を蹴る――カランと遠ざかっていく銃を、大和紫遠の目が追っていた。隙だ、殺れる、二歩目と同時にその横顔へと拳を――。


「―――グ、」


 突き出したはずの、拳が空を切り、同時に俺の腹部に、鈍い痛みが走った。


 腹を抑えて、蹲る――殴られた?それとも蹴られた?わからない――大和紫遠に反撃されたんだろうって事以外、わからなかった。


 蹲る俺を、大和紫遠は立ち上がり、見下ろしていた。図が高いとでも言わんばかりに――。


「拳銃は使わないのか?せっかく持ってきてあげたというのに。ああ、弾が入っていないと思ったのかな?それとも、この距離なら素手の方が勝算が高いと?残念ながら、どちらも不正解だ」


 そう言って、大和紫遠は拳銃を拾い上げると、そのグリップ、マガジンを抜いて、俺の方へと放ってきた。


 カランと目の前に転がる弾倉。そこには、弾が何発も詰め込まれていた――。


「暗殺を遂げたいのであれば、相手の事をよく調べなくてはいけないよ。知らないはずはないだろう、プロパガンダに使われているんだから。私は士官学校で首席だ。軍事訓練を受けている。非公式だが、実戦経験もある。竜とも、人間とも、じゃれて遊んだことがある。今よりもっと過激にね」

「―――ざけんなッ、」


 どこまでもどこまでも挑発だ。叫んで、また俺は飛び掛かろうとして――その側頭部を、衝撃が襲った。


 ハイキックだ。今度は見えた――回数をこなさないと見えない動きをしてるのか?俺が?地獄で何年も生きてる俺が、血みどろの玉座でデスクワークしてた奴を相手に?


「クソが………」


 呻き、起き上がり、ふらつく頭のまま、大和紫遠を睨み――大和紫遠はそんな俺に攻撃してこようとしなかった。ただ、眺めて、言う。


「さて……そろそろ落ち着いて話せそうかな。スイレン。……あの犬の名前はなんだったかな?」

「………………」


 犬?……あの、犬?こいつは、何の話を………。


「私があげた犬だよ。なんて名付けたんだったか……そうだ。殿下と呼んだら反応するようになってしまったんだっけ?サユリはそう言っていたね。大きな子供が増えて大変だとか、笑っていたよ」


 大層顔の良い、女に好かれるだろう男はそう、言っていた。


「…………何を、」

「君の父親は私の兄、第一皇子だった蒼真だ。血縁上はね。彼は頭の良い男だった。公には賢人扱いされていただろう。だが、ほら。私も兄妹が多いと考えれば、父の血が濃かったのかな。女遊びが激しくてね。別の国の血が入った、青い目の売春婦を面白がって抱いたんだろう。が、兄は結局君の事を兄は知らなかったらしくてね………だから私が拾った」

「な………」


 青い目の、売春婦。サユリと会う前、離宮に匿われる前の記憶。汚い部屋、煙草の匂い、毎夜聞こえる嬌声…………。


「哀れだと思ったし……使えるだろうとも思った。ほら、権力者はスリリングだ。いずれ私が倒れて、その時に代わりの人形が居なくなると国が困るだろう?リスクヘッジに駒を作っておいたんだ」


 口から出まかせ、ではないだろう。犬の名前を――そうだ、殿下と呼ばれたら駆けていく犬。は、そうだ。なんで、サユリしか、それを………。


「なんで……お前が、お前が俺を、飼ってたなら、どうして……」


 どうして、離宮が燃えた?どうして、サユリは死んだ?どうして………。


「ミスだ」

「…………ミス、だと……」

「私としては、君を生かしておくつもりだったんだが、クーデターの最中私は死んでいることにしていたしね。ことが済むまで直接的に革命軍に指示を与える訳には行かなかったし、君の居所がどこかで漏れて、それを革命軍がターゲットにしたんだろう。もしくは、あちらが勝手に調べて君を見つけたか。気付いたらもう、あの離宮は焼けていた」

「………………」


 どうでも良い事のように、大和紫遠は言っていた。それこそ、他人の事のように。


 ミス?ミスで………ただのミスで、サユリはミートソースに変えられたって、こいつは言ってるのか?


「代役が居なくなって私も困ったが、……桜花が生き残ったのは結果的にラッキーだったね。表に出してしまったから、完全な代役には出来ないが………」


 思案顔で、大和紫遠は、言う………俺の事などもう眼中にないかのように。

 この男の、気まぐれで、俺は、何もかも………。


「――クソがッ!」


 理性も打算もない。ただ、激情が、怒りだけがあった。


 こいつが、……こいつを殺してやる。そう、動きかけた瞬間に、また、俺の身体を衝撃が襲った。蹴られたのか、殴られたのか、あるいは投げられでもしたのか。


 わからないまま、ふらついてぐらついた頭が、視界が傾き……そんな俺を、大和紫遠は見下ろす。


「水蓮。殺したいなら殺させて上げたって良い。長生きしようとは思っていない。ただ、それは、大和が平和になってからだ。それが何よりの手向けだと思わないか?」

「……クソ、」


 それだけ、それだけ毒づくことしか出来ず、俺の意識はまた、暗闇に叩き落された。


 *


 違う。僕は殿下じゃない。違う、違うんだ……。


 そう喚く僕の頭を撫でながら、サユリは柔らかな声で、言う。


「確かに。貴方は箱庭の中で暮らしています」

「でも、いつまでもそうとは限りません。いずれ、外に出る日も来るでしょう」

「その時、貴方は殿下と、あるいはもっと別の名前で呼ばれることになるかもしれません」

「それが嫌だと思うなら、それでも良いと私は思います」

「私があなたを殿下と呼ぶのは、そうあろうと決めたからです。何があろうと、貴方は私の仕えるべき人なのです」


「だから、お許しをください。……殿下?」


 ――鼻から、サユリは、知っていたのか?クーデターも何も、大和紫遠の計画の中に俺が組み込まれていたことも。知っていたから、頑なに殿下と呼び続けたのか?


 犬の事を知っていた。大和紫遠とサユリに面識があったのか?殿下と、そうだ。そう呼ばれるとあの犬も一緒に反応してた。サユリ以外、知らない話のはずだ。それを……。


 *


 不意に、身体を揺すられる。どこかに運ばれているのか?いや、ただ誰かが俺を起こそうと、身体を揺すっているのかもしれない。誰が――大和紫遠か?また人を馬鹿にするために?あるいは、別の――拷問か何かか?憲兵か?なんだって良い、身体は、動く。


「オイ、」


 俺は飛び起きると同時に、俺を揺すっている奴へと飛び掛かった。


 サユリが知っていた。サユリが大和紫遠と繋がっていた?

 ……だからなんだ。サユリが死んだことをミスと、ただの勘違いと言い放った男だ。知った上で権力の椅子に腰かけ続けていた男だ。殺してやる、殺して、殺せば――。


 俺を揺する誰かを、押し倒し、馬乗りになり、首を絞め上げる――。


「う、ぐ………」


 うめき声が、息遣いが目の前から聞こえる。細首、夜、月光がどこかから差し込んできている。和装、赤い羽織、刺繍がきらめいている。鎖骨。胸、……女。その額に角がある。知った顔が、俺に喉を締められ、呻いていた………。


「…………」


 そうと気づいて、俺は首から手を放すと、そいつは苦し気に咳き込む。


「グ、……ごほッ、……なんだい。あんた、こういう趣味なのかい?」

「……扇奈?」


 俺は呟いて――そこで、匂いに気付いた。煙草の匂いがする、見ると、入り口――さっきと同じトレーラの入口で、白衣のオニが煙草を咥えて、くたびれた調子に俺を眺めていた。


「情熱的だね、まったく。アブノーマルだ」

「……円里?」


 この二人に接点があったのか――同じ場所にオニの女か。いや、そもそも。


「……何、してるんだ、お前ら」

「何もクソも、お許しが出たから可愛い部下を迎えに来たのさ。そしたら、押し倒された」

「お許し……?俺が、……解放されたのか?大和紫遠は?」


 俺の呟きに答えたのは、円里だ。


「もう帰ったよ。皇帝陛下からあんたに伝言だ。頑張ってみると良い。功績を上げたらまた会おう、だそうだよ」

「……………」


 絶句した。俺は、……俺は敵とすら、脅威とすら認識されてないのか。殺すでも拘束するでもなく、何の罰もなく開放して、挙句頑張れだと?


「……クソ、」


 吐き捨て、俯いた俺の視線の先に、押し倒され髪を乱した女がいた。

 その目は、まっすぐ俺を見て、思慮深く眺め……やがて息を吐く。


「あんたもまあ、ずいぶん訳ありっぽいね。まあ、訳あり拾うのは慣れてるよ」


 そう言って、扇奈は腕を上げて、俺の頬を軽く撫でた。


「あんたはあたしの部下だ。かばってやるさ、出来る範囲でね。ただ、やたらあんたの事情に踏み入ろうって気はない。相談したくなったら言ってみな?あたしは、あんたより長生きだよ。……これまでも、これからも」


 オニは長寿だ。俺より年上で、俺より長く生きる。何事もなければ。いや、戦場でも、自分は死なないと言っているのか?


「…………」


 何を言われているのか、何を言えば良いのか、わからなかった俺の頬に、ふと痛みが走った。


「痛ッ、」

「……で?いつまで人に乗ってる気だい?」


 言いながら、扇奈は………抓りやがった。爪立てて


「悪い、」


 言いながら俺は立ち上がり、そのまま背後にふらつき、トレーラの壁に背中が当たり、


「………クソッ、」


 毒づいて、壁を殴った。感情が、情報が多すぎる。結局、俺は見逃されたのか?見逃してもらったんだろう?討とうとしてる仇に。敵にすらなれないと………。


 そんな俺を眺めて、オニの女が、目を見合わせ。


「荒れてるね」

「プライド高い子だから。そうだ、扇奈。せっかくだしすっきりさせてあげらどうかな?」

「……あんたが自分でやったら良いんじゃないか?」

「患者のプライベートに踏み入り過ぎるべきじゃないから」

「ハァ……。良く言うよ、まったく。わかった、わかった。良し、行くよ、水蓮」


 そんな風に好き勝手言って、歩み出した。

 睨むように、俺は何も言わずそれを眺め、そこで、扇奈が振り返る。


「来ないのかい?気分良くなろうって言ってんだよ?」

「……何言ってるんだ、」


 睨むように問い返した俺を前に、扇奈は口もとでコップを傾けるような、そんな仕草をする。


 酒、か?オニは酒好きだ。戦場でも、戦闘の後、酒宴を開くオニの部隊をよく目にした。

 が、………。


「……俺は、酒は飲まない。未成年だ」

「ハァ?復讐しようって奴が何言ってんだ?」

「根本的には潔癖なんだよ、この子。規則は守りたがるんだ」

「ふ~ん、」


 円里の余計な言葉に、扇奈は腕を組み少し考えて……それから、思い付いたとばかりにその顔に笑みを浮かべる。


「良し、日下部水蓮……あんたの階級なんだっけ?」

「……伍長だ」

「あたしの階級は?」

「……中尉って言ってなかったか?」

「そうかい。で、伍長と中尉ってどっちが上だ?」

「…………」


 何も答えなかった俺をからかうように眺めて、扇奈は言う。


「上官命令だ。バカやった罰だよ。吐くまで呑みな?……洗いざらい何もかも吐き出して、すっきりするまでね」


 それだけ言って、扇奈は歩んでいった。その後を、円里も歩んでいく、ただ酒狙いか。


 俺は……。

「クソ、」


 毒づいて、……どうも俺より長生きするらしい上官の後を、歩み出した……。





 →3.5話 扇奈/クソガキの先生

https://kakuyomu.jp/works/16816452218593368305/episodes/16816452218593403727

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