3話 狂気に嗤い、懇願に呪われ
「サユリです。クサカベサユリ。お世話をさせていただきます、殿下」
静かな離宮に柔らかな声音が響いた。初めて会った日の事だろう。俺は、まだまだガキだった俺は、人見知りで、その少し年上の少女が、怖かった。
その前の人生はほとんど覚えていない。どこかの小屋に居たような気もするし、路上に居たような気もする。母親が居たような気もするし、いなかったような気もする。煙草の匂いのする場所でカビたパンを食べた、そんな漠然とした思い出があるし、薄暗い部屋の中で嬌声を聞いていたような気もする。
全部過去だしどうでも良い。サユリの事も、そう、過去だ。過去にしたい。過去だと思いたい――。
―――生きてください、殿下。
*
「クソがッ!」
声を上げてトリガーを引けば目の前で単眼の怪物の頭が吹き飛ぶ。その死骸を踏む越えて次から次と別の怪物が俺へと迫ってくる――。
そのうちの一匹の頭を打ち抜き、倒れる前のその胴体を蹴ってすぐ横の竜をまとめて転ばせて、更に前へ前へ。
――背後でオニが陣形を築きつつある。
「スイレン!戻れ!」
女の声が聞こえるが、無視だ。前へ、
――進んだ目の前に大口を開けた怪物。その尾が振り回され、俺を串刺しにしようと迫ってくる。
―――生きてください、殿下。
女の声が聞こえる気がする。それも無視だ。うるさい、黙れ……もう俺を開放しろ!
「クソがッ!」
吠えて殴る――俺の顔面を串刺しにしようとした尾を、だ。そしてその小汚いぶっといのを人に突き刺そうとしたクソみたいな単眼を銃口でほじくって、トリガーを引く。
えぐれて弾けて、―――頭が吹き飛ぶさまが今も昔も目の前でちらついて、
―――生きてください、殿下。
うるさい。黙れ、消えてくれ……消してやる。
更に竜の群れの奥へ。
竜は単純な生き物だ。近くの獲物を狙う。前に出れば出るだけ狙われる。わざと狙わせる。そうやって奥深く、何匹も何匹も引き連れ撃って踏んで蹴って殴って――。
………俺は冷静だ。
十分注意を引いてから、俺は離脱を始めた。
オニの部隊の元へ戻る、訳ではない。戦場の側面、斜め後ろへ、オニの部隊から竜を引きはがすように、退いていく。――退いていく俺を、汚らしくよだれを垂らした単眼の群れが追いかけてくる――。
俺は狂ってる。ああ、狂ってるさ。まともな人間が復讐なんて考える訳がない。呪われてぶっ壊れてるんだ。ぶっ壊れてて、ネジが外れてて、けど冷静な部分が残ってるから、まともになりたいと願ってしまう。冷静に。考えて。冷静に、狂って。冷静に、願って。
―――貴方の望むように、生きて。
俺の望みとは、何だ?復讐?サユリ?忘れたいんだ。家族だと思っていた相手が、頭がはじけ飛ぶんだ。そんな夢はもう見たくない。復讐を遂げれば、きっと――。
「きっと、」
呟いてトリガーを引くとあの時のように頭が吹き飛ぶ。吹き飛ぶさまは人も竜も大差ない。血がまき散らされて、皮と脳漿と目玉が吹き飛んで、それで頭のないカラダが崩れるだけ。
周囲を見る。―――残っていた竜の半分ほど、俺についてきていた。オニの部隊の前にも竜の群れ。あちらは足止め出来ている。そして、俺についてきている竜の内の何匹かが、――近くに他の獲物がいることに気付いたらしい。
方向を変える竜がいる。そいつらが丘を昇っていく。白い鎧――月読が射撃を開始している。さっき見た時は8機、今見えているのは13。やはり16かそれに近いくらいいるんだろう。
俺は更に退いて、相手をする竜の数を減らし、俺が遊んでくれなくなったから素直なクソトカゲは
「ハハッ………良い子だ、」
笑い呟いた俺の横で、
「―――ハハハ、」
ああ、そういえば昔犬を飼っていた気がする。大型犬だ。俺は怖がって近づけなくて、『大丈夫です。賢い生き物ですから』と、いつものように涼し気な顔で言っていたサユリはけれど、俺の背中から犬を見ていた。
良い子だった。離宮が燃えたあの日、誰よりも先に主人を守ろうと襲撃者に飛び掛かっていくくらいには。ああ、そう。そうだよ。そうやって飛び掛かって撃たれて死んだんだ。
今竜がそうしているみたいに。
「グッド・ボーイ………」
呟いて群れを離れて側面から、物陰から、標的の様子を観察する。
スニーキングは得意だ。特に混乱の最中でどう動けば目立たず標的に近づけるかについては、テロリストに直接教わったから。なんでも相模とか言う奴がノウハウを伝えたテロリスト達だったらしい。元革命軍だったとか。へぇ、じゃあ僕の仇だね。そうは思ったけど使えるから従っておいた。だって、小物を殺したところで意味がないし。話すとまともな人間だったりしたし。国の為って言えば何しても良いと思ってる以外は善良な人間だった。それも、まあ結局、全員死んだ。誰が殺した?皇帝陛下だ。
―――その皇帝陛下が今、見える範囲にいる。
白い鎧が何体も、その皇帝陛下の近くで弾幕を張っている。迫る竜が撃ち殺され撃ち殺されそれでもその死骸を踏みつぶして更に迫りそう――それで良い。良い子だ。そうやって混乱させろ。目の前の状況が目まぐるしく情報過多な時人はシンプルな行動しかとれない。
目の前の脅威に対抗するか、思考停止して止まるか。
――大和紫遠は、動いていない。それを、眺めて。俺は銃口を持ち上げて、
大和紫遠がこちらを向いた。目が合う―――冷たい目だ。冷静な、目。冷静過ぎる目。
すぐ目の前に竜が迫り、その返り血を生身に浴びながら、恐怖も怯えもなく、淡々と、ただ見ている。
……その化けの皮をはいでやる。その端正な顔を、吹き飛ばしてやる。サユリはそうされたんだ。美人だった。褒めると困ったように笑った。最後まで凛としていた。それが目の前ではじけ飛んだ。
―――生きてください、殿下。
「うるさいッ!」
吠えて、俺はトリガーを引いた。だが………弾丸は放たれない。
残弾はまだ残っている。弾切れじゃない。装弾不良――さっき竜に噛ませたから、歪んだのか?
「クソッ、」
吐き捨て、俺は銃を投げ捨てる。それから、代わりの銃を探す。あるはずだ、いつもの地獄ならそこら中に腕と一緒に落ちてる。けれど、何処を見ても腕も銃も落ちていない……。
「クソ………」
呟いた俺に、竜が一匹、遊んでほしそうに近づいてきた。
遊んでやれる気分じゃない。迫る竜の顎を殴り上げ、首を掴み、引き倒し、地面に落ちた頭を踏み殺し――。
すると、目の前に武器が生まれた。竜の尾だ。その刃。引き抜けば武器になる。尾を掴み、胴を踏みつけ、引っ張り、引きちぎり――。
骨やら血管やら筋肉やらいろいろぶら下がってるが、剣を手に入れた。
いや、待て。そもそもだ、竜を引きちぎれる腕力があるなら素手で殺せるだろう。まったく、俺は何をやってるんだ?これじゃサユリに笑われるな。笑ってくれ、笑ってくれよ、ミートソースみたいになってないで、笑ってくれ。
「ハハ、」
楽しくないのに嗤っている俺の周囲が静かになっていた。竜が、愛しの我が良い子達(クソ)が、またみんな死んでしまったらしい。また、だ。また。皆死ぬ。サユリも死んだ。テロリストも死んだ。軍に入って、部隊の仲間も皆死んだ。俺は生き残っている。俺だけ生き残っている。助けてくれる。皆、善良な、本当に良いヒト達なんだ。その血の中を俺は歩いていく――。
『お前、どういうつもりだ?………止まれ!』
知らないおっさんの声が聞こえてきて、目の前で白い鎧が俺に銃を向けてくる。
けど、そのおっさんにも鎧にも興味はない。用はない。用があるのはその奥にいる男だ。そこで皇帝とか名乗ってるクソを殺すんだ。コロシテ、殺してどうなるんだ?殺して、殺せば、サユリ、……また微笑んでくれるか?ミートソースにならないでくれるか?
『止まれッ!』
白い鎧が叫ぶ。その手の引き金が絞られ始める。無視して、嫌無視したら邪魔されそうだから、俺は手にある竜の尾を、さっき引きちぎったそれを振り上げようとして――。
――キン、と、音が鳴った。
見ると、俺の手にあるせっかくの武器が真っ二つに切り裂かれていた。誰かが人の武器を切ったらしい。その誰か――返り血を浴びた真っ赤な羽織のオニの女は、俺を睨み上げ――。
――衝撃が、俺を打ち抜いた。
側頭部を鋭く襲う衝撃。蹴り?……回し蹴り?そう混乱しながら、その威力に、俺は真横へと倒れ込む。俺は今FPAを着ているはず。生身よりはるかに頑丈で、重い。
……はずの身体が、蹴り一発で引き倒された。
扇奈が俺を見下ろしている。冷たく――いや、熱のある目だ。情か、怒りか、扇奈はそんな目で俺を見下ろし、それから、言う。
「……あんたの話は後で聞いてやるよ。ビビッておかしくなったことにしときな」
くらくらと頭が揺れる。蹴られた衝撃か?鎧越しに、いや鎧の中で、脳震盪でも起こしたのか。粗野な口調の、熱のある言葉を、瞳を前に、俺の意識は………。
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