2話 試験運用/狂演の兆し
皇帝、大和紫遠。そいつを殺すためにわざわざ勲章を手に入れようって考えているのは、そうでもしなければ皇帝に近づけないからだ。
離宮が燃えて、どうにか逃げ延びてから――俺は転々と生きてきた。大和紫遠に敵対している派閥の人間、あるいは一時テロリスト達に祭り上げられそうにもなり、すべての元凶――サユリが死んだ原因を作ったのが大和紫遠だと知った。人の家族の血を吸って玉座に付いた男。
テロリストの中で、様々な技術を学んだ。軍に入る前から戦闘技術が叩き込まれたという事だ。そして、実際、そのテロリスト達は暗殺計画を実行した。
結果は失敗。どころか、テロリストは壊滅状態。俺が生き延びているのは……生きようとしたからか?呪われているような気がしてきたのはその頃からだ。
とにかく、要人の暗殺と言うのはそう楽に行えるものじゃない。居場所の特定、厳重な警備、警戒――それらを突破して初めて刃が届く。それを正面からやるのは現実的に不可能だと、俺は判断した。
その結果が志願だ。戦果だ。勲章だ。式典の最中でその王冠を血に染めてやる。
だが、
*
――FPA、“月読”。皇族の直属護衛部隊、親衛隊が駆る白い鎧。その姿が、確かに戦場の奥、小高い丘の上に見える。
HUD、“夜汰々神”の目でそれを眺めて、俺は歯を食いしばった。
親衛隊がいる場所には皇族がいる。生きている皇族は紫遠か、その妹の桜花のどちらか。区別として桜花の親衛隊には桜をかたどったマークが付けてられているはずだが、あの月読にそれはない。皇帝の可能性が高い。
月読の数は?確認できるだけで8機――見えない分も考えれば、16機はいると考えるべきだろう。
親衛隊は腕利きだ。ある程度前線でキャリアを積んで引き抜かれる者や、訓練成績の良かったものが引き抜かれる。かつては血縁で選んでいたそうだが、大和紫遠は能力至上主義者。更に言えば、前線で竜と戦っている兵士と違い、親衛隊は対人戦の訓練を積んでいる―――。
……正面から相手どるのは分が悪い。間違いなく阻止される。そもそも、皇帝が本当にいるのかどうかも視認できない。居場所さえ掴めれば――。
「アレかい、噂の新兵器って奴は………」
そんな声が横から聞こえて、俺は横に視線を向けた。
そこにいるのは、紅い羽織のオニの女。扇奈だ。周囲には扇奈の部下――オニたちの姿もある。2列の陣形、前に刀を持ったオニが出て、その後ろに火器を握ったオニたちがいる。更にその後ろに分隊支援火器――ガトリングガンが何門か、置かれている。
帝国からの技術提供で、ある程度オニも近代化しているのだろう。その証拠に、扇奈やオニたちは皆、ヘッドセットの通信機をつけていた。和装にヘッドセットやらガトリングやら、ずいぶんちぐはぐな印象だ。
「なんて言ったっけ?誘導弾?ってのは、どんな武器だい?」
扇奈は世間話のように続けている――その視線は丘の上、月読たちの方を向いている。だが、見ているのはFPAではない。
車両、だ。低重心の戦闘車両、らしきものが2台見える。装甲車、というより指揮車の方が近そうだ。固定用のバンカーが側面についていて、トラックのように箱を積んでいた。幾つも穴が開いた箱を背負った見慣れない指揮車両。
誘導弾?………どんな兵器かなんて俺が知っている訳がない。
「オイ、……スイレン?どんな武器だいって聞いてんだよ、」
そう声を投げながら、横で扇奈が俺を――“夜汰々神”を軽く叩いていた。気楽な調子だ……やっぱりふざけてるのか?
「知りませんよ」
それだけ答えて、俺は月読、そして指揮車両に背を向け、オニの背中の向こうを見る。
その先には竜がいる。視界の隅のレーダーマップにも、真っ赤な怪物の群れが移っている。200匹くらいか?何をするでもなく、戦場の跡――躯の上で佇んでいた。
竜に知性はない。その行動にも大抵――親玉として知性体でも居ない限り――意図や意味はない。たまに移動し、たまに停滞し、獲物が見えたら襲う。ただそれだけの怪物だ。
配置としては、親衛隊――あの新兵器から見て、俺と扇奈の部隊が、竜への防波堤扱いされている。少なくともあの皇帝陛下お気にいりの新しい玩具は、近接を想定した兵器ではないのか。
―――なら。
………わざと竜に抜かせれば。
親衛隊の相手を竜にさせれば、……皇帝を狙う隙が作れるかもしれない。
皇帝を殺して、復讐を成し遂げて、それで、そうすれば――
「……ハァ。また可愛げない奴だよ。まったく、一鉄は元気してんのかねぇ……」
見た目の割にやたら老け込んでるオニの女が横で呟いている。と、だ。
不意に、扇奈は口を閉ざし、目を細めた。それから、呟く。
「……そうかい、わかった。試験を始めるってさ。竜が近づいてきたら撃て。けど、死にたくなけりゃ前には出るな、だそうだ。現陣形を維持。場合によってはすぐ退ける準備、だ。……便利な玩具かどうか、見物してやろうじゃないか」
部下に充てて、だろう。扇奈は言って、オニはまちまちな返事を上げる。
……やる気がなさそうに見えるが、練度が低い部隊に当ったのか?それとも、場慣れしすぎてちょっとやそっとじゃ動じなくなってるのか?
とにかく、俺はその場を動かず、まず状況を見極めようと周囲に気を配り続けた。
皇帝がいるかどうかを確認する。確認した上で、親衛隊をどうにかする。親衛隊をどうにかする為に、竜にわざとこの陣形を抜かせる。その為に――。
「……………」
俺は横にいるオニの女を見る。タイミングよくこいつを殺れば、
「スイレン。やたら死にたがるのは止めな」
ふと、扇奈はそう言っていた。俺を見るでもなく、遠目に竜を睨みながら。
俺が殺そうとしていると、そう勘付いたのか?それとも、別の思惑で、扇奈はそう呟いたのか。
わからず、問いかける間もなく―――
―――ふと、轟音がその場に響き渡った。
背後を見る――先ほどの指揮車両、新しいおもちゃの背負った箱から、何かがが、煙と炎をまき散らしながら飛び上がっていた。砲弾?と言うには、推進剤でもついていそうに見える。超小型の飛行機?とにかく、撃ちあがったそれが、向こうで佇んでいる竜の真上へと飛んでいき―――。
爆ぜた。空中でひとりでに爆発したのだ。勝手に飛んでいく爆弾、らしい。設定ミスか何かで不発した――訳ではない。
爆ぜた誘導弾から、細かい何かが竜の真上へと降り注ぐ。爆発の勢いで真下全域に、それこそ雨のように、鋼鉄の群れを降らせている。
散弾?超広範囲の、炸裂弾?ただ眺めている内に、その鋼鉄の雨が竜の群れを捉え、
―――ダダダダダダダダッ!
一瞬だけ超高密度の弾幕が張られた。そんな音が響いて、その雨に打たれた竜が、あるいはその下の地面までもぐちゃぐちゃに、穴だらけに、粉砕される。
「……敵じゃなくて良かったよ、」
扇奈が横でそんな風に呟いている。
確かに、そうだ。あの鉄の雨は、……それこそ戦場の意味が変わりそうな兵器に見える。
陣形を組んでいようが、丸ごと全部躱せる訳のない密度の弾丸で上から細切れにされる。
一瞬で2、30匹――死んだ直後に竜が動き出した。が、そうやって動き始めた竜の真上にもまた、放たれた鋼鉄の雨が降り注ぐ。
地対地の制圧炸裂弾。この兵器が量産されれば、戦争に英雄はいらなくなるかもしれない。
目の前で竜が理不尽に散っていく――このまま行くと出番はなさそうだ。
そう、眺めていると――不意に、扇奈が呟いた。
「左翼警戒、」
――扇奈の言った方向へ、オニたちが注意を向ける。何匹か、理不尽な雨を抜けてきている。牙を剥き出し、爪で地面を掘り返し――オニたちは冷静に、その竜へと銃を向けている。ほんの数匹だ。数の上でこちらの左翼が圧倒している。抜かれることはないだろう――。
「待て、オイ……左翼後退!退け!」
――不意に、血相を変えて、扇奈が叫んだ。その直後、だ。
パン、と言う軽い炸裂音――死の雨を知らせる音が、頭上の、すぐ近くで響いた。
すぐそばで鉄の雨が降り注ぐ。こちらへと抜けてきた竜を狙い、その頭上で破裂する鋼鉄の雨が、この陣形のすぐ傍で――。
ダダダダダダダダダダッ――。
クソみたいな音だ。肉が抉れる音、―――竜がちぎれる音。それが、オニの陣形のすぐ傍、それこそ数メートル先の地面を抉り取っている。そして、そのぐちゃぐちゃになった地面を、奥から迫る竜が踏み越え迫り、迫る竜へ向けてまた、鉄の雨が――。
「―――ふざけんじゃないよ。全軍後退!支援火器は捨てな!退け!味方に殺されるよ!」
その扇奈の声に、即座に、オニ達は反応していた。後退を始める――その最中で、俺もまた後退しながら、空を見上げた。
何発もの誘導弾が、頭上でふらついている。こちらを狙っている――訳ではないだろうが、範囲攻撃な分、竜が迫ればそれだけ前線がそれに殺される可能性が増す。
竜は迫って来ていた。半数ほどは鉄の雨に千切れて、けれどそれでも尚何匹も。
――何匹仲間が死のうが、頭の上に死が漂っていようが、
「クソ、」
吐き捨て、退いて、上を見て――停滞する誘導弾の数が少ないことに俺は気づいた。
あの指揮車両――死の雨の出元を見る。煙を吹いて、動きを止めている。
なるほど、流石陛下キモ入りの
―――竜はまだ半数以上残っている。あるいは、近くに捕捉されていない別の群れでもあったのか。その集団が、退き始めて陣形の崩れたオニの部隊に食らいつき始め、
「――クソ、」
呟いたのは俺じゃない。横にいる女だ。扇奈も、状況の変化に気付いたんだろう。
忌々しそうに誘導弾の出元を睨むと、味方のけつに食いつき始めた竜へと、駆け出した。
駆け様太刀を抜き、一閃――首を刎ね飛ばされた竜が転がり、その返り血を浴びながら、
「再構築!稼げる奴は前!」
吠えた扇奈の後を追うように、太刀を抜いたオニ達が竜へと向かっていき、その背後で、オニが陣形を整え始める。
――大混乱に陥ってもおかしくないはずだが、オニの動きは冷静だ。練度は高い、らしいが………。
俺は動かず、オニを見て、竜の集団を見て、指揮車両を見て――。
背後の、小高い丘の上に、そいつが立っている姿が見えた。
生身の、男だ。良く、演説をしている、色男。この国の権力を一手に握っている男。紫色の羽織を纏った、男。
大和紫遠。……本当に、いた?トラブルで顔を出した、仇敵。
周囲で銃声が、悲鳴が、気合の声が上がる。
オニの部隊は竜に食いつかれている。どうしても上を気にしてしまう分、動きが鈍いのかもしれない。とにかく、地獄がすぐそばにあって、地獄に叩き落してやりたい男が手の届く位置に居た。
「………くれてやるよ、地獄を」
呟き――鎧の中で笑って、俺は、竜の集団へと飛び込んでいった。
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